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鳥たちの戦争

作者: 愁知 こにこ

 

 赤く爛れたような顔、頭から首は青く腹は緑という複雑怪奇な色使いをしており、体は怪しげに光に反射する鳥がいるという。そう、他でもないキジのオスだ。やつは鋭い眼差しで辺りを見渡し、人様の庭先を我が物顔で悠然と歩く。一般的には「ケーン」と鳴くというが、鳴き声には個体差があるらしい。なお、我が家に出没するキジの鳴き声は非常に残念で「グエェ、ギュエェ」と断末魔の叫び声が響くこととなる。

 このオスと番になるメスは地味である。本当に同じ種族の鳥なのかと疑ってしまいたくなる程に。その体は茶色く、所々焦げ茶色の斑点が見られる。オスよりも一回り程小さいメスだが、侮ってはいけない。こいつはきょろきょろと辺りを見回し、身の安全を確認したかと思うと、人様の庭先に当然のように巣を作り産卵をする。問題は作る場所である。庭の片隅ならば、家人の誰も文句は言うまい。こいつはあろうことか、畑のど真ん中に巣を作りやがる敵である。

 オスメス両者ともに大空を羽ばたくのは苦手な様で、走って逃げる姿を確認されている。その姿は、こいつら本当に鳥か? と疑いたくなるレベルである。つまりは、すっげぇ速い。

 さぁさぁ、このキジたち。毎年毎年、我が家の庭で悪意の限りを尽くしていくわけだが、その最たるものが農作物の食い荒らしである。ネットもせずにイチゴなんて作ってみろ、片っ端から啄まれるぞ。

 そんな鳥たちに立ち向かうのは、やはりトリ。このトリとってもすごいんです! 二足歩行は当たり前。翼を失った代償に両腕を手に入れる。さらに人語も習得済みときたもんだ。そう、キジに対抗するトリは、「酉」である。

 

「こーけこっこー!」

 はい。元気な鳴き声が響いたところで、現在の時刻は午前十一時になろうかという頃。酉、完全に寝坊です。家族の午も呆れています。

「あんたもっと早くに起きなさいよ」

「んー、私はきっと夜行性の鶏なのさ!」

「そんな鶏いたら、すぐに食べられちゃうわよ……」

「なになに? お夕飯は鶏肉使うの? 唐揚げが好きだなぁ」

 寝起きの酉はいつもの数倍マイペース。会話の成立させる気が見られません。おやおや、何やら壁と至近距離で見つめ合いました。

「あんた……、何やってるの?」

「何って、セミごっこ?」

 酉は、にこにことしたまま両手を壁に沿え、

「こうやって壁に張り付いてね、みーんみんみん! つくつくほーし!」

 似せる気なんてないセミの鳴き声をした酉は、とっても満足気。

「ね?」

「……」

 満面の笑みで振り返ると、午は何とも言えない表情。

 その時です。「グエェ! ギュエェ!」という悪魔の叫びが響き渡りました。声は庭から聞こえてくるようです。

「ん? この声は……!」

 酉は靴を履き玄関から飛び出すと、声のした方角に走って行こうとしますが、

「あんた! 物置のひさしにある箒を持っていくんだよ!」

「わーってる!」

 午の声を背中で受け、振り返ることなく物置に向かったのでした。

 

 物置につくと、酉はゴソゴソと何かを探し始めます。

「あった!」

 農作業に使うであろう鍬、スコップ・シャベル、支柱に埋もれてしまっているソレの柄に手を伸ばし、手繰り寄せたかと思うと、くるりと回転させながら引き抜き肩に担いで一言、

「竹箒!」

 ここで竹箒を選んだ理由は単純、「リーチが長いから」です。相手がいくら鳥とはいえ、そこは野鳥。何が病気を持っているかもしれないと考えると、リーチの短い武器は使えません。さぁ、武器を手に入れることができた酉は、未だに断末魔の叫び声を上げる宿敵のもとへ走り出します。

 

 ざざざ……、と鳴る砂利を踏みつけ向かった先にいたのは、宿敵キジ、キジと対峙する亥。あと我関せずな申。

 申は放っておいても何とかなるでしょう。この場合の問題は亥。亥は今、好物の苺を匿うようにしてキジと対峙している状態。そしてキジが狙っているのは、真っ赤に実る苺なのです。

「亥、そのキジから離れるんだ!」

「え?」

 酉はその間に割って入ると、担いでいた竹箒を構えます。亥に当たったような気がするのは、きっと気のせい。「いた……」と聞こえてきた気がするのも、気のせいなのです。

「分かんないけど、多分ばっちぃかもしれない。あと野生動物だから、危ないかもしれない」

「……」

「あとね、今繁殖期だから。奴ら殺気立ってる。攻撃性が高いから、普通に危ない」

「早く言え!」

 そう、今は四月。キジの繁殖期は四月から七月とされており、キジからすると今はちょうど、さぁ繁殖期の到来だ! とでも言いたげな時期に差し掛かっているのです。

 亥は苺のそばに駆け寄り、守ろうとしています。お前はそんなに苺が大事か。

 静かに睨み合う、酉と鳥。互いに相手から目を逸らそうとしません。まさに『先に動いた方が死ぬ』という表現がしっくりくるかのような緊張感が辺りを包んでいます。

 その静寂を破ったのは、キジでした。ゆっくりと、一歩一歩、苺へと近づいていくのです。

「ひぃ……、早く追っ払ってよ」

 亥はキジに怯えるだけ、自分で何とかしようとする気がありません。そんなに苺が好きなら自分で守ってもらいたいものです。なんで苺が嫌いな酉が、苺を守らなければならないのでしょう?

 当の酉の耳には、亥の声など聞こえていないようです。キジの動きを観察し、タイミングを窺っています。そして安心しきったキジがよそ見をした瞬間、

「うわーい!」

 酉は間抜けな叫び声を上げながら、キジに向かって走っていきます。そのままキジのいた所まで辿り着くと、

「ていていていっ!」

 またまた間抜けに、今度は竹箒を振り回し始めました。キジはこれに驚いたのか、回れ右をして一目散に走って逃げていきました。

 こうして酉は見事キジに打ち勝ち、平穏な暮らしが守られましたとさ。っていう、なんてことのない、ただのくだらない日常の幕が閉じるのです。

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