63.モノクロ
バルト王国と同じく、この国の学園もとても大きくて立派だと思う。国立の教育機関ってどこもこんな感じなのかな?——でも、雰囲気はやっぱり違うな。
バルト王国の魔術学院の方が、なんというか明るいような気がする。あちらでは平民の制服が黒いのに対して貴族の制服が白かったせいかもしれない。
元々の育ちの良さも滲み出ていたのか、白地に金糸の刺繍が入った制服に身を包んだ貴族の生徒はとても華やかだった。平民との間に線を引くように、少し近寄り難くて……そして輝いて見えた。
ただの制服の色の違いだけれど、こうして離れてから振り返ると何か難しい政治的な意図があったのかもしれないと思えてくる。
学院の中では平民と貴族は平等と謳っていながらも実態はそうではなかったし。選民意識の強い人もいた。自分が平民であることで嫌な思いをしたこともあった。
それでも、身分を乗り越えて仲良くしている人たちがいて。休み時間にはあちこちから笑い声が聞こえて来て……あそこは良くも悪くも自由だった。
——ここは息が詰まりそう。
それがヴィアの抱いた印象だった。
学園の制服は全員黒色で、良く言えば統一感がある。ヴィアが気付いていないだけかもしれないけれど、あちらに比べて横暴な貴族の生徒も少ないように思う。
きっと厳格なのだろう、この国の方が。
変に絡まれるとことが少ないということは平民にとっては過し易いのかもしれない。けれど制服の色が分かれていないのは、この国に身分の差がないからではない。
もっと重要な線引きがあるだけ——貴族も平民も、ここではある意味『仲間』なのだ。
ここは窮屈でしかたがない。実は透明化の魔法がかかった壁がすぐ側にあるんじゃないだろうか?それが少しずつ、少しずつ迫って来ていて、いつかぐしゃりと押し潰されてしまうんしゃないだろうか?
それとも、どんどん中の空気が薄くなっていって、そのうち息が出来なくなるんじゃないだろうか?
妄想が現実になったかのように、ぎゅーっと胸が苦しくなる。ただの錯覚だと言い聞かせて、どうにも不快な気持ちを落ち着かせる。
今日もまた、気づけばそんなつまらないことを考えていて――はっと我に返った。
(変な顔してなかったよね……?)
周りを見回せば、チラチラと生徒と目が合って、すぐに逸らされた。いつもこう。私はこの国の人たちの関心を集めている。
向けられていたのは、興味と哀れみと——ほんの少しの怯えをのせた視線。いつまでたっても慣れない視線を努めて視界から追い出す。
教室に入ると、ちらほらと朝の挨拶を受けた。
「…おはようございます」
彼女たちに合わせてよそよそしい返事を返せば、会話は終わり。これもいつものことだ。
それ以上距離を詰めてこようとする子はいない。私から話しかければ話してくれるのだと思う。でも、今日もそんな気にはなれなくて…そっとバレないようにため息を吐いて席についた。
遠巻きに、腫れ物に触るかのように扱われているんだもの。そりゃあ、ため息を吐きたくもなるでしょう?
教室の生徒たちの襟元に光るカラーの色は主に銀色で、ちらほらと朱色が混ざっている。「朱」は平民の色。そして大部分の生徒が身に着けている「銀」は貴族の色。それともう1つ、今この教室にはいないけれど「金」のカラーは王族のみが身に纏う。
けれど、自分の襟元に光るのは「エメラルド」のカラー。この色を着けているのが、遠巻きにされている原因——それはわかっている。
(けどこんなの、どうしようもないじゃん……)
投げやりな気持ちが表情にも出ていそうで、ヴィアはそれを見られないように、そっと窓の外を眺めることにした。
朝からどんよりと重たい雲を浮かべていた空からは、耐えきれなくなったようにポツポツと雨粒が落ちて、じわじわと染みを作りあげていく。
直に地面は空から溢れた涙でグッショリと濡れてしまった――
***
「エヴァちゃん?」
「———」
青い空にプカプカと浮かぶ雲。清々しいお天気なのに、呑気に流れる雲を眺めているとなんだか無性に腹立たしくなる。天気が良ければいい、というものではないらしい。
(……はぁ)
「エヴァちゃん、ってば!」
「えっ?あ、ユディ。どうしたの?」
「どうかしたのはエヴァちゃんでしょ? また空を眺めてたの?」
「……うん」
「そう」
少し眉毛を下げて、それ以上ユディは何も言わない。
(どこかでヴィアも空を眺めているのかしら?)
そんなことを考えながら私が空を見上げていること、バレバレなんだろう。
ぼうっ—と、心ここにあらずのエヴァを見つけてはユディは少し迷ってから声をかける。優しくて少し悲しげな表情でエヴァのことを見つめては、彼女を引き戻すように手を引く——
これが、日課のようになっていた。
「困った子たちなんだから……」
ぽそりと誰に聞かせるでもなくユディは呟いて、エヴァに声をかける。
「今日はアレシュ君がみんなに話したいことあるって言ってたでしょう?覚えてる?」
「あっ、そうだったね」
ヴィアがいなくなって、意外にもすぐに行動したのはアレシュ君だった。彼は驚きが消えないみんなを集めて宣言したのだ。
『僕はヴィアのところに行くよ!行って直接話をしたいんだ!』
決意に満ちた彼の瞳は真剣で。奥深くでグラグラと炎が燃えているような、そんな力強さがあった。小柄で小動物のように可愛らしい印象のアレシュ君が、妙に大きく頼もしく見えた。
真っ直ぐな彼の決意が——とても眩しかった。
あれから彼は授業が終わっても図書館に籠もったり、学者であるサシャ様の婚約者のシモン様の元を訪れていた。彼はヴィアの向かった国への留学を目指していた。
みんなを集めるということは何か進展があったのかもしれない。
ヴィアがいなくなった途端に、世界は色褪せてしまったかのように物足りなく思えて。虚しくて……。
けれど、時々話しかけてくれるアレシュ君の声にはいつも活力があって、瞳も輝きを失ってはいない。ヴィアがいなくなって寂しいのは彼も同じはずなのに……彼の目にはこの世界がどんな風に映っているの?
(アレシュ君の瞳には、変わらずに色に溢れた世界が広がっているの……?)
「さぁエヴァ、みんな待ってるよ?」
「みん、な……うん」
ずぶずぶと深い沼に嵌っていきそうな私をひっぱり上げるように、ユディが手を引いてくれた——
***
「オリヴィア様」
凛とした声に視線を向ければ、迎えの馬車の横に声に違わぬ凛とした佇まいの人がいた。制服ではなく、この国の貴族に相応しいドレスを着こなした、オリヴィアより少し年上の女性。
「本日は、このまま…」
「わかりました…」
「……さようですか。では、参りましょう。」
被せるように言えば、淡々と馬車のドアを開いて、ヴィアが乗り込むのを助けてくれる。彼女は数少ない『オリヴィアに話しかけてくる人』。そのほどんどは、彼女の立場上必要な会話だけれども。
学園の生徒とも屋敷の使用人とも違って、オリヴィアに似た薄い緑の瞳には、興味も哀れみも…怯えの色も見えない。いつも淡々とした彼女が何を考えているのか、オリヴィアにはわからなかった。
ただわかるのは彼女に連れられていく場所が、オリヴィアはどうしようもなく嫌いだということだけ。




