05. 到着
エーファにしがみついたまま眠りに落ちたオリヴィア。
目を覚が覚めて身体を確認する。どこも縛られて無くて、近くにはエーファの姿が見える——無事に逃げ切れたんだと、ほっと息をつく。
けれどそこは最初にエーファと出会った遺跡だった。
(振り出しに戻ってる…)
さらに残念なことに、逃げる途中で減っていた荷物をさらに幾らか失ってしまっていた。落胆して、「エーファ~!」 と情けない声を出すと近くにいた彼女が近寄って来て宥めるように頭を撫でてくれる。
出会った時は言葉代わりの行為だと思っていたけど、実はエーファは頭を撫でるのが好きなのかもしれない。
彼女は何やらゴソゴソと探すと、1枚ずつ硬貨のようなものを差し出してくる。全部で20種類ほどの硬貨は金色や銀色のものもあれば、赤茶けたものや、緑っぽいものもあった。
残念ながらオリヴィアが見たことがあるものは無い。隣国のものなのか?
けれどその中にバルク王国の象徴である、梟と盾のエンブレムのある硬貨を見つけた。興味を示すとエーファはその硬貨を含めた3種類をオリヴィアに渡して、他は地面に放り投げてまたゴソゴソと何か探し始めた。
そのままする事も無いので暫くぼーっとエーファの様子を眺めていると、目当ての物を探し終えたエーファが戻ってきた。
こちらに手を下に向けて差し出してきたので自然と両手を伸ばす。オリヴィアの手の中には、さっき渡して来た3種類の硬貨とキラキラと輝く小ぶりな石がいくつか置かれた。
宝石みたいだと驚くけれど彼女は手を包んで握り込ませてくる。もらえないよ! と突きかえすと、硬貨を3枚と宝石を1粒だけをオリヴィアの手の中に残して、残りは布に包んで自分の服の中へ仕舞い込んだ。
「持っておけって事?」
彼女はそうだよ、と言うように頭を撫でてくる。確かに今までの事を考えると1人が全部持っているより、分けて持っていた方が安全なのかもしれない。
後で返そう!と決めて、今は無くさないように小さな袋に入れて首から下げることにした。
すると今度は小剣を手渡される。
(綺麗…)
狩猟で使うナイフよりも少し長い護身用だと思われる短剣。素人目にも高級だとわかるような、繊細な細工が施された一品。平民ではとても買えない物だ。
もちろん短剣を受け取るわけにはいかないと断るが、彼女はしっかりと手に握らせて譲ってくれない。
仕方なく腰のベルトに挿すと満足したように頷く。先程から身に釣り合わないような高価なものばかり渡してくる彼女に抗議の目を向けるが、本人は首を傾げるだけ。
暫く不思議そうにこちらを見ていたがオリヴィアが何も口に出さないので、やがて自分用に探し出した細身の剣
の状態を確認し始めた。
(兎に角、森から出ないと。)
エーファはここに剣を取りに戻って来たのかな?
こんな高価な剣を持ち歩くのはそわそわするけれど、今までの事を考えると気休めでも武器があったほうが心強いのは確かだ。
考えたって仕方ないか……兎に角森を出るところからやり直すしかない。ほぅ、と一つため息を吐いて、地面に絵を描く。それを木の枝で書いた絵を指しながら行きたい方向を伝える。
なんとなく納得した様子の彼女が歩き出す——方向がわかるのかな?
彼女の進む方向へ従って歩き出したのはいいけど、大して進んでいないのに足取りが重くなる。オリヴィアは弱って熱を出したばかり。慣れない野宿も繰り返して、幼い体はもう限界を超えていた。
ペースが落ち始めたことに気づいたエーファに額の汗を拭われて、有無を言わさず背に背負われてしまう——
ザクザクと軽快な足取りで進む彼女の背中は暖かくて、うとうとし始める。はっと気づいて辺りを見回すと遺跡にいた頃よりも薄暗くなっている。——夜が、近づいてる?
もう歩き始めてからだいぶ経つと思うが一度も歩みを止めないエーファ。心配になって声をかけると彼女はオリヴィアの頭を撫でてそのまま進み続ける。
まただんだんと眠気が襲って来て、目を開けていられなくなる。同じペースで歩く彼女の振動が心地よい。そのまま意識が落ちていき——
気づくと森が明るくなっていた。相変わらず自分は背に背負われたまま。
「え……ずっと、歩いていたの?」
「ヴィア。」
前方を指して注意を促される。辺りは森を抜けて少し歩いた所で前方には城壁が見える。
「街だ!街だよ!」
はしゃいだ声をあげると頭を撫でられる。まだロダに着いたわけじゃないのはわかってる。でもこの数日で「死んでしまうかも」と何度も思った。
それがやっと本当に何とかなりそうな希望が出てきたのだ。——思わず涙が出そうになる。
エーファに何度も『ありがとう。』を言うと、やっぱり頭を撫でられる。表情の乏しい彼女の顔も少し和らいでいるように感じた。
人目につく前に、エーファにはオリヴィアが羽織っていたローブを着せてフードをしっかり被せる。彼女の目立ち過ぎる容姿を隠すためだ。
そしてやっと辿り着いた街。
しかし、門を警備する兵士は怪訝な顔をする。徒歩なのに荷物をほとんど持っていない者が2人現れて、1人はボロボロの服を着た子供、もう1人はフードでしっかり顔を隠しているのだから怪しさ抜群だ。
バルク語が話せないエーファの代わりに、ヴィアが必死にこれまでの経緯を説明する。襲われたことを告げると『よく頑張って逃げ切った!』と、頭をワシャワシャ撫でられた。
エーファのことはなんと伝えたものか困ってしまったので逃げる途中で出会ったとだけ伝えた…嘘は言っていない。
2人の境遇を哀れに思った門兵さんは、ロダ村への帰り方を調べてくれた。
ロダの村へ向けた定期馬車は無いのだそうだ。必要なほど向かう人がいないから。これは予想通り。だって村に訪れるのは月に1度の行商人くらいだもの。
だが有難いことに、明後日の朝隣の街へ向かう荷馬車に途中まで乗れば、日が沈む前に村へ辿り着けるらしい。ここはロダ村から1番近い、『ロダリガ』という名の宿場街だった。
門兵さんにお礼を言って街のギルドへ向かう。本当はすぐにでも宿を取りたいところだけど、採集目的で森に入ったから手持ちがない。宿代を稼ぐ為に依頼を確認しに行くのだ。今までオリヴィアを抱えて歩き通しのエーファはゆっくりと休む必要があると思う。
それに世間知らずなオリヴィアでも、街で夜を明かすのは危険だと感じていた。魔の森で野宿をするのと同じくらい、いやもっと危ないかも——
(こんなに綺麗なエーファが夜の街に居たら、悪いやつに襲われるに決まっている!)
さっきの親切な門兵さんでさえ、フードの下のエーファの素顔を見た途端に顔を赤くして、少しそわそわとした様子で彼女を見つめていたのだ。
私がしっかり気をつけておかないと! とオリヴィアは気を引き締めた。