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04. 逃走

 ——エーファの腕の中でどのくらい経っただろう? 


 見上げても太陽は見えず、時告げの鐘の音も届かない『魔の森』。オリヴィアを抱く彼女は息を乱すことも無く歩き続けている。


 いつも通り薬草や果実を採って明るいうちに村に帰るはずだったのに——


(襲われるし、謎の美女に出会うし、川には落ちるし、美女にお世話されるし……ほんと目まぐるしかったなぁ…)


 まだ、現在進行形で、非日常にいるのに、こんな風にぼうっと考え事ができるのも、この「謎の美人さん」なエーファのおかげなんだよなーと改めて思う。包まれている安心感でポカポカと襲ってくる眠気と闘っているうちに森の様子が変わってきた。

 

 禍々しさが和らいだような? 少し明るい雰囲気になった気がする。オリヴィアが普段入る森の入り口付近と同じような雰囲気。そろそろ森を抜けるのかもしれない。

 エーファは一度休むように促してきて、太めの木の幹にオリヴィアを座らせる。川で汲んだ水とエーファが採ってきた果実を食べて休憩を取る。

 「休憩」と言っても、歩いていたのはエーファだけで、オリヴィアはずっと腕の中で揺られていただけ。それなのに物凄く疲労を感じていた。顔に出さないようにしていたつもりだったけれど気づかれていたみたい。

 

 普通に考えれば、12歳の子供が森の中を長い間歩くのは不可能なこと。長時間同じ姿勢でいるだけでも人は疲れるものだ。少女を抱えたまま何時間も歩き続けられるエーファの方が明らかにおかしいのだが、それでもオリヴィアは申し訳ない気持ちになる。


(頼りっぱなしだ…)


 彼女と会ってからずっと助けられてばかり。情けない自分に少し落ち込むけれど、しっかりと身体をほぐしてこれからに備える。出来る事はそのくらいしか無いから。


 休憩を終えると幾らも経たないうちにだんだんと木々が拓けてくる。太陽の光が地表まで届くようになり、照り付ける眩しい光に目を細める——お日様の光だ! 

 明るくなった世界に、気持ちも少し軽くなる。森を抜けた先には道が見えてきた。


「よかった。ここを歩いていればきっと人のいるところに着くはずだよ。」


 獣道ではなく車輪の跡がある人間の道。人の痕跡を見つけてにっこりエーファに笑いかける。彼女の口元もほんの少し上り、さっきよりも柔らかい表情になった気がした。

 

 そのまま道に沿って歩いていると蹄の音が聞こえて来て、思わずびくりと身体を震わす。音の先には荷馬車とそれを先導する馬に乗った人たちが居て、こちらに向かって来ているのだ。

 森で散々な目に遭った後なので知らない人に尻込みしそうになるけれど、やっと出会えた森の外の人間。


(ここがどの辺りか教えてもらわないと。)


 ロダ村から大きく外れていませんようにと願う。


「よう、お嬢ちゃんたち。こんな所でどうしたんだい。」


 先頭の馬に乗ったおじさんが怪訝な顔で2人を見てくる。


「森の中で迷ってしまって。ここはどの辺りですか?」

「森からだって?この近くに村や街はないはずだが…。ここは、リトバルクとフアドバルクを結ぶ道の1つで丁度2つの都市の中間ぐらいだな。」

「え……リトバルクとフアドバルクって。…もしかしてここは森の南側ですか?」

「もちろんそうだが?」

「ああ、まさかそんな...」


 何をおかしな事を言っているんだ? という様子のおじさん。本当に国境の森を挟んで別の国に辿り着いてしまったんだ——


(この森って通り抜け出来ないんじゃなかったの?)


 どどどうしよう? せめて北側に出たかった! 泣きたい気持ちでエーファを振り返ると、彼女は分かっているのかいないのか、オリヴィアの頭を撫でてくれる。2人がそんなやりとりをしているうちに、荷馬車の方にいた別の男が近づいてくる。


「おい、なにやってるんだ?」

「ああ、この嬢ちゃんたち、森から迷ったんだそうだぜ。」

「へー、森からねえ。本当かな? それよりおい、あの後ろにいるやつ貴族みてぇな顔してんじゃねえか? 髪の毛もめずらしい色してるしよ。」


 男たちは顔を見合わせ、何かコソコソと話している。エーファに慰められて落ち着いて来たオリヴィアは、ロダ村に帰る道筋を尋ねようと再び男たちの方へ振り返る。


 そこにはさっきまでの「気のいいおじさん」の顔はなく、2人を値踏みするように眺める顔があった。

 おじさんたちはオリヴィアとエーファを無遠慮にジロジロと眺める。特にエーファの細くて長い脚や、綺麗な形の胸元、スッキリとしたお尻を眺める目つきはなんていうか——獣のようにギラギラしている。この視線に晒されるのは2回目、森で襲ってきた人たちと同じだ。——この人達は『悪い人間』だ!


(——不味い、とても不味い。)


 焦りを顔に出さないように、必死で取り繕う。


「おじさんありがとう。それじゃ。」


 エーファの手を取ってくるりと引き返すと、後ろから男たちが追いかけて来た。最初に話しかけた馬上の男と、荷馬車から近づいて来た男以外にも2人が追ってくる。それを確認するとすぐに道から外れ、森側の草の背が高い方へ向かって走り出した。

 『待て!』という制止の声を無視して必死に走る。誰が待つか! とは思うものの、病み上がりの子供が道無き道をうまく走れるはずもない。幾らも離れないうちに長い草に足を取られて転んでしまう。


「エーファ、逃げて!」

「…ヴィア。」


 エーファは追手を1度振り返るとオリヴィアを抱え上げた。そしてそのまま走り出す。

 突然視界がぐらりと揺れて空が見える。一瞬何が起こったのかわからず、そばにある温もりにぎゅっとしがみ付く。抱えられていると理解したオリヴィアは、自分を置いていくように言う。

 

 言葉が通じなくても言っていることはわかっているだろうに、エーファは取り合ってくれない。オリヴィアを黙らせるように頭をひと撫でした後は、彼女が腕の中でどれだけ暴れようと無視して走り続けた。


 次第に辺りに響くのは、木の葉の擦れる音とエーファが草木をかき分ける音だけになり、歩調もゆっくりとしたものに変わる。

 

トクン、トクン、トクン——


 耳を澄ますと彼女の心臓の鼓動が聞こえる。暖かい腕の中で心地よいリズムを聞くうち、気を張り詰めて疲れ切っていたオリヴィアは意識を手放す——

 

 ぎゅっとしがみついたまま眠るオリヴィアの姿を眺めて、エーファは優しく頭を撫でる。


 その表情はどこか柔らかくて、人間味があった——


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