表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/79

47. 襲撃

 ドゴォ———ンンン!!!


 城壁を破壊する重たい音が響き渡る。襲撃を知らせる魔法が空に打ち上げられ、皆慌ただしく配置につく。王国騎士団で『雷神(ぺルーン)』と呼ばれる男が先陣を切って魔法の発信源へと向かう。魔術師団に所属するサシャも他の皆に混じって彼の後を追う。


 魔族に対しては複数人で臨むのが常識だ。それを1人でどんどん斬り込んでゆく『雷神』はやはり別格だった。

 雷の名の通り、閃光のような速さで凄まじい斬撃を放っている。彼の周りには帯電しているかのようにバチバチと電気が走り、進んだ後の地面は焦げてうっすらと煙を上げている。

 

 敵には回したくない人だ、と思いながらサシャも手近な魔獣に魔法を放つ。

 国境付近のこの砦は、隣国が落ちれば真っ先に魔族がやって来ると予想される地。魔王軍の出鼻を挫きたい王国側は、最低限の兵備を残して騎士団と魔術師団の主力をこの地に集結させていた。

 

 本音を言えば、こんな状況でアレシュやシモンのいる王都を離れたくなかったのだけれど、魔術師団に所属している以上、そんなことも言ってられない。「どの道ここで止められなければ王都の危険が増すのだから!」と自分に言い聞かせて目の前の侵略者たちに集中する。

 

 目を向けた先にはたくさんの魔獣と、それらを従える魔族らしき人型が幾らか。


(怪我しないように気をつけて、早く帰らなきゃ。)

 



***




 敵味方入り乱れての戦闘が続く。幸い戦況は王国側の方が有利に進んでいるようだった。チラホラと急所を氷の杭で貫かれた魔獣の死体が目に付き、それを成した者を自然と探してしまう。

 見回した先では丁度魔族に向かって1人の魔術師が容赦ない魔法を放ち、氷の彫像を作り上げていた。


「マジャンナだ…」


 ポツリと近くの騎士が呟言ったのが耳に入る。


(——ああ。あれが例の…)


 噂は耳にしたことが何度かあった。イグナーツより幾らか年下に非常に優秀な魔術師がいると。確か学院も被っていて、リゲルやマリーは知り合いだったか。氷魔法が得意な彼女はその顔立ちのせいもあって、少し近寄りがたい高嶺の花のように噂されていた。


 必要最小限の魔力で的確に魔獣を仕留め、力の強い魔族には強力な魔法を叩き込む。目の前で淡々と敵を制圧してゆく彼女の透き通るような静かな表情は『冬の女神(マジャンナ)』の呼び名に相応しい。「冬と死を司る女神」と言われても本人は嬉しくないだろうが。


 それにしても、想定していたよりも随分敵が弱い。


 魔王軍の手に落ちた隣国とて、手をこまねいていたわけではない。騎士も魔術師も決して脆弱だったわけではないのだ。それが防戦一方で、民を避難させるので精一杯だった。それだけ魔王の軍勢が強かったことに他ならない。だというのにこの状況はなんだ? かの国からもたらされた魔族の情報と比べても、今の戦力は明らかに小さい。


 ——まるで、小手先で戦力を調べているような。


 妙な、嫌な感覚が拭えない。本当の戦力は他にいるような… 俺たちが疲弊したところで襲って来るつもりなのか、あるいは主力は他の場所を襲撃しているとか……他があるとするならどこだ?

 

 妙な胸騒ぎがして、王都で眠るマリーと、『学院を守る』と言ったあの日のリゲルの顔が浮かぶ。どうか嫌な予感が当たってくれるなと願うことしかできなかった。




***




 ドゴォ———ンンン!!!


 いきなり響いた轟音にそこかしらで悲鳴が上がる。


(——!?)


「伏せなさい!」


 鋭い声に従って地面に伏せた直後、今度はガキンという金属の擦れるような音がした。恐る恐る抱えた頭から手を離して状況を伺おうとすると、リゲル先生がニタリと歪んだ笑みを浮かべる魔族と斬り結んでいる。


 最近先生は腰に剣を吊り下げるようになっていたけれど、使われたことは一度もなかった。それが今は鞘から抜き払われ、魔族の持つ重そうな剣を受け流している。すらりと伸びた剣身を包むようにうっすらと炎が漂い、彼女の剣戦に合わせて時折炎の斬撃が飛び出す。

 相手の振るう重い斬撃を正面から受け止めるのではなく的確に受け流してゆくリゲル先生。流れるような剣技は踊っているかのようで、ニタニタと嗜虐的な笑みを浮かべていた魔族も予想外の強敵に態度を改めたようだった。ただしそれは、蔑みが喜びに変わったというだけ。


「楽しい!楽しい!お前いいぞ♡」


 ゲタゲタと笑う魔族。一度距離を取った彼は舐めるようにリゲル先生を見つめる。


「リゲル先生!」


 ちらっとこちらに視線を向けた先生はふぅ——っと心を落ち着けるように息を吐き出すと真っ直ぐに魔族を見返した。


「…大丈夫、守ってみせるわ。」

「なんだ?」


 グワっと魔力が立ち上り、剣身を纏う炎が一気に強くなる。ガラリと変わったリゲル先生の様子に唖然としている間に、彼女は魔族に冷徹な一撃を放つ。


「——消し飛べ——」


 青みを帯びた大きな焔の柱が立ち登る様は幻想的で。その中では魔族が無残に燃やされているというのに、揺らめく焔に儚い美しさを感じる。


(……『火の精霊(スヴァローグ)』……)


 数年前のあの日もきっと同じような焔が立ち昇っていたのだろう。遠くから目撃した人がこの美しく圧倒的な焔を精霊の仕業に擬える気持ちはよくわかる。逃げ惑っていた生徒たちも立ち止まって目を奪われていた。

 

 やがて美しい焔が消えた後には、何も残っていなかった——




 同じ頃、最初に襲撃があった辺りがピカリと大きく光る。


「あっちは、Aクラスが…」

「リーディエさん、かしら。」


 今の光を見てリゲル先生が呟く。


(リーデちゃんやグスタフ君は無事かな…)


 ルクシア様もついているから大丈夫だと思いたいけれど心配だ。

 

 異変が起きてすぐに、先生たちや上級生が中心になって生徒を安全な場所に誘導していて、遠くから何かを指示する声やざわざわと人が動く物音が聞こえる。実技で建物の外に出ていたDクラスのみんなは、先生を中心に逃げ遅れた生徒を集めながら学院の地下を目指す。


「リーデちゃん!!」


 同じく実技の授業をしていたAクラスの生徒たちはリーデちゃんを中心にグスタフ君や騎士家の子達がみんなを守るように陣形を組んで移動していた。


「ヴィア!みんなも。怪我はない?」

「うん!リゲル先生が守ってくれたから。みんなは?」

「こっちもなんとか大丈夫だ。」


 キリリと周囲を警戒しているグスタフ君。ひとまず安堵の息を吐くが、そのまま収束とはいかなかった。

 新たな魔族が魔獣を伴って現れる。リゲル先生は炎の壁を作り出して牽制すると、その間にみんなに指示を出してゆく。


「Aクラスで戦闘経験がある子は魔獣を地下に近付けさせないように防いで。強制ではないわ。戦うかどうか自分で決めなさい。戦う者は必ず2人以上のチームを作って相手をすること。少しでも傷を負ったり、限界だと思ったらすぐ地下に逃げ込みなさい。」


 戦闘に参加することに決めた生徒たちが一歩前に出る。グスタフ君とリーデちゃんは戦闘に参加だ。


「他の生徒は今すぐに地下へ。Aクラスの子は防御魔法をしっかりかけて。Dクラスのみんなは攻撃された時だけそれぞれ授業で教えたように防御するの。」


 魔力の少ないDクラスの生徒に長時間防御の魔法を使わせるのは却ってリスクが高い。少しでも安全性が上がる方法をとることが大切。先生は敵から目を離さないまま力強く落ち着いた声で言い聞かせる。


「みんな練習した通りにすれば大丈夫よ。ユディタさん、貴方の蔓でみんなを守って。エヴァンジェリンさんはユディタさんに指示を出して。」

「は、はい。」「わかりました。」

「よし、じゃあ早く行きなさい。」


 今度は戦闘組をちらりと見やる。急いでチームを作った彼らの中で、比較的落ち着きを保てている生徒にリーダーの役割を任せ、戦闘時の進退をチーム単位で判断させるようだ。


「リーディエさんは、私と一緒に魔族の相手をお願いできるかしら?」

「はい!そのつもりです。」


 少し不本意そうにお願いするリゲル先生。生徒を危険な目に合わせたくはないが、そうも言っていられないのだろう。リーデちゃんはしっかりと頷く。

 稼いだ時間で戦闘態勢を整え、それぞれが指示に従って行動を始めた時、上空からルクシア様の声が届く。


「数が多いわ。魔族も魔獣もたくさん攻めて来てる。——王都も、襲撃を受けているわ。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ