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03. 福音

「——ん。」


 寝ぼけた頭で柔らかい感触に頬を摺り寄せる。


(ん、——気持ちいい。——ん?)


 自分以外の声に気づいて目を開けると、目の前に真っ白な肌が見える。顔を離してもう一度見ると、オリヴィアを抱え込むようにして全裸の女性が横たわっており、深い紫の瞳がこちらを覗いている。


「わ、わっ、何で裸なの?」


 慌てて身を離そうとするも、ぐいと引き寄せられて頭を数回撫でつけられる。


「Gooden girlen…」


 相変わらず言葉はわからないけど、落ち着かせようとしていることだけはわかった。

大人しくしていると膝に座らせられて、今度は後ろから抱え込まれる。


 前に起きた時と同じように爆ぜている焚火の周りには、いつの間にか串に刺さった魚と果実が並んでいる。天使様が用意してくれたのだろう、と寝ぼけた頭で考えていると、彼女が程よく焼けた魚を手に取る。


 魚を齧った後、果実にも口を付けると、躊躇いもなくオリヴィアの唇を塞ぐ。あまりにも自然な動作は、これが普通の食事の仕方であるかのよう——


(ああ、またこのパターン……)

 

 彼女にとっては看病の一環なんだろう。恥ずかしがっているこっちが変なのか? と思えてくる。いろいろ考えても疲れるだけのような気がするので食べることだけに集中しよう! 早く元気にならないといけないんだから。

 焼き魚は酸味の強い果実のおかげで臭みが中和され、ずいぶん食べやすかった。お腹が満たされたところで首を振ると、最後に水を飲ませてくれる。

 

 身体には悪寒が走っていて体調はまだ回復していない。びくりと震える度に、後ろの彼女がぴたりと身を寄せて身体を温めてくれる。少し恥ずかしいけれど、抱きしめられると昔お母さんにしてもらったのを思い出して安心する——そのまましがみついて眠りに落ちた。




 次に目を覚ますと今度は1人で寝かされていた。今まで起きると側にいた彼女が、いない。


(ど、こ…?)


 不安になってきてキョロキョロしていると、服を着た天使様が戻って来た。オリヴィアの側まで来ると頭を撫でる。ひょっとすると、縋るような目で見つめてしまったのかも知れない——恥ずかしい。


 彼女はオリヴィアの顔色を見て一度頷くと、抱き上げて外へと連れ出す。暫く歩いて川沿いの岩の上に座らせると、布を水に浸してオリヴィアの身体を拭き始めた。

 光も届かぬ深い森を流れる川の水は冷たくて、ヒンヤリと気持ち良い。天使様はオリヴィアの身体がビックリしないように手の先からゆっくりと拭ってくれる。

 

 繊細で傷一つ無い真っ白な指先。

 人に傅かれる側にしか見えない天使様がオリヴィアの世話を焼いている状況を不思議に思うものの、これまでの看病ですっかり慣れっこになったオリヴィアは大人しく彼女に身を任せる。

 

 さっぱりしたところで、木の枝から太陽の光をいっぱいに浴びた服を取って着せてくれた。

 その後、食べ物を用意してくれた彼女にまたもや口移しをされそうになったので、自分で食べられると身振りでアピールした。


 食事が終わると、眠っていた場所まで連れ戻される。

 そこには、森に入る時に身に付けていた鞄と、破いて毛布替わりにしていた採集用の麻袋、それから果実を詰めた小さめの麻袋があった。彼女が果実を集めてくれていたらしい。麻袋を見てからお礼を言うと、意味がわかったのか頭を撫でられた。

 彼女はオリヴィアと荷物を交互に眺めてから外を指して首を傾げてくる。どうやら移動をするかどうか聞いているようだ。オリヴィアは荷物を持つと、彼女の手を引いて歩き出す。

 

 (——早く帰らないと、村の人に心配を掛けているに違いない。)


 オリヴィアは知っていた。

 村の大人たちが子供を1人で住まわせていることに罪悪感を感じている事を。

 どうでも良い用事をわざわざ頼んでは駄賃を渡し、お裾分けと言っては野菜をくれる優しい彼らのおかげで生活できているんだという事も。

 そんな優しい人たちの負担にならないよう、早く自活できるようになりたくて森に入った——




 果実が詰まった重い方の袋はすぐに彼女に没収される。

 

 オリヴィアの見つけた銀の天使様は、見た目以上に力持ちだった。神秘的な魅惑に溢れた彼女の腕はすっきりと細長く——とても12歳の少女を持ち上げられるようには見えない。

 にもかかわらず、オリヴィアのペースが落ち始めると彼女は荷物に加えてオリヴィアまで抱え上げ、顔色一つ変えずに歩き続けている。


(一体どこにそんな力があるんだろう…)


「ねえ、あなたの名前はなんていうの?」

「?…」


 彼女が困った顔をするので、自分を指して「オリヴィア」と言った後、彼女を指さす。すると彼女はオリヴィアの名前を復唱しようとする。


「オ―ヴィ、ヴィ―、ヴィア、ヴィア?」

「そうそう、ヴィアだよ。それであなたは?」


 首を左右に振る。


「名前ないの?思い出せないとか?」

「……。」

「…名前がないのは不便だからわかるまで仮の名前を付けてもいい?」


 少し首を傾げる彼女。あまり伝わっていないのかな? でも名前がないのは不便だし——仮の名前を考えてみることにする。

 呼んでみて、もし名前があれば教えてくれるかも知れないし、嫌なら首を横に振るだろうから。


 陶器のように白くて滑らかな肌に白銀の髪——心の奥まで覗かれてしまいそうな深い紫の瞳——神からの『祝福』を、一身に受けたかのように美しい容姿。


 それらに反して、表情の変化はほとんど見られない。彫像の様に整い、人間離れした美貌は、ある意味不気味とも取れる。

 けれど彼女の優しさを沢山知ってしまったオリヴィアには、悪い存在とは思えなかった。まだ見たことの無い彼女の笑った顔。それをいつか見てみたいと思った。


「『エヴァンジェリン』…は、どうかな?『福音』ってゆう意味があるんだよ。」


 彼女のことを指差して『エヴァンジェリン』と何度か呼ぶと、


「エ、ヴァ?ヴァン、ジェ…。」

「愛称だと、『エーファ』かな?」


 呼び難そうにする彼女に、『エーファ』と呼びかける。


「エーファ…。ん、エーファ。」


 彼女が頷いてくれた。『エーファ』と呼んで良いようだ。『エーファ、ヴィア。』と、彼女は暫くお互いの名前を繰り返し呟く。


 『福音』の名のように、どうか彼女が幸せになれますように——


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