閑話 気難しい貴公子と煤色の友人 後編
アレナ様の話を聞いた次の休日、僕は真相を聞くために姉さんと会っていた。
「アレシュ。元気にしてた?」
「うん。この前の夜会はありがとう。」
「ううん、新しい友人も出来たし。素敵な歌も聴けて良かったよ。」
「アレナ様と親しくなったんだっけ?」
「うん、そうなの。ところでアレシュから誘ってくるのは珍しいけど、また何かあったの?」
この前連絡を取ったばかりなのに誘ってくるのは不思議だ、という顔の姉さん。普段はどちらかというと姉さんから誘うことが多いからね。
「そうじゃないんだけど。ねえ、姉さんはグスタフ君のことって前から知ってた?」
「グスタフ様?ザイーツ家にご子息がいるってことは知ってたけど?」
唐突な質問に姉さんは訝しげな表情をしている。覚えていてわざと隠していた訳ではないのか…
「じゃあさ、10歳くらいの時に色白な綺麗な貴族の友達がいた?」
「10歳のとき?何でまた……あ、いたね。変なのに絡まれていたから助けたら懐いてくれた天使みたいな子。アレシュと同じ年頃の子だったから、もう1人弟が出来たみたいだったの。」
「その頃って姉さん男の子のふりしてたよね?」
「うん、顔立ちと格好のおかげで、男の子だと勘違いしてる人多かったと思う。けど、どうしたの?」
「いや、ちょっと姉さんらしき人の話を聞いたから気になって…彼はどんな子だった?」
こてんと、首を傾げる姉さんだが、そのまま応えてくれる。表情も口数も少なめだからクールな印象を持たれがちだけど、姉さんは基本的に面倒見がいい。少々疑問があっても僕の話に付き合ってくれる。
「んー。女の子かと思うくらい可愛いかった。赤茶の髪に青い瞳が綺麗で…初めて会った時も襲われてた。目をキラキラさせて話を聞いてくれて…私も調子に乗っていろいろ話したなー。今思うと、いつも真っ黒に汚れてたのによく会ってくれてたよね。」
昔を思い出したように話す姉さんはどこか楽しげだ。自分の時間を削って仕事ばかりしていた姉に、少しでも楽しい時間があって良かったと思う。
「そんな子がいたなんて知らなかった。」
「あの頃外で思うように遊べなかったアレシュに、そんな話できるわけないでしょ。」
ぽんぽんと頭を撫でる姉さんが、僕に向ける目はいつも優しい。確かに当時その話を聞いていたら…僕は、自分のために小さい頃から働いてくれた姉を羨んでいたかもしれない。そうならなくて良かった。
病弱だった僕の面倒を見るのは大変だったろうに、姉さんに辛く当たられたことはない。だから姉さんのことはこっそり尊敬している。
「でも彼の家にバレたから会えなくなったのよね。当時の私、浮浪児に見えていただろうし。彼は今どうしてるかなー?」
「また会いに行こうとは思わなかったの?」
「彼のお父さんがね、相当な平民嫌いだったの。彼も乱暴に扱われていたし。…もう会わない方がいいと思って。」
姉さんなりに思うところがあったらしい。それは兎も角…
「…やっぱり姉さんだったか。」
「えっ、どうしたの?」
「その友達だった彼ね、…グスタフ君だよ!」
「…え?うそ!?あのちっちゃくて可愛いかった子が…。でもそう言われると面影があるような。」
知らずに再会していたことを知った姉さん。やっぱり気になるらしくて、グスタフ君と再度会うことにした、僕も一緒に。
大好きだった『サー君』が女性だったと知って面食らったグスタフ様は少し面白かった。
「まさかアレシュの姉君が。サー君、だったとは…」
「大きくなったね。あんまり変わっているから気付かなかった。あの時のことも…ごめんね。当時の私にとって貴族に追い払われるのは珍しいことじゃなくて。貴方をそんなに傷付けてたとは思わなかったの。」
「いや、謝らないでください。悪いのはこちらです。——何も出来なくてごめん。ただ見ているしか出来なくて、謝罪も別れも言えなかったのが悔しかった…」
くしゃりと顔を歪めたグスタフ君の頭をサシャ様がぽんぽんと撫でる。
「もう気にしないで。これからもアレシュと仲良くしてあげてね。何かあったら私にも言ってくるといい。グレイは2人目の弟みたいなものだから。」
「……ありがとう。サーにぃ…サシャ嬢。」
「昔みたいにサー君でも良いよ?」
「あ、いや。それは流石に遠慮しとく…」
グスタフ君は当時街に出る時は『グレイ』と名乗っていたらしい。5歳児でちゃんと偽名使っていたなんてしっかりしている。ちなみに名前の由来は助けてくれた姉さんのシャツが灰色だったから、らしい。姉さんのシャツがモスグリーンとかしゃなくてよかったね…
思わぬ所で自分の姉が関わっていたのは驚いたけれど、グスタフ君のトラウマが解消されて良かった。僕にとっては兄貴みたいに頼れる彼だけれど、「さっきのは見なかったことにしてくれ…特にアレナには言わないでくれると助かる」と、恥ずかしそうにする姿は少し可愛かった。アレナさんにはカッコイイ所だけ見せたいんだよね。
「グスタフ君は、アレナ様が大事なんだね。」
「そう、だな。アレナはいつも穏やかで…良い姉だった。彼女に合わせようと大人ぶったりしていたけれど、結局いつも彼女の方が合わせてくれていた。それでも仲が良いだけ俺たちは幸いだと思っていた。」
恋から始まる結婚よりも、婚約から中を深めて行くことが多いのが貴族。5歳なんて恋が何かもわからないだろう。だから、優しい婚約者は彼の中で姉のように慕う対象になった。
「うん。」
「けど、アレナは俺が勝手にトラウマ抱えて嫌な奴になっても見捨てないでいてくれた。変わらず手を差し伸べてくれて…今は…俺には勿体無い人だと思う。…何だろうな。前とどう違うのか?って言われると困るけど、なんか違うんだよ。」
幼い頃、姉弟だった2人が今お互いをどう思っているのか、これからどうなって行くのかわからない。けれど、2人がお互いを大事にしてることだけはよくわかる。
——後日
「グスタフ様、『サー君』と再会できて良かったですね。」
「えっ!?アレナ?どうして、いやどこまで…」
「何を驚いてらっしゃるのですか?」
「い、いや。なんでもない。」
心から喜ばしいことだ!という表情のアレナ様。その優しげな表情は恋人というか、可愛い弟に向けるもののようにも見える…
「…そうですか?サー君と会っていた頃のグレイのお話も聞いてみたいです。サシャ様は私がサー君と呼んだら嫌がられるでしょうか?…」
「どうだろうな。大丈夫だと思うが。」
彼女ならサー君と会ったと聞いただけで、いろいろ察してそうだ…。ニコニコと楽しそうなアレナ様と違ってグスタフ君は何だか落ち込んでいる。
(僕は何も言ってないからね…)
頑張れ、グスタフ君!と心の中で応援する。




