30. 魔獣
「どうして庶民と共に演習などせねばならんのだ!」
休憩場所の側をぶらつきながら、苛立ちをぶつけるように石を思い切り蹴り飛ばす——
「痛っ!」
近くで声をあげたのは、同じ班になった庶民だった。道中、甲斐甲斐しく世話を焼かれていた鈍臭そうな奴。
枝を拾い集めていたようで、取り落としたそれらが足元に転がっている。
休憩場所を離れる前に『丁度よい時間だし、休憩ついでに昼食も済まそう』という話になっていた。
『なぜ、庶民どもに指示されねばならんのだ!』
無性にイラついたから、そのまま休憩場所を離れていた。
屈んだタイミングだったのか、石は運の悪いことに頭にぶつかったようだ。こめかみの近くから、わずかに血が滲んでいる。頭にぶつかった反射で目元を潤ませ、「何事か?」と、こちらを伺う彼女。
まさか、たまたま蹴った石が当たるとは思わなかったが——彼女の潤んだ瞳に、嗜虐心が掻き立てられる。
「はっ。鈍臭いやつだな!対して攻撃も出来ないくせに、せめて回避くらいもう少しマシに出来ないのか?」
「…申し訳、ありません。」
「謝ればいいと思っているのか?俺が練習してやるよ。」
「えっ?」
——ドゴッツ。ゴス。ズズッ。
敢えて彼女を外したギリギリの所に、土魔法で棘状に地面を盛り上げると『やめてください!』と言って、青い顔で逃げ惑う。
(庶民でもたまには役に立つじゃないか!)
自分の手のひらで踊らされているコイツを見ていると、苛立ちが薄れていく。もっと、もっとだ——
「何をなさっているのですか!」
声に振り向けば、もう一人の庶民の女が走り寄って来ていた。
(チッ、大きな音を立て過ぎ…)
ガアアアアアアァ———!
「なんだ!?魔じゅ…」
「ザイーツ様危ない!」
いじめていた奴に突き飛ばされていた。顔を上げれば、さっきまで自分がいた場所の地面が大きく抉れている。自分より何倍も大きいであろう魔獣が突進した跡だ。
(もし突き飛ばされてなかったら…)
起こり得た未来にゾクッとする。 突き飛ばした相手を目で追うと、魔獣の標的にされていた。魔獣の体高は自分の身長の倍はあり、どっしりと重量のある体で口からは上に向かって鋭い牙が覗いている。こんな強そうな魔物が出るなんて聞いていないぞ!
その辺の雑魚には遅れを取らない自信がある。だが、目の前のやつはどう見ても高ランクの魔獣だった。
茫然としていると、横を一つの影が追い越していく。事態について行けていない自分と違い、彼女は迷いなく魔獣へと向かっていった。
もう少しで襲われている奴に辿り着くという時、魔獣が大きく地団駄を踏んだ。その衝撃で、追い込まれたていた奴の体が傾く…いや、地面ごと崩れている。
どうやら立っていた場所は崖の際だったようだ。さっきの魔獣の地団駄で地面がひび割れ足場が崩壊していっていた——
(あっ——)
「ヴィアっ!」
目を疑うような速さで飛び込んでいった彼女は、ギリギリのところでヴィアと呼ばれた奴を捕まえたが、そのまま2人で崖の下に消えていった…
「うそ、だろ…。」
「ザイーツ様!」
後ろからアレクセイ・ジヴニーが走ってくる。2人が落ちていく姿は見えていたようで、崖の向こうを睨みつけている。魔獣は崖下に目を向けたままだが、飛び降りることは出来ないようだ。それだけ高さのある崖だったということか——
「早く立って!逃げますよ。」
「えっ…」
「早く!」
アレクセイに肩をガシッと掴まれ、立ち上がらせられた。
「逃げる、のか?」
「僕たちに倒すのは無理です!先生たちか、フォジュト様なら…。ザイーツ様、魔法でこちらに注意を向けてください。」
「えっ?」
「このまま2人を追いかけていったらどうするんですか!」
「あ、ああ。」
崖が崩れないよう、魔獣の手前に土の棘を出し、こちらに向かい出したところで、もう1本棘を出す。それは魔獣を掠めたが、
ガガアアァ———!
注意をこちらに向けることは出来たが、足を止めるには至らず、そこから先はがむしゃらに走って逃げる——
「おい、横に避けるぞ!」
肩でタックルするようにアレクセイを突き飛ばし、一緒に魔獣の軌道から外れる。もう3度目だ。魔獣は巨体に似合わず動きが俊敏だった。引き離すのは不可能だったが、幸い直線的な突進が多いので、横に逸れてやり過ごしていた。蛇行しながらフォジュト様がいるはずの方角を目指すが、もはや近づいているのか定かではない。
「…立てるか?」
「はぁ…はぁ…、はい。」
どんどん体力が削られていっている。武術の訓練を受けている自分はともかく、アレクセイはそろそろ限界が近づいているようだ。それでも歯を食いしばって立ち上がる。
——ドォーン。
「あっちだ!」
音のした方を見ると、空に向かって光の筋が立ち上がっていた。リーディエに違いない。自分たちの場所を教えてくれているのだろう。光に向かって走る。
柱を見たアレクセイが、少ない魔力を振り絞って火の玉を空に挙げる。魔術が得意でない彼に、今の状況で精密な制御は不可能だ。どうにか絞り出した火の玉は今にも消えそうで、力無くふよふよと空へ挙がっていく。
それが今の自分たちの状況を表しているようだった。
(頼む、気づいてくれ——)




