21. 食堂
「わー!豪華だー!」
朝ごはんは、それぞれの寮の食堂で食べる。パンにサラダ、卵にソーセージ、果物まで用意されている。バランスの採れた食事に頰が緩む。エヴァも、はしゃぐヴィアを見てニコニコしながら果物メインに少量ずつお皿に取り分け、紅茶を注ぐとテーブルに移動する。
「エヴァはまたそうやってちょっとしか食べないからー。だから身長が伸びないんだよ。」
「まだ私の方が高いよ?」
「もうちょっとだもん、すぐに追い抜いちゃうよ?」
「そうね、私より大きくなったらお祝いしようね。」
「そうゆうことじゃないんだけどなー。」
頭一つ分近くあった身長差は今では拳1つ分ほどになっている。エヴァだって成長期のはずだが、身長が伸びないことを本人はあまり気にしてないようだった。
朝は寮だが、昼食は食堂か購買を利用することになる。食堂は貴族と平民両方が利用できる。ラザに注意されたことだが、食堂の利用は暗黙の了解で、貴族と平民で大まかな利用スペースが分かれているらしい。間違って座ると気まずい思いをするんだとか。
料理も平民向けのものから貴族向けのコース料理まで様々ある。その中には、家計の苦しい者のために、無料で食べれるまかないメニューというのが用意されている。購買も利用できるが、もちろん買わないといけない。まかないメニューでなんとかなると良いんだけど…
学内の身分は一応平等ということになっているが、貴族と平民に違いがある他、平民の中でもラザのように大きな商家や地主の家の子など、ある程度裕福な家のものは収入によって授業料を納めており、寮の部屋なども無償で通う奨学生とは違いがあるようだった。
午前中はオリエンテーションの続きがあり、午後からは、魔法学の最初の授業をして、その後は魔法適性と魔力量の測定をすることになる。昼休みになり初めて食堂に入ると、そこはすでに混雑し始めていた。オリヴィアたちはラザの忠告通り平民が使うエリアに席を取った。
今日のまかないメニューは、端肉を使ったビーフシチューとパンに、リンゴが一欠片。お金を出して食べるメニューよりはパンも固そうだし、少し質素だが、十分お腹を満たせる内容にホッとする。お昼は毎回賄いメニューでやっていけそうだ。
「はい、ヴィア。」
「ん、はむっ。」
言われるがまま口を開けたら、エヴァが貴重なお肉を入れてくる。
「エヴァ、お肉食べないと。」
「ヴィア、美味し?」
「うん。…美味しい。」
「はい、ヴィア。」
「ん。もぐっ。」
エヴァはニコニコしながら食べさせる。自分の器の中の塊を粗方食べさせ終えると、やっと自分の口に運び始めた。『夕飯はちゃんと食べてね。』と言うと、はいはいという気の無い返事が返ってきた。
そうして昼食を取っていると、ざわざわと入り口の方が騒がしくなる。声のする方を覗くとキラキラした金髪の貴族用の制服に身を包んだ男性が、同じく貴族用の服装に身を包んだ男子生徒を引き連れて現れた。一人はいかにも従者といった様子で男性の半歩後ろを歩き、もう一人は親しげに金髪の男性に話しかけている。そのグループを遠巻きに生徒たちが眺めてはざわざわと騒いでいる。
彼らは皆とても容姿が整っていた。貴族の人たちは、田舎育ちのヴィアからすれば皆垢抜け見えるけれど、その中でも彼らはハッと目を瞠るほどの容姿で、気品もあった。1人だけでも目立つ彼らが揃っているから女性たちが騒いでいるのだが、そのグループの中には黒い制服の人が混じっている。
初めて彼らを目にする1年生は、明らかに高貴な身分の生徒に混じる黒い制服に驚きと興味を示していた。何よりオリヴィアたちを驚かせたのは、その黒い制服の生徒がラザだったことだ。金髪の男性に話を振られて朗らかに答えるラザは、1人だけ黒い制服を着ているにも関わらず真っ白な彼らに見劣りしないほど輝いていた。
驚いて思わず『ラザお兄ちゃん』と呼びそうになったオリヴィアは、そっと口を押さえてきたエヴァのお陰で注目を浴びずに済んだ。そのまま唖然として眺めていると、ふと横を向いたラザと目が合う。彼はこちらに向かって一瞬目元を和らげると、グループの会話に戻っていった。
「あの人たちすごい人気だね。ラザお兄ちゃんまでいてびっくりした。」
「そうね。ラザさんから聞いた話だと、あの方々が第一王子殿下とご学友よね。第一王子殿下は、名門伯爵家のご子息や、現宰相のご子息と懇意にされているはず。」
「そんな中に混ざってるラザお兄ちゃんって。」
「聡明な方だとは思っていたけれど、ほんとうにすごいね。ヴィア、あまり大きな声でお兄ちゃん呼びはしないほうがいいかもしれないわ。」
「うん、変に目立っちゃいそうだもんね。気をつける。」
食堂には、他にも目を引くものがあった。それは、生徒たちに付き従う”契約獣”たちの存在だ。一纏めに契約獣と呼ばれることが多いが、実際の種族は精霊や妖精、魔獣等様々で、契約を交わすことで力を貸してくれる。一般的には召喚魔法で呼び出して、相手に主人と認めさせることで契約を結ぶ。この食堂にも、生徒の側を歩いていたり、傍でふわふわと浮いている。
契約を交わすのに年齢の制限はないが、召喚に見合った実力がないと危険で、授業で召喚について学ぶのはまだ先のことだ。平民の多いDクラスですでに召喚獣を持つ者はわずかだった。ふわふわと光を放ちながら漂う下級精霊や、漆黒の毛並みの魔獣、小さな人型の妖精などが集った不思議な光景に思わず見とれてしまう。
「私も契約できるかなー?」
「きっとできるわ。ヴィアは契約を交わしたい種族があるの?」
聞かれて、なぜか頭に浮かんだのは『エーファ』と出会った瞬間。あの時見つけた彼女は天使みたいに神々しかった。
(召喚魔法で願えば…また会えるかな?)
そんな考えが浮かぶけれど、不可能だろう。契約獣として平民がよく契約するのは魔獣や下級の精霊や妖精。貴族でも中級の精霊や妖精、力の強い魔獣と契約できれば優秀だと言われている。
例えば『エーファ』が精霊だったとして、彼女の容姿から考えるとおそらく上級精霊だろうから、人が契約できる相手ではない。釣り合わない相手を召喚しようとした場合、召喚に応えてくれないか、現れても召喚者を攻撃してくる可能性が高く、とても危険なのだ。
頭に浮かんだ無謀な考えを振り払って、ふわふわと漂う精霊を眺める。自分にもあんな可愛いパートナーができるかなと待ち遠しく思う。
「種族はわからないけど、契約するの楽しみだなって思う。召喚魔法頑張って覚えないとだね。エヴァは?」
「私は特には…でも、召喚魔法を習ったら一緒に練習しようね。」
「うん。ありがとう。」




