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19. 氷解

 魔術学院への受験を数日後に控えたある日、エヴァはギルにお茶に誘われていた。一方のヴィアは、休みを利用して帰省したラザと一緒に庭園に出ていた。


「エヴァ。それでどうするか決めたのかな?」

「はい、”光”と”風”にしようかと考えています。」

「ふむ。光魔法の使い手は、2属性持ちが比較的多いから、あまり違和感はないだろう。平民にしては少し珍しくはあるが。」

「強い魔法は使えないのでそこまで目立たないと思っているのですが。ヴィアが怪我をした時に癒しの魔法が使えないのは困りますし、風魔法があれば素早く動くことができます。…彼女は水ですし、相性も悪くないかと。」

「ああ、それはそうだね…。しかし本当にそれで良いのかね?」


 ギルは、エヴァの答えが分かっていながら、それでも聞いてしまう。


「はい。少しでもオリヴィアの助けになれれば、それで良いんです。」

「…そうかい。それとエヴァ、私にはもう一つ気掛かりな事があってね。最近の2人の様子なんだが。」

「はい…なんでしょう?」

「見ていて心配でね…。少しヴィアと出会った時の話をしようか?私は君に似た女性に会ったことがあるんだ。」


(…私に似た女性?)


「ヴィアが初めてここを訪れた時に連れていた女性だ。名前は『エヴァンジェリン』と名乗っていた。本名ではないとのことだったけれどね。」


——『エヴァンジェリン』。自分と同じ名前が出て来たことに動揺してしまう。


「髪の色や、目の色、雰囲気も君とは全く違うが、顔立ちはそっくりだよ。私も初めて君を見た時にはびっくりしてしまったくらいに。でも、それより似ているのはヴィアとの関係ではないかな。」


(ヴィアとの関係?)


 なんのことかわからず、訝しげな顔をしたエヴァ。ギルは思い出すように遠くを見ながら続きを話す。


「ヴィアはこの店に宝石の換金をしに訪れた。」

「…宝石、ですか?」

「そう。君に似た女性の持ち物だったそうだ。あとで聞いた話だと、『森で襲われて彼女と逃げてきたが、荷物はほとんど無くしてお金が必要だ』という話だった。二人ともボロボロな出で立ちで、うちの者は宝石を盗んだものだと勘違いしてしまったんだよ。」

「それで…どうなったんですか?」


 エヴァにしては大きな声で続きを促す。


「彼女はヴィアを疑った従業員の態度に機嫌を損ねてね。ヴィアを庇うように冷たい表情で従業員を睨みつけていた。私が事情を聞いて、直ぐに個室で応対して事無きを得たのだが、内心どうしようもなく背筋が凍る思いだったよ…。修羅場はそれなりに潜りぬけている方だと思うが、彼女ほど敵に回したくないと思った相手はおらんよ。彼女に抱いた印象は、『人ではないように美しくて、空恐ろしい方』といったところじゃな。」


(人ではない?…)


 怪訝な顔をするエヴァにギルも思案気に口を開く。


「実際のところは私にはわからんよ。じじいの勘にすぎんが、敵対してはならない相手だと感じた。ただ確かなのは、彼女がヴィアの事をとても大切にしていたということじゃ、今の君のように。——ヴィアは、どこかで君に彼女の姿を重ねてしまうのかもしれん。私も2人の様子を見ていると時々、君が彼女のように思えるくらいだからね。気掛かりを心の内に留め込んで誤魔化し続けるのは辛いことだし、お互いにの為にならんよ。ヴィアと話してみたらどうだい?絡まった糸は放っておくと余計に解くのが大変になるものだ。」


 ゆっくりと、けれどエヴァに届くようにと気持ちを込めてギルが語る。それはしっかりとエヴァにも届いて…


「…はい、ヴィアと話してみようと思います。それからあの、ギルさんは私と、その…彼女は同一人物だと思いますか?」




*****




 ギルがエヴァに言い聞かせている頃、ヴィアもラザに庭へ連れ出されていた。


「ヴィア、少し元気ないんじゃないか?」

「…ラザお兄ちゃん。最近、エヴァの様子が変な気がするの。」

「エヴァの?それは、何か心当たりがあるの?」

「ううん、わからないけど、ひょっとして魔術学院に行くの本当は乗り気じゃないのかな?って。」

「そうかな…。僕にはね、エヴァは何処だろうと割と平気なように見えるよ。ヴィアが一緒ならね。だから、もし元気がないなら他に理由があるんじゃないかな?」


 少し見当違いなヴィアの心配事にラザは微笑む。だってラザには、エヴァはヴィアと一緒なら、何処でも良いように見えるから。


「他に?」

「そう、例えば彼女に隠していることはない?エヴァはヴィアのこと、ヴィアが思っているよりもずっとよく見ているよ。だからね、もし1人で悩んでることがあるなら、彼女にはそれがわかっていると思うんだ。そしたら心配で、打ち明けてもらえないのも辛くて、元気もなくなるだろうね。」


 少し悩み始めるヴィア。


「エヴァに、私が隠していること…。エーファのこと?」

「その隠し事は、彼女には話せないこと?」

「ううん。『いつか話さなきゃ』って思ってた。でも、どう切り出したらいいのかわからなくて、ずっと先延ばしにして…」

「なら、受験の前に話し合ってごらん?モヤモヤしたままじゃ上手く行くものも上手く行かないよ。それにね、そんなに心配しなくても、どんな話だろうと一生懸命伝えればエヴァは受け止めてくれるはずだよ。」


 そういってラザは優しくヴィアの頭を撫でる。なんだかんだ妹のように思っているヴィアたちに元気がないのは気掛かりだった。


「…うん、そうだよね。ラザお兄ちゃんありがとう。」


 少し元気の出たヴィアは庭の花に囲まれた庭でにっこりと笑う。

 

(あー、ヴィアは天使だ。)


 こんな素直な子を、貴族連中の詰まった学院になど入れたくない!と思う。


「ヴィア、お土産に買って来たお菓子があるから、みんなで食べよう?」

「なんのお菓子?」


 嬉しそうに顔を綻ばせ、興味津々に問いかけて来たヴィアにまだ秘密だと告げると、『いじわる!』と言ってむくれる。本当はちっとも怒っていないことがわかる『拗ねたフリ』が可愛いらしい。


(妹って、案外いいものかもしれない…)


 トコトコと、少し嬉しげな足取りで紅茶を用意しに屋敷へ戻るヴィア。その後ろ姿を眺めながら、なんだかヴィアとエヴァに毒されつつある気がすると感じる。

 赤の他人だったはずなのに——2人が傷付く姿は見たくない。これからも元気で、その笑顔を見せてくれたらと思う。

 こんな毒なら、侵されても良いかもしれない、と思い始めている自分がいる。




*****


 その日の夜、オリヴィアはエヴァに切り出した。


「あのね、最近エヴァ元気がないよね?…どうしてなのか、教えて?」

「…ヴィア。」


 こちらを向いて、言い淀むエヴァ。けれど、何かを決心したのかゆっくりと口を開く。


「前から気になっていることがあるの。ずっと前から気づいていたのに、見ないふりをしてたこと——『ヴィアが私を通して時々他の人を見ている』って。今の関係が壊れたらと思うと聞けなかった。私は、貴方のそばに居ていいのかって…」

「ごめん、ずっと黙ってて。いつか話さなきゃって思ってたのに、どう話していいかわからなくて。…聞いてくれる?私を助けてくれた、もう1人のエヴァンジェリンのこと。」

「うん。教えて?」


 ヴィアが不安になった時によくするように、エヴァは後ろからそっと彼女を抱き寄せた。エヴァに体を預けたオリヴィアは、ポツリポツリと2人の出会いからエヴァに出会うまでの出来事を話し始める——




「『エーファ』が消えた代わりに私が現れたの?」

「うん。光が収まった時にはエヴァがいたから。」

「ヴィアは、『エーファ』は私だと思う?」


 聞かれて考えるそぶりをするヴィア。しかし…


「わからない。時々ふとした仕草とか表情とか、似てるって思う。ごめん、どこか重ねてちゃってるんだと思う…。『エーファ』にまた会いたいとも思ってる。でもね、エヴァが私を見て『ヴィア』って言った時、不安で一杯なのに手を伸ばしてくれた時、『どっちでも良いかな』って思ったんだ。『エーファ』でも、そうじゃなくても。本人かどうかなんてどうでも良くて、目の前のエヴァを1人にしたくないって思ったの。だから『一緒に居ていいのか』なんて言わないで?私はこれからもエヴァと一緒にいたいよ。」


 そう言って、ぎゅっとしたら、エヴァは泣きそうな顔で微笑んだ。





『ねえ、ヴィア。もしも私が魔術学院の試験に受からなかったら、その時は私を契約獣にして。そうしたら、一緒に学院に通える。』


『え?契約獣って…』


『知っているでしょう。私が普通じゃないこと。多分ね、人間…じゃないと思うの。だからもし、ヴィアだけ合格したらその時は私の主になって?』


『主って…どうして?エヴァは大事な家族で、友達だよ!』


『わかってる、だからもしもの時の話。ちゃんと一緒に入学するつもりよ。けれど、私にとっては学院生になることより貴方と一緒に居られることの方が大切だってこと、覚えておいてね——さあ、もう寝よう?おいで。』


『エヴァ。…エヴァは、友達…だもん。』



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