18. 宝石と小石
「おお。オリヴィア嬢。久しぶりじゃな。元気でしたか?」
「はい、お久しぶりです。ギルお爺さん。」
「む。この前はおじいちゃんと呼んでくれたのに…。爺は悲しいのう。」
「お嬢様方が困っておられますよ?」
後ろから、ギルと何処と無く似た顔立ちの少年が話に入ってくる。
「これは、失礼しましたな。こちらは私の孫でラザといいます。王都の魔術学院に通っているのですが、丁度休みで手伝いに帰って来ているのですよ。私が学院に通っていたのは随分と前ですから、気になることがあれば、ラザに聞くと良ろしい。」
お互いに初めましての挨拶をする。ラザさんは、金色のクルクルと柔らかそうな髪の、柔らかい笑顔を浮かべた人だった。商人の子というより、どこかの貴族子息と行っても通りそうな、王子様然とした見た目だった。歳はエヴァより少し上かな?
「して、そちらのお嬢さんが手紙にあった、エヴァさんですかな?」
「はい、この子がエヴァです。」
「初めまして、エヴァンジェリンと申します。」
少しぎこちない様子で、エヴァがギル達に挨拶をする。エヴァの名前を聞いたギルは一瞬目を見張り、しかし直ぐに平然として挨拶を返す。
「それで、オリヴィア嬢は魔術学院に興味があるということでしたが?」
「はい。手紙に書いた通り魔術学院を卒業して安定した仕事に就きたいと思っています。」
「ヴィアが行くなら、私も行きたいと思っています…。」
「ふむふむ。わかりました。では学院へ入る方法について簡単に説明しましょう。魔術学院に入るには入学試験を受けて合格せねばなりません。貴族の場合はその限りではありませんがな。そして、平民の場合は、少なくとも試験で平均を上回らなければ入学できません。」
「全体的に待遇では貴族が優遇されて、金銭面では平民に優しくなっているから。…そもそも平民が入るのは大変だけどね。」
そのままラザが説明を続ける。
「特に、授業料を収める貴族や有力な商家、軍家等と違い、無償で学院に通う奨学生はそれに見合った実力を求められるんだ。実際、貴族の中には『平民と一緒に学ぶのは我慢ならない』という血筋を重んじた考えの者が多いよ。だから、貴族側から反発を抑えるという意味でも、入学条件を貴族より厳しくして、優秀な人材の育成のためという理由付けをしているんだ。」
「ヴィア嬢たちは、入学条件の厳しい奨学生枠を狙うことになるわけじゃな。」
「奨学生枠、ですか…」
少し不安そうなオリヴィアを見守りながら、ギルが続ける。
「条件が厳しいのにはもう一つ理由がある。魔力というのは基本的に貴族の方が恵まれた者が多い。貴族達は代々魔力の高い者同士で子を成して来ておるからね。つまり総じて平民は学科で高得点を取り魔力のハンデを補って合格するしかないというわけですな。一般の平民が学院を受験するには貴族やそれに準ずる家の後ろ楯も必要じゃが、それは我が家が引き受ければ問題ない。学科も魔法も学ぶ環境を整えることはできる。今まで関わりのなかった人々と関わるというのは、自分の見識を広げる良い機会じゃが、いいことばかりでなく、時には辛い思いをすることもあると思う。今の話を聞いた上で、どうしたいかね?」
「大変そうだとは思います…。貴族様と関わったこともありませんし。でも、それでも私は魔術学院で学んでみたいと思います。」
ギルと目を合わせて、真っ直ぐに答えたオリヴィア。隣で、エヴァも同意してくれる。
「ならば私ギルと、ベルディフ商会はお嬢さん方に協力しよう。魔術を教えてくれそうな方にも心当たりがあるから、あとは2人も頑張り次第じゃな。」
「僕にもできることがあったら言ってね。」
ラザも協力を申し出てくれる。
「ありがとうございます。受験資格を得るのに必要な後見をして頂けたらと思って相談に来ました。けれど、勉強の援助までしてもらうのは…」
「じゃが、学科はともかく、魔法は触りだけでも誰かに学ばねば難しいのが現実。そうじゃな、それではこれから受験までの間、午前中はこの店で働いて午後からは勉強をするというのはどうかね?それなら私も人手が確保できるしの。」
この前と同じようにお茶目にウインクするギル。ちらと、エヴァを伺うと、彼女はこくりと頷く。
「よろしくお願いします。」
精一杯の感謝の気持ちを込めてお礼を言うと、ほっほっ。と満足したように顎髭を撫でるギル。『今日は泊まって行きなさい。』と言われる。何から何まで甘えっぱなしで申し訳ない気持ちになりながらもご厚意に甘えることにする。
案内された家は高級住宅が立ち並ぶ通りにあり、2階建てのとても立派なお屋敷だった。道中、ラザさんに『お爺様は目を掛けた者への援助を惜しまないタイプの人間だから、勉学や後見のことは気にしなくて良い。』と言われた。人との繋がりを持っておくことは、商人にとってとても大切なことだそうだ。
だから、いつかギルが困ってオリヴィアたちに相談に来ることがあったら、その時に助言をしてくれればそれで良いのだと。『身内贔屓だと思うかもしれないけど、お爺様にそこまでしてもらえるって、割とすごいことなんだよ?だからもっと自信を持っていい。』と言われてしまった。
ラザさんは平民の中では魔力に恵まれている方だそうだけど、それでもやはり学科は頑張らねばならない、ということだった。『困ったことがあれば力になるから相談してね。』と言ってウインクする姿はギルお爺さんそっくりで、思わず笑ってしまった。
『エヴァ嬢も魔力を測ってみんとな。あまり心配してはおらんのだが…。』
そう言われて、魔力を調べたエヴァも無事に魔力があり、入学に向けてこの街に移り住むことが決まる。家を借りようとしていた私たちは、『広い家で寂しいから。』というギルの勧めで、彼の屋敷で一緒に暮らすことになった。
*****
『ヴィア嬢。それが終わったらこちらの在庫を調べてくれるか?』
『はい、わかりました。』
『エヴァ嬢は、あちらのお客様のお手伝いをお願いできるかな?』
『はい。かしこまりました。』
ロダリガの街での1日は朝揃って朝食を食べるところから。ギルの家の朝食は、屋敷の見た目から想像するような豪勢な物ではなかったが、卵やソーセージにサラダ、果物と、バランスの取れた健康的なものだった。屋敷には数人の使用人が居て、食事の用意や掃除などを行ってくれる。
朝食が終わると、お店での仕事が始まる。朝一番にお店の掃除を終えた後は、商品のチェックをしたり、お客様の相手をしたり、発注をかけたりする。
ギルが経営するお店は宝石店以外にもあり、本来子供は違う店で行儀作法や商売の経験を身に付けてから、このような客層の高い店に移るそうなのだが、『これから貴族と接する機会の増えるヴィアたちには良い練習になるから。』と、宝石店で働くことになった。
宝石の知識が無いため、オリヴィアに出来ることは限られている。主な仕事は掃除と在庫のチェック、購入が決まった商品の梱包など。
一方、何処と無く上品でセンスもあるエヴァは、掃除以外にも時々宝石選びのアドバイスを求められたり、個室で商談をするお客様へのお茶出しを任されたりしている。
貴婦人たちと控えめに言葉を交わすエヴァは”良い家のお嬢さんが行儀見習いをしている”ようにしか見えない。つい数ヶ月前まで貧しい田舎の村で暮らしていたとは誰も思わないだろう。
ぼーっと眺めていると、視線に気づいた彼女と目が合う。笑って誤魔化すと、彼女は接客に戻って行った。
「ヴィーア。」
ふわっと背中に重さを感じると同時に、耳元でエヴァが囁く。
「どうしたの?」
「それは私のセリフだよ。さっき見てたでしょ。どうしたの?」
「ど、どうもしないよ。」
なんとなく返事を濁して彼女を見ると、予想外に悲しそうな顔をした彼女がこちらを見ていて、びっくりした。
「あ、いや、その。なんかヴィアまで貴族様みたいに見えてきて…立派に接客できて凄い事なのに——なんだか遠くにいるみたいに感じて…。」
恥ずかしくなってボソボソと呟くオリヴィアをぎゅっと抱きしめたエヴァ。
「大丈夫。私はどこにも行かないよ。ヴィアが望んでくれる限り、ずっとそばにいる。」
(ああ、エヴァが自分を置いて、何処か遠くに行ってしまいそうで不安だったんだ…)
エヴァの言葉でようやく気付く。少し恥ずかしくなって顔を赤らめたオリヴィアの頭を、彼女は優しく撫でた。




