13. 彼女の日記2
(私はどこか変なのかも知れない…)
そう思い始めたのはロダ村へ来て数日後のこと。エヴァには、どうしてだか分からないけれど…『人の心』がある程度わかる。おかげであまり言葉を知らなくとも、大まかな意思疎通はできたし、言葉を覚える助けにもなった——けれどそれは、他の人にはできない事らしい。
『心がわかる』というのがどういうことかを説明するのは難しい。それは例えば…
——人の中から、感情で色付けされた『心の言葉』が、文字となってポロポロと螺旋を描くように溢れ出てくるのが見える——
そんな、幻想的なものではなくて…
——ああ、この人はこう思っているんだ——
と、本来なら会話や表情から読み取るものが、ふと自分の中に現れるような感覚。相手の悪意や善意が、意図しなくても何と無くわかってしまう。ただ人の心の機微に聡いだけ、と言ってしまえばそれだけのことなのかもしれない。
言葉が話せるようになってきた時に、気にかかっていたその事をヴィアに相談すると、『早く言葉も覚えられたし、すごい特技だね。』と素直に喜んでくれた。けれど他の人には出来ない事だと知って、怖くなった。
(ヴィアは私を気味悪いと思わないかな?)
彼女に嫌われるのが…怖いのだ。
他にも気に掛かることがあった。ヴィアより力が強かった。同じことをしても私は疲れない。『年上だから』ということにした。けれど、きっとそうじゃない…数年経ってもエヴァの方が強いままだろう。
そして、1番考えたく無いのは、『食べ物』のこと。ヴィアと同じように食べ物の味の違いは解る。お腹が空かない訳でもない。けれど、食べる必要はないのではないか?と、感じることがある。ほんとうにそうなのかは分からない。けれど、ヴィアが飢えてしまうよりもエヴァが飢えを感じるのはずっと先だと思う。何か食べた時に満たされるのは“心”の方で、生きるのに必要な“糧”とは違うような…
1つ違いを見つける度に、1つ不安が増えていく。人と違うエヴァを、いつかヴィアは嫌いになるかもしれない。
(彼女に拒絶されたら、どうすればいい?何処へ行けばいい?…)
わからない、どうしたらいいか。考えたくもない。けれど、もしも優しいヴィアがエヴァを拒絶しなかったとしても、周りも受け入れてくれるとは限らない。そうしたら、いつか一緒にいられなくなるかもしれない——
(どうしてみんなと、ヴィアと、私は違うのかな…)
何か違うと感じる度に、みんなと同じように振る舞った。重いものは持たずに、村の大人に頼むようにした。疲れてなくても休憩するようにした。心を見透かされたと感じさせないように、言動に注意した——村の人に怪しまれないよう、いつも気を付けていた。
ヴィアには変だと感じたことを打ち明けていたけれど、食事で感じる違和感だけは、相談できていない。言ってしまったら、きっと心配して私に合う食べ物を探そうとするだろう。危ない森へ入ってでも、見つけようとするかも知れない。彼女は人の為に無茶をするタイプだから——危ないことはしないで欲しい。
それに、満たされる”糧”を知ることが、”自分が『化け物』だという事の証明”となるのではないか?と考えてしまう。自分でも知るのが怖い、知りたくない。だから、ヴィアは知らなくていい…
ロダ村には月に1度行商人がやって来る。ヴィアは彼らが来ると私を連れて話を聞きに行くことにしていた。
小さな田舎町にとって、行商人とはただ商品を売ってくれるだけの人ではない。若者には今の流行、大人には今年の収穫・国の情勢・キナ臭い噂まで、外の情報を伝えてくれる大切な役割を果たしていた。
エヴァの姿形から、『出身に心当たりはありませんか?』と、行商人に尋ねたり異国の文字で読めるものがないか探したりと、記憶を思い出す糸口を探してくれる。しかし、今のところ成果は全く無いまま…
怖かった。得体の知れない自分自身が——けれど、それ以上に素性がわかってしまうことが…
——もしも記憶が戻ったら?人間ではないと見なされたら?
その時、エヴァはどうなるのか。今の自分のままでいられる?これまで通りに暮らしていけるだろうか?
何も手掛かりが見つからず落ち込むヴィアを見ながら、いつも安堵していた。ずっと記憶喪失のままでも、ヴィアと穏やかに暮らしていければ、それでいい。
望みはそれだけなのに。気付きたくないことに、気付いてしまった…。
(『人の心』なんて、わからなければよかった……)