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09. 商人の勘

——ヴィアがマフィンを食べている頃。


 扉を閉めて表まで戻ってから、小さく息をつく。遣り手の商人として名を馳せたギルの額には冷や汗が滲んでいた。


 (どうにかなりそうだ。)


 2人が買い取りを願ったのは青い色の小さなサファイア。少し変わった色合いで入手が難しいが、小ぶりなので価格はさほど高くない。

 いきなり『盗品』と決めつけた従業員には再教育が必要だ。彼が決めつけてしまうのも致し方ないと言えばそうなのだが……今回は相手が悪過ぎた。


 話をしてくれたオリヴィアというお嬢さんは、ごく普通の田舎育ちの娘さんで、おそらくこのような店に入ったことはなかったのだろう。

 だが、エーファと呼ばれた令嬢は違う。人間離れした顔立ちに並の貴族よりも洗練された所作。場違いな格好で場違いな場所にいる、違和感だらけの存在。魔力の類は感じ取れなかったが、それも実際のところは判らない。


 宝石店の店主ギルは今でこそ地方の街へ隠居しているが、息子に後を託すまでは王宮御用達の商人として王侯貴族の相手をしてきた。上流階級に揉まれて培われた勘がギルに警告を鳴らしていた——『敵に回してはならぬ』と。

 盗人呼ばわりされて怯えるオリヴィア嬢を腕に庇ってこちらに向けた視線は、背筋が凍るようであった。対応を誤ればこの店ごと敵に回してしまうだろう——彼女はわざと警戒しているそぶりを見せている。


 ——食べ物に睡眠薬でも仕込んで、眠ったところを衛兵に突き出す——


 ギルはそんな愚かなことをするつもりがないのは判っていた筈だ。それでも紅茶をオリヴィア嬢より先に飲み、意味ありげにこちらに視線を寄越したのは『気分を害した』という意思表示をしているかのようだった。


(あの得体の知れない令嬢は、オリヴィア嬢をとても大切にしているようだな…)

 

 オリヴィア嬢の感情の変化につられて、彼女の機嫌も移ろうようであった。ギルはテキパキと従業員たちに指示を出した後、絶対に粗相をしないようにと言いくるめた。近頃は『好好爺』のようになっていたギル。彼の真剣な様子に、従業員たちも気を引き締める。




*****




 オリヴィアたちは、ティータイムを楽しんだ後、用意してもらった日用品中から服を1人2セットずつ選んだ。エーファは服に加えて少しの雑貨と食料を購入すると肩掛け鞄にしまう。

 親切にしてくれたお店の店主ギルのことを、『ギルお爺ちゃん。』と呼ぶくらい打ち解けたオリヴィア。お店を後にする時には、彼に困ったことがあったらまず自分に相談するように、と言い含められた。

 お礼の言い方を覚えたエーファも、お礼を口にする。


「ありがと。」

「エヴァンジェリン様も何かお困りごとがありましたら、ギルに一言ご相談くださいますように。」


 こくん、と頷いた彼女を見てギルも安堵した様子で頷いた。




 宿に帰るとまずは食堂で晩御飯を食べる。久々に食べたしっかりした食事に、じんわりと身体が温まる。エーファは少し食べただけで、残りは物欲しそうにしている若者にあげていた。

 彼女が食べる姿を見るのは初めて。森ではオリヴィアに与えるばかりで、本人が食べている姿は見ていない。ギルお爺ちゃんの店でも紅茶しか口にしていなかったし。エーファの食事の所作はとても美しかった。特に気をつけている風でもないのだが『お上品』な感じがする。それはいいのだが、食がこんなに細くて大丈夫なんだろうか?


 疑問を抱えつつも、目の前の食事と格闘する。大人用の食事は量が多かったが、久々に食べられるしっかりした食事を残すなんてもったいない!ゆっくりと時間をかけてどうにか完食した。隣のエーファは、追加で頼んだワインをちびちびと飲みながらオリヴィアが食べ終わるまで気長に待ってくれた。


 お腹がパンパンになったので、少し休憩してからお風呂。一緒に脱衣所に入ると、エーファは躊躇いもなく服を脱ぎ去る。現われた『女神様』のような姿に、オリヴィアは思わず目を逸らして俯く。豊穣や母性を表す為か、豊満に描かれる女神様。そんな女神様よりも全体的にすらりとした身体でお腹は凹んでいる。シミひとつない真っ白な素肌に銀色の髪が輝きを添えているかのよう。

 目にするのは初めてではない。少し前に裸のまま思いっきり抱きしめられていたし…。けれど、同性でも見惚れてしまう程に白くて綺麗に整っている姿が目の前に現れると、つい戸惑ってしまう。


「ヴィア?」


 少し不思議そうに声をかけるエーファ。けれど、『何でもないの…』と動かないオリヴィア。そんなオリヴィアの側に寄ると、さっと服を脱がして抱き上げ浴室の椅子に座らせる。それから恥ずかしがるのを無視して、彼女の体を洗い始めた。買ったばかりの石鹸から香る優しい花の匂いが心地良い。

 そのまま自分の汚れも落としたエーファはオリヴィアを連れて湯船に入り、彼女を膝に乗せる。初めは膝の上で緊張していたオリヴィアだが、暖かい湯船に浸かっているうちに疲れが出てきて、エーファの胸に頭を預けたままウトウトしてしまう。


 船を漕ぎ出した彼女をしっかり支えて愛おしそうにその頬を撫でる。そのまま腕の中で眠ってしまった彼女を起こさない様にそっと湯船から出ると、優しく身体を拭って服を着せた。髪に手を当てて軽く揺すると、いつの間にか水気が飛んでサラサラと肩を流れ落ちる。

 自分も同じようにしてから、ベッドへ運んで一緒に横になる。もぞもぞと動いたオリヴィアが、エーファの胸に頭を埋めてスヤスヤと寝息を立て始めると、そっと幼い身体を包むように抱きしめた。




 夜中、ふと外の物音に反応してエーファが瞳を開く。

 一瞬鋭い目つきになるが、腕の中のオリヴィアを確認すると目元を和らげる。やがて面倒そうに瞼を閉じて、そのまま眠りに落ちる——



 外ではエーファが瞳を閉じるのに合わせて男が1人倒れる。先程までナイフを手に2人が泊まる宿の様子を伺っていたその男はもう息をしていない——


 その後現れたもう1人の男は、亡骸になった男を見つけると彼を抱えて闇の中へ消えて行った。




「様子は?」

「男が1人、息はありません。争った形跡も…」

「…人間ではないのか?いや、そんなはずは…」


 場違いな身なりで宝石の換金に来た2人。彼女達が悪い輩に狙われないか心配して様子を見に行かせた結果がこれだ。男は危害を加えようと動き出した途端に、前触れもなく倒れて絶命したという。


 ギルは、得体の知れない大きな力にぶるっと身震いした。



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