08. 宝石店
「お客様、如何なされましたか?」
エーファが目を向けた老人、おろらくお店の偉い人は、丁寧な口調で話しかけて来た。エーファはバルク語が話せないし、オリヴィアは怖くて言葉が出てこない…
2人の様子を見た老人、店主のギルは『失礼します。』と断りを入れると、2人を盗人扱いした店員に事情を確認する。
「お客様がお困りのようだが何事だい?」
「いえ、それが買い取りを希望されておりまして…その、盗品を買い受けするわけには参りませんと申し上げたところなのです。」
「ふむ。君はお客様が盗品をお持ちになったというのかな?」
「え、いえ。その…」
「ご不快な思いをさせてしまい誠に申し訳ございません。もう一度、ご要望を詳しくお伺いできますでしょうか?」
『こちらへどうぞ。』と奥の部屋に通される。『最近頂いた美味しい紅茶がありますから1杯どうですかな?』と言って、ギルが従業員にお茶を頼む。
運ばれて来た紅茶は綺麗な琥珀色で、魔の森の南側の国で作られた物らしい。紅茶を飲んだ事がないと伝えると、飲みやすい様に蜂蜜とミルクを垂らしてくれた。
高価そうな食器にビクビクしていると、隣でエーファが先に口を付ける。アンティークのソファに腰掛けた彼女の背筋はすっと伸びていて、高価なカップを傾ける姿はどこかの『貴族』か『姫君』にしか見えない。
(これで着ている服がボロボロじゃなければ完璧なのになー。)
彼女に釣られて紅茶を飲む。上品な香りにミルクと蜂蜜の優しい甘さが混じって、とても美味しかった。『口に合いましたかな?』と満足そうに頷いたギルにお礼を言って、先程の続きをする。
「あの、この宝石です。これは盗んだものじゃないんです。エーファの物です。彼女とはこの街に来る前に出会ったんですが、途中で柄の悪い男の人たちに襲われました。逃げている間に荷物はほとんど無くしてしまって、お金が必要なんです。」
「ふむ、成る程。そちらのご令嬢も宝石を売ることに賛成している、ということで良いですかな?」
エーファが首を縦に振る。
「失礼ですが、声を出すのに問題が?何か書くものをお持ち致しましょうか?」
「あ、いえ。エーファは違う国の言葉を話すみたいなんです。出会った時に話かけられたけど、さっぱりわかりませんでした。名前もわからなかったから、勝手に『エヴァンジェリン』っていう名付けたんです。だから文字も書けないと思います。」
『合ってる?』と確認を取ると、彼女は同意する様に頷く。他国との交流があるギルならば知っているかも…と思って、エーファに話してみてもらったが、ギルも知らない言語だという。
「でも、言葉の意味は大体わかっているみたいで返事をしてくれるんですよ。宝石をお金に換えるようにと言ったのもエーファなんです。」
「お話はわかりました。その宝石はぜひ当店で買取させてください。」
犯罪者扱いされなくて良かったと、安心する。
「それと、疑っているわけではなく、個人的な興味なのですが…。先程エヴァンジェリン様から『換金するように言われた』とおっしゃいましたが、どのように意思疎通を?」
「エーファ。お店の前でやったこともう一回やって?」
彼女が銅貨を宝石に替える手品を見せると、ギルは、『ほうほう!これはなんとも愉快ですな』と言って楽しそうにしていた。
「金額を査定致しますので1度お預かりできますか?それからもしこの後洋服の購入なども考えておられるなら、お待ち頂いている間に服もこちらで手配できますが…いかが致しましょうか?」
こくっとエーファが頷き、オリヴィアが平民用のものが良いと頼むと、
「お任せください。では、用意して参りますゆえこのままお寛ぎください。そうそう、そこのマフィンは最近人気のお店のものですから、是非召しあがってみてくださいな。」
ギルはお茶目にウィンクして部屋を出ていった。
「ギルさんが良い人で助かったね。」
ほっとして息をつくと、エーファが頭を撫でてマフィンを渡してくれる。おすすめマフィンは、香ばしい硬い木の実と甘酸っぱい果実が入っていて、とても美味しかった。