3-7.「彼女はしらない」
食卓の部屋には父様を除いた全員が揃っており、入り口で朝の挨拶をした後俺とガーベラ王女は席に着く。
朝食は丸パンに薄切りステーキにスープにサラダに、紅茶と茶菓子が置かれるいつもと変わらない内容で、会話はせず食べていると、ものの20分で皆綺麗に食べ終えた。
この国の王都はパン食だ。
俺の今までの体験で米食だった事はほとんどない。土地柄的に王都の近くは小麦中心で、米が栽培できる所はほぼないので当たり前かもしれないけど。
その他の地域では、痩せた土地では芋や漬物に使われる果実。海の近くは魚が豊富で、迷宮内の魔物を食べたり、狩をしていい地域もあるとか。
「ジーク、ガーベラ様。貴方たち明日の予定は何かあるかしら?」
「いえ、予定は決まっておりません。明日の予定の前に私たちは今日の予定も決まっておりませんから」
「あら、そうなのね。なら今日と明日は私たちの部屋にいらっしゃい。成人式と結婚式の詳しい確認をしますから」
「分かりました。ガーベラ様も良いですか?」
食後。
茶菓子のクッキーを砕いて食べていたセシリア母様から、俺とガーベラ王女の今日と明日の予定が伝えられた。なんでも成人式と結婚式の確認があるんだとか。
俺はそれでいいか? と隣のガーベラ王女に確認すると、彼女は「はい」と頭を下げて答える。
結果俺とガーベラ王女の今日と明日の予定が決まり、成人式と結婚式の確認作業をする事になった。
「今日二人には一緒に確認して貰う事がありますから、今から二人一緒に私たちの部屋に来るようにね」
「分かりました」
そう話したセシリア母様は、自身のメイドであるミアさんに指示を出して部屋を出る。
俺及びガーベラ王女はセシリア母様の部屋について部屋に向かい、他の3人は自室へ戻っていった。
◇
「入って頂戴。2人とも」
セシリア母様の部屋の前。
メイドのミアが扉を開け、自室の部屋に戻って来た母様から部屋に入るように言われ部屋に入った。
母様の肩書きはジークハイル神仰国の王リート・モルガンの第一王妃のセシリア・モルガン
部屋の内装はその肩書きに相応しい様相であり、日用品の家具から壁一面までの彫刻やらが素晴らしくて俺は「落ち着かない」からと嫌ったが高級感が素晴らしい。
部屋に入った俺たちはそのまま流れるように、テーブルを挟んで対面するソファーに促され、座る。
「母様の部屋に入るのは久し振りですね。私も改めて感動しました」
「そうね、ジークが私の部屋にやって来た最後はかなり昔だったものね。実は今のこの部屋はその頃とは確かに違うのよ?」
俺がこの部屋にやって来たのは確か5.6歳の頃。お茶を楽しんだ気がするけど、記憶は曖昧だ。
親子の懐かしい話の掴みはそこそこに、ミアに指示した母様は資料の束を用意させ、そこの表紙を指して話し始めた。
「貴方たち2人はもうすぐ結婚しますけど、その前に成人を迎える貴方たちは王家の者として成人式を行います」
何枚か資料をめくってその歴史や今代の例を挙げ、他に当日の予定なども教えてくれたり。
「王家の成人式は神が関わる大切な祭事です。王家の神殿にて、成人まで守ってくれたジークハイル神とその加護への感謝を行います」
「……ジークハイル神の加護は初めて聞きました。加護は私にも与えられていたのですか?」
「王家の者であれば誰もが持っていますし、国民は皆神から加護を受けていますよ。貴方も神に祈るために神殿によく向かっているでしょう?」
「私はそこまで敬虔深くありませんよ」
成人式は王家の神殿にて行われる。
そして魔法や魔術系の能力なのかと考えた『ジークハイル神からの加護』だが、魔法や神からの特殊効果というより『信じる者は救われる』系の宗教らしい考えなのだろう。
そんなニュアンスだった。
確かにたまに神殿で願ったりしているのは事実だが、本当に信仰している人からしたらファッション程度だろうし、
俺の願いは博愛主義なものではなくて『この世界に転生させてくれてありがとう』と素朴ものだ。
「いいかしら……ジークは聴いている?」
「あ、すみませんもう一度お願いします」
俺の転生は特殊な案件だと自覚しているけど、だからこそたまに礼を言いたくなる時がある。そんな時はたまにある。
異世界転生への感謝を思い返していて、母様の話を聞いていないのは自分でもどうかと思うが、俺。
「2年前のハルトの成人式の話よ。モナークは第一王子ですけれど、貴方とハルトは違いますから内容は似ているの。その1年前のアシュレイの成人式とも似ているわ。
貴方はハルトやアシュレイと同じく自分の新しい家名を決めなさい。陛下からも決めるよう言われているから」
「私の家名を私が決める。……それを陛下が仰ったのですか」
諸事情で3年間ぐっすり眠っていた俺は、2年前のハルト兄様の成人式もその1年前のアシュレイ姉様も成人式なんて知らない。
同じ王子でも、第一王子のモナーク兄様とそれ以降もハルト兄様や俺とでは、成人式の内容がそもそも異なると母様からの言葉。
まあ普通に考えて、王位継承権第一位とそれ以下の二位と三位では変化があって当たり前だよね。と思うし。
そして俺は家名なんて考えた事がない。
過去の歴史では、王子が家の当主になる場合は名前に新しい家名をくっつけていた。だがそれは父である王が勝手に決めてくれるもんだと思っていたが。
「自分で家名を決めるのは王家の風習よ。新たな諸侯の一人として、次代の王になる兄を支えるように。とも言っていたわ」
「そのつもりです」
「嬉しいわね。……話を戻しますけど、式はまず『父の庇護から離れ王の庇護を受ける』事の確認から始まりますから、貴方はその際に新しい家名を名乗りなさい。その後、貴方と陛下が完了をジークハイル神に報告し完了です」
「……成る程、分かりました。ですが思っていたよりも式は早く終わりそうです。私は半日はかかると思っていましたが、どのくらいかかりましたか?」
「ジークハイル神への報告少し時間がかかりましたけど、モナークの時もハルトの時もアシュレイの時もすぐに終わりましたね」
最初の話題である成人式は、結構アッサリしているようだ。
概要を知らなかった以前のイメージだと、国民の前で成人を発表するまでが成人式と思っていたが違った。
『ガーベラ王女は理解出来たかな?』と隣の婚約者に目を向けてみると、左手を自身の顔に当て、何かを考えている風だった。
「ガーベラ様、どうかなさいましたか?」
「少し、些細な事ですが。ジークエンス様はアシュレイ様方の成人式に出席されていないのですか? 私の国とは違うと思いましたので」
「兄様と姉様の成人式はそれぞれ2.3.4年前ですから」
「それはどういう……」
その時期は俺が眠り続けていた時期だ。
動けないの前に意識がないので、当然だが参加していない。
ガーベラ王女は、その返答にただただ疑問符がついた様子。
まさか、俺が3年間眠り続けていた事を知らないのか!?
「ガーベラ様は、私が1年前に何をしていたかご存知ですか?」
「すみません……私はいつも城の中におりましたし、数年前まではジークエンス様の話は聞いておりましたが、この3年程は……」
マジか。
俺は彼女の話すらも聴いていないけど、許嫁が3年間起きるかどうかも分からなかったと知らなかったのか。
彼女の今後に関わる出来事だったというのに、勿論俺が言えた事ではないけど。
「そう、ですか……。母様、伝えてもよろしいのですか?」
「勿論良いわよ。私はもう伝えている思っていましたけどね」
「私は、先に伝えられていると思っていましたよ……」
彼女はそれを知った上で話していると思っていたが、そんな情報知らないらしい。
自分の発言で話が回って驚いているガーベラ王女。俺は彼女に、何故か伝わっていなかった話を伝える。
「ガーベラ様、この後私の部屋で私の3年間を話します。聞いて頂けますか?」
「はい、勿論です。ジークエンス様の大事な話と分かりましたから」
「ありがとうございます」
この後3年間を婚約者に伝える。そして頷いてくれたガーベラ王女に感謝する。
流石に、母様の部屋でこんな話をする訳にはいかないので場所を変えるが、今は母様から話を聞いている途中。
母様からの説明の後、部屋に戻って話そう。
「話は纏まりましたね。ではまず、成人式で着る服を選んで頂戴。服は隣の部屋にありますからね」
「……綺麗」
話し始めた母様が指をさす。
指したそれはミアが持つ漆黒のロングドレス。ガーベラ王女が唸るのも分かるくらいに綺麗なドレスだ。
目を輝かせるガーベラ王女だが、ハッと何かに気付き目を伏せる。俺に気を遣っているのかな?
「母様、時間をかけて選んでも宜しいでしょうか?」
「構いませんよ。貴方の服と合わせて隣の部屋に沢山ありますからね」
「母様の許可も頂けました。私も着飾るのは好きですが、それよりもドレスより美しい、貴方のドレス姿を見てみたい。私の話はまた明日にして、今日は服を選びましょう」
「ありがとうございます……では、そうしましょうジークエンス様」
頬を赤らめて返事をしたガーベラ王女。
彼女のドレスは基本赤色だが、それ以外にも興味はあるらしい。
着飾るのが好きなのは嘘。だが他のドレス姿を見てみたいのは本心。
俺は今日のこれからの予定を変更してドレス選びにする。俺はあまり着飾った経験ないし、楽しもうかな。
考え直せば、まだ一週間程結婚するまで時間がある。
俺の身の上話はそれまですれば良いとして、夜にでも話を纏めておくか。