3-4.「自覚」
ガーベラ王女を眠るよう促し、屋内浴場のある1階に向かう。
連れて来たのはメイドのローザ。他は部屋に置いて来た。
ガーベラ王女の容体は、自己申告した足も含めて身体的な異常は疲労以外にはなく健康。それが分かれば一人で風呂に入れるというものだ。
俺は1階にある浴場のあるフロアの正面。王族専用のバスルームの扉の前で、ローザに服を脱がさせる。
「お手を取り下さい、殿下」
俺の服を脱がしたローザは、フワフワしているメイド服を脱ぎ、その下に着ている黒い薄手の作業服になって俺に手を出した。
俺はその手を取り浴室に入る。
コレがいつものスタイルだ。
ちなみに、自分の嫁やメイド半下着姿を他の男に見させたくなかったから、ここの警備を減らし女性にすることを取り決めた過去があるらしい。
◇
浴室内は湯気が立っていて見えないが、この風呂は部屋2つ分。前世感覚で言えば30人が入りそうな学校の教室5.6個分くらい。
風呂にはメイドと二人で入るのが基本なので正直、持て余すくらいに広い。
既に風呂には湯が張られており、王城の2部屋程ある広い浴室が湯気で見えなくなっている。
「準備が良いな、これはローザが? それにしては早すぎる気もするが」
俺の行動を先読みし行動したであろうローザに感心しながら俺は3本あるシャワー台の中で一番近くの前に座り、ローザが素手で肌を洗う。
「イルシックス王国にも入浴の文化はあると聞いたが、どういうものだろうな」
「さて、ガーベラ王女殿下にお聞きになるのが宜しいのではないでしょうか」
「いや、私は無知だと思っただけだ」
周辺国の文化の一つを知らない、この国にはそういう"どうでもいい情報が"残されていないんだなって。
「入って来たのはジークですか?」
「……アシュレイ姉様が居るのですか!? 姿は見えませんが、遠くから声が聞こえます」
少し遠くから、アシュレイ姉様の声が聞こえた。
姉様は元々中に居たのだろう。俺のローザとの会話か下らない独り言が耳に入り、誰かが浴室に入って来たと分かったのだろう。
同じタイミングで風呂に入ることを狙った訳ではなく偶然だ。その言い訳にここまで警備していた誰もが忠告を入れなかったし。
『外には誰もいませんでしたよ姉様!』だよ。
「申し訳ありません姉様、すぐに出ます」
「気にしておりませんよ。ここから私も貴方とローザの姿は見えず、声しか聞こえないですから」
俺は出ると言ったが姉様の言葉がもっともだった。そんな訳で身体を洗い終わるまではいる事にする。
「……分かりました。身体を洗ってから出ます」
「折角なら入りなさい。私は新しい魔法を失敗してしまって、こう身体中灰だらけになったのだけどね」
「姉様でもそんな事があるのですね」
兄弟の中で一番魔法分野に長けているアシュレイ姉様が、失敗して灰だらけになる事があるんだな。意外だ。
そう驚いていると、奥からジューと何かが燃える音と湯気の追加がやって来た。
恐らく姉様は、熱湯が入っている風呂にに水魔術で水を出し更に湯気を立てたのだろう。
湯気の壁、湯気バリアだな。
「ジークは、ガーベラ様が自分の事を好きなのか心配のようだけど大丈夫よ」
「そうなのですか? いや、私はそんな事を考えていたのですね」
「神通力の他心通の魔法を使った結果よ。貴方には私の魔法使用に対する驚きや、素直ではない本心もありますけどね。
ガーベラ様は結婚を受け入れていますよ」
アシュレイ姉様は『神通力の他心通』で心の中を読むことが出来るのだ。
その姉様から『ガーベラ王女は俺との結婚を受け入れている』という、情報のプレゼント。
婚約者の心の中を勝手に知った事には気が引けたけど、今までの彼女の言動は本心で、イヤイヤ結婚しようとしてる訳ではないようで嬉しい。
「もう貴方も、父親になるのね。モナークお兄様やハルトの時もだったけど、寂しいわね」
「成人して私は大人になるのですね。分かっていた事ですが15歳で結婚して世継ぎを産ませ、数十万人の上に立つ施政者となる。か。
領主として民の生活を預かり、ガーベラ王女と子供の人生を預かる。出来ないことはないだろうが、私には経験が足りないな」
「殿下……」
父の敷いた人生はかなり大変だ。
最初は領主として力が伴わずに補佐のエンボォーク伯に頼りきりになるだろうが、
ガーベラの夫、我が子の父としては頼りになる存在でありたいな。
ローザはシャワーで俺の身体を洗い流し、俺の「風呂には入らない」の言葉を聞いてからタオルで身体を拭き始める。
この世界で化学繊維を使った製品はないので動物の毛で作られている筈だ。その柔らかな新品タオルで優しく水分を拭き取っていく。
「では姉様、私は先に出ますので」
「そうなの? 広いのだし貴方も入ったらいいのに」
「いえ。それはまた、ガーベラ様との結婚が落ち着いた後に機会があればお願いします」
俺は結婚を控えた身。
血の繋がった姉と同じ湯に入っていたなんて起こってもバレてもいけないのだ。
◇
風呂から上がった後、新しい服(種類とデザインは同じ)に着替えた俺は婚約者の眠っている部屋に戻った。
俺の短髪ではなく前世ならドライヤーとくしが必要な長さがある。
だがここは異世界。魔法がある。
彼女はいつも水分を抜く魔術を使って髪を乾かし、その後にくしで整えたのだ。
「ガーベラ様は眠っていますね。いや、起こさなくていい! 彼女が起きるまで寝かせてあげろ」
俺が部屋に戻り、それに気づいたガーベラ王女のメイドが彼女を起こそうと手を伸ばしていたので止めた。
文化の違いなのかな? こんな事で、俺は不敬とか無礼だとか思ったりはしないし。
眠る彼女から見て、ベッドの左側には彼女に仕える使用人達3人が椅子に座っている。
俺は彼女から見てベッドの右側に椅子を用意し、アテン ザ ミステルの情報を纏めて紐で留めた資料集を手に取り、用意した椅子に座る。
俺は二人の兄とは違い、つい先日まで意識がなかった時間も経験も足りないので不安もある。
だがベッドで眠っている婚約者を見ると、『頑張らないといけない』と感じさせてくれる。
でもコレ、絶対15歳の子供が負うプレッシャーじゃないよな。
◇
ガーベラ王女が起きたのはその4時間後。
時刻は昼を回った辺りであり、眠気覚ましに入浴を勧めておいた。
ガーベラ王女、彼女のメイド、彼女の騎士というスーツの女についでに婆やもつけて送った。
資料集の他に歴史書や統治学書を読みながら待っていると、彼女たちはたったの一時間後には戻ってきた。
「かなり早かったですね。どうかされたのですか?」
「そうではありません。ただ、まだこの城に慣れていないだけです」
「そうですか。……席は私の隣でも正面でも、どちらでも構いませんよ」
彼女にとっては慣れない場所だから、完全にはリラックス出来ないのだろう。
でも後十日程は過ごす城なので、その間に少しでも慣れてくれたら嬉しいかな。
そう立ちっぱなしで教えてくれた彼女を席に誘導し、話の話題として結婚後住む領地であるアテン ザ ミステルの簡単な紹介をした。
この話には彼女も興味があったようで、紅茶と茶菓子を用意させ、俺は話していた。
◇
聞き上手な彼女に話し続けて2時間。機密情報などを伏せながらだと、もうそろそろネタが尽きてしまった。
ここは別の事に彼女を誘う事にしよう。
「ガーベラ様、少し気分を変えてこの城を見て回りませんか? 私ももうほとんど話し終えてしまいましたし」
「分かりました。私も座りすぎて、体が少し痛かったですから」
俺も座り直したりしてたけどお尻が痛い。
俺は先に立ち上がり、ガーベラ王女に手を差し出す。
おずおずと手を取り立ち上がる彼女を立ち上がらせ、身体を動かす為に部屋を出る。
「えっ、あのジークエンス様」
「どうなさいました?」
「……いえ、まずはどこへ向かうのでしょうか? 私もここからの道のりを知りたいですので」
「普段私がよく居る場所です。あの方達は、私が普段何処にいるのかを知っていてほしいですから」
もしガーベラ王女が俺を探すように彼女の使用人に言っても、俺が普段何処にいるか知らないと探す効率が悪くなる。
初日はあと王城に慣れる事と、私が普段居る場所の紹介だけ済ませれば良いだろう。




