2-29.「帰城」
「剣士の御方、助けていただきありがとうございました」
馬車の中から3人降りてきた。
恐らく俺にお礼の言葉を伝えた老人が『じぃ』だ。
その後、続いて感謝の言葉を言った俺と同い年くらいの女性。4人の中で唯一武装している黙ったままの女騎士。
この国では全体の一割もいない女騎士。
彼女の格好は旅服だろう。だからか見たことがないデザインだ。
もう一人の女性は、倒れている御者の元に走る。
「助けていただきありがとう。だがいや、相当な強者のようだ」
女騎士が口を開く。
そして『殿下』に俺から距離をとらせて、警戒はしているようだ。
「その必要はないぞ、騎士。私が君達に要求する事はない」
「そうですか? では名前を伺ってもよろしいか?」
名前も分からない人の言葉は信用ならないか。ただ命の恩人の名前を知りたいだけかもしれないが。
だが、名前を教えたら俺が王子だってバレてしまうかもしれない。大国の王子が、夜に城下でフラフラ出歩いてるなんて知られてはいけない。
王族の剣である白羽の剣も只今無いので、俺が誰だかは分からないはずだ。
「それは言えない。だがそもそも何故夜に馬車を使ってるんだ? 危ないだろうに」
「勿論、それは言えない」
「別にいいが、次回からは護衛の数を増やすでもしておかないと危険だぞ」
『じぃ』も女騎士もそれは分かっている様子。
『殿下』と呼ばれる程の人を連れてるなら、野外外出は止めるべきだ。
そして『殿下』って、また庶子だろうか? 昨日の夜の情報で小国群の王族以外だと、王の庶子しか居ないんだよね。
更に彼女は俺と同い年くらい。父も手を伸ばし過ぎだろう。
「フルマルン?」
「いいえ、警戒は解きませんよ」
「そう?」
俺を警戒するくらいなら他を警戒して欲しいものだ。
しかし、さて俺には早く帰りたい理由があるしさっさと帰ろう。
襲撃時に回らなかった車輪の後輪を蹴り、動いたのを確かめて城に向かって走る。
ふと後ろを振り返ると、御者は一人で立ち上がり馬を落ち着かせていた。
他は馬車に乗り込んでいるし、もう心配は必要なさそうだ。
◇
「お帰りなさいませ、殿下」
「御苦労」
城の門前に立つ兵士に軽く挨拶。
ここには二人だけだが王城警護の人数はもっと多い。その配置は機密性が高いらしく、俺でも知らない。
興味もないし調べる気もないけど。
俺は城門を通り城に続く道を歩く。そして城の正面の扉が開かれる。
「只今戻りましたお母様、お姉様も」
「お帰りなさい。」
「お帰りなさいジーク、城の外は楽しかったかしら?」
王城のエントランスホールにはセシリア母とステイシア母、アシュレイ姉、ローザ達沢山の使用人が集まっていた。
セシリア母とアシュレイ姉の言葉的に、ジークエンスは城の外が楽しくて、護衛も付けずに遊びに行った。という認識なんだろう。
そんなニュアンスだった。
本当の事情を知っているのは、俺のメイドと執事と騎士候補だけなのか。
「楽しかったですよ」
元奴隷とか義理の親と弟妹とか、推定庶子の可愛い女の子とか。
普通の王都民ではないけれど、彼らとの触れ合いで目的だったチェリン救出でのモヤモヤ感が晴れた。
白羽の剣を回収して七人分の仕事を探して、四回払いで血を郵送しないといけなくなったけど、これはこれで退屈しなさそうではある。
「リズがおりませんが、まだ眠っているのですか?」
「ええ、楽しんで疲れてしまったのね」
「それならよかったです」
ステイシア母によると、リズはあれから眠ったままらしい。
「実はリズが行方不明になったんだ!」となっていないようで良かった良かった。
そして皆はそれぞれが部屋へと戻る。
俺はエントランスホールに居た宰相のヴァン・レッサー・アルレイド殿に悪魔の撤退とまだ戦闘が続いている事を伝えた。
他にも襲撃したのが悪魔ダエーワで、まだ生きている事。薄型爆弾の脅威とかも細かに伝えないといけないと思ったが、アルレイド殿によれば後日書面で提出して欲しいとのことだ。
「殿下、御無事でなによりです」
「皆で無事を祈っておりました」
「ご無事でよかったです」
「皆、ありがとう」
ローザ。サーシャ。メルティの言葉は三者三様。
その言葉を聞いていた。
ここまで思ってくれる人が周りにいるって、やっぱり俺は恵まれてるよな。
「ですが殿下、白羽の剣は如何なさいました?」
「白羽の剣なら私が信用出来る場所に預けている。明日メルティに取りに行って貰おう」
「分かりました。」
俺とともに歩くのは、俺が2本の剣を持って行ったと知る者達だけ。
母様達は自衛用の刀1本で外に出た思っていたから、疑問にならなかったのだろう。
そして俺は部屋に戻った。
軽く汗を拭き、寝巻きに着替えてベッドに入る。
1日2食なのに夕食を食べてないのでかなりお腹が空いているし、全力戦闘後なので汗もかいている。明日起きたらご飯を沢山食べて風呂に入ろう。
馬車に乗っていたあの女の子。あの子の容姿には既視感がある。
恐らく出逢ったのはもっと幼い頃だ、見覚えがある。でも何処で出会ったっけな。
ーーそう考えているうちに、眠りについた。
※二章完結。続きます。