2-27.「平民街の宿、そして夜は終わらない」
宿の件だが、元奴隷の彼らが宿の場所を知っているとの事なのでそれについて行く。
なんでも奴隷商の館から見える場所に、夜でも男女問わず旅人が入っていける宿泊施設があるとの事。
そして店に到着する。
その外観は簡素で木造建築の二階建て。
木の板張りの壁には大きな汚れはなく、地面より数段高い所に入り口があり、横向木に何の店かを示す看板もかかっていた。
そして俺たちは中に入る。
中は、もう夜も遅いからか静かに挨拶する店員が1人カウンターテーブルの後ろにいるだけ。
奥のエントランスホールには誰もいない。
「1泊だ。部屋は幾つ空いている?」
「はい、現在は3部屋の空きがございます。ですが当店は1部屋に1つのベッドしか……」
応対する男性店員が、俺たちを見渡して言う。
元奴隷の7人と俺とチェリン。
元奴隷の彼らはそれなりに汚い服を着ているので、それを連れている俺が、何者なのか気になるのだろう。
「なら3部屋用意してくれ。それと支払いは出る時でいいのか?」
「宜しいですよ」
「後は、宿泊客限定の朝食か。これも7つ用意してくれ」
「承りました」
「それと人数分の水と石鹸もだ」
カウンターテーブルの紙に指を突き、彼らの朝食も注文する。
その紙には宿のサービスの紹介が書かれてあり、朝夜のご飯とか、体を洗う為の水と石鹸の貸し出しなどがあった。
俺が接客を受ける前に金髪の女の子がチェリンを持つって言って来たが、拒否した。
誘拐の可能性を疑ったんじゃなくて、単に彼女らの服装は汚くて、チェリンと服が汚れてしまうから。
さっさと綺麗になって貰おう。
結果、一泊一部屋で銀貨1枚。
朝食が七人分で銅貨14枚。
水と石鹸の貸し出しが七人分で銅貨7枚。となった。
「もうすぐ王都でオークションが始まりますので、いつもより高くなっております」
「ああ、払えない訳ではない」
他の追加サービスも読んでいたら、店員にそう言われた。
宿一泊で銀貨1枚が高いか安いか分からないが、王都のオークションが近付いた今ならそれくらいが適正料金なのかもしれない。
けど俺の感覚的には凄く少ない。
そう言えば昨日金貨百枚を要求されたけど、外泊がここまで金がかからないなら、金貨百枚って結構高額なんじゃないか?
「明日遣いの者に宿代を支払わせる。
一緒に仕事の紹介と、必要ならそこまでの旅費も出す。部屋は男が2部屋女は1部屋だ。2人3人で一緒にベッドを使え。そして今日はしっかりと眠れ」
「「ありがとうございます!」」
借りた三部屋なら男2人ずつ女3人になる。それなら一つのベッドでも一緒に眠れるはずだ。
帰り道に寄り道をしてしまったが、平民の金銭感覚を知れてよかった。
ちなみに貨幣には種類があり、
金貨。聖銀貨。銀貨。銅貨。銭貨の順に高く、
金貨1枚=聖銀価5枚=銀貨25枚=銅貨100枚=銭貨500枚となっている。
「あ、あの!」
「ん、まだ何かあるのか?」
「私だけです。私だけですから、私を奴隷にして下さい」
金髪の女の子は、俺の目を見つめて懇願する。
この彼女の行動に仲間の他6人は驚いているところから、彼女だけの考えなんだろう。
「何故だ? 理由を話せ」
「私が、あなたの奴隷になりたいからです」
「……」
他6人の仲間と一緒に奴隷商人から逃げて来たはずの、奴隷志願者の女の子。
俺を信じられないからそう言うのか、もしくは本心か。
「明日までその心が変わらないなら、私の奴隷にしよう。それまでよく考えておけ」
「はい!」
一晩眠ったら思い返すかもしれないし。
明日彼女が懇願して来たらその時は、彼女を奴隷として迎えてあげよう。
でも奴隷って待遇とか、どう扱えばいいのかよく分からないなぁ。
今の会話は宿の店番にも聞かれただろうが、面倒な客として追い返されずに済んだようだ。
元奴隷の彼らに手を振り、俺たちは宿を出て行った。
◇
一足王城を出ると毎回色々な人に出逢うが、本来の目的は拉致された妹のチェリンを救出する事だ。
という事で俺は、チェリンの家を目指す。
「今日はチェリンを捜索する者はいないのか。まだ攫われた事に気付いていないのか?」
昨日の夜は探している人も居たけど、今日は彼女の家が近くなっても、人探しをする人はいない。
俺はチェリンを片手で支え、ドアに触れる部分が平面のドアノッカーを使い音を鳴らす。
「誰だ!」
内開きの扉を開けたのは、俺の義理の弟のマグヌス。
中には剣を下げた兵士1人とクラウディア母もいる。
「うるさいぞマグヌス。今が何時だと思っている」
「で、ジークエンス殿下と、チェリン!!」
「敬称を付けるな」
ほんの数十分前に、そんなに大きな声を出したら起きてしまうだろう。
起きなかったけども。
しかし、彼とクラウディア母が玄関の近くに集まっているって事は、今チェリン誘拐に気付いたのかな?
「中に入れろ、軽く話す」
「は、はい」
そう言って中に入る。
マグヌスに扉を閉めさせ、母は兵士を後ろに下げさせた。
中に招待されるがすぐ帰るので玄関で良いだろうとも思ったが、「どうしても」と懇願されたので応接間に進む。
◇
「ある悪魔に人質にされていたのを、私が救出した。チェリンは私をおびき出す為に使われた。申し訳ない」
「か、顔を上げて下さい」
「そうですよ殿下!」
玄関では、コレを言って頭下げて帰ろう。詳細な情報は手紙で伝えようと思ってた。
2人は『悪魔』って単語に驚いてる様子だったが、俺が頭を下げたらそっちに注意が移ってた。
2人共ワナワナと。加えて椅子から半分立ち上がっていた。
「クラウディア母様、貴方には普通に接して貰いたいです。そしてマグヌスは私を『殿下』と呼ぶな」
「なっ……」
「どうして……」
今この部屋には、さっきの兵士も紅茶とお茶菓子のクッキーを出したメイドもいない。
「詳しくは知りませんが、父であるリート・モルガンに聞きました。話は聞きませんから、誰も居ない時はこう呼ばせて下さい」
「……分かったわ」
クラウディア母に向かって喋り、それに承諾してくれた。
母が了解してくれて嬉しい。
俺を産んだのはセシリア母様。
そしてセシリア母様は、リズの生みの親のステイシア母様と仲が良い。
その2人の母様は、どちらの子どもでも我が子として愛してくれた。
だからだろうか、義理の母であるクラウディア母様に他人として扱われるのが嫌だ。
異母兄弟である、マグヌスとチェリンに兄として見られないのが嫌だ。
と、城にいるだろう母様の事を思い浮かべながら紅茶を飲む。
俺はずっと城に居たしな、マザコン気質でもしょうがない。
それに中々美味しい紅茶だ。
いつも朝食で飲む物に負けていないぞ。