1-45.「洛陽(4)」
敵を壁に叩きつけた。
吹っ飛ばしたのではなく、回避不可となった氷結魔法で作った氷の壁をぶつけたといった感じ。
その壁は、城の正面入り口というだけあって、華美で絢爛豪華だあるが、王女や王妃の死と比べられるものではない。
大罪人との戦闘で壊すのは業腹だが、逃すなんてあり得ないからな。
俺のすぐ後ろでは、アシュレイ姉がセシリア母の背中に刺さったナイフを抜いて回復魔術をかけていた。
ナイフを抜く理由は、ナイフが突き刺さったまま回復してしまうからだ。
その後ろには、やっと足を踏み出せた俺の専属メイドのローザがいた。
彼女は、姉様と一緒に居てくれてよかった。
1人よりもよっぽど安全だからね。
「ジーク、お母様の傷が閉じないの! 血が止まらない。どうしたら……」
「魔法が無理なら、そのナイフが特殊なのかもしれない! 水を生成して、それを押し付けて、無理矢理にでも血を止めて下さい!」
姉様なら、流れ出る血よりも強い力で押さえつけれるはずだ。
それでも血が出る理由が解決した訳じゃない。
ただ押さえつけているだけだから時間稼ぎにしかならないんだ。
だが俺は目の前の敵に集中したい。
「対応は有効だ。が、他人が起きて来た。時間は迫っているか」
「貴様、オリンポス公爵?」
「違うわ! 中身は悪魔。公爵の体を乗っ取ったの!」
敵の見た目の疑問に姉が答えてくれる。
オリンポス公爵がこんな馬鹿な事をするやつでなくて良かったが、悪魔。悪魔かあ……。
悪魔は、この世界の伝承及び創作物語において悪者。敵としてよく書かれている存在だ。
『悪魔』は魔物や魔人などと一括りにされるが、『悪魔』は魔物や魔人ではない。
その起源も悪であり、純正の悪の存在。
それが本にある基本的な悪魔の情報。
だがそんなのは、相対して戦うと決まったなら使えない情報だ。
有り難いが、正直どうでもいい。
思考を回す俺をよそに、アシュレイ姉を睥睨した悪魔は、視線を落とした。
黒い塊を見た。
それは、俺とアシュレイ姉達の間に置きっ放しだ。
それは直後に生き物のように蠢くとーー
「させねえッ!」
黒い塊の周りの空気を氷結させて壁を作り、そのまま塊を浮かせて、悪魔に向けて平面移動させる。
アレは、蠢いた後に負傷した母や、近くのアシュレイ姉とローザを攻撃する。
その考えは当たっていたようで、敵の攻撃の阻止に成功した。
そのまま床を滑る氷の箱は、中身の黒い塊が出した黒い棘が床に突き刺さり、止まる。
更に、全方位に飛び出した棘が氷の箱を砕く。
この一連の流れ全てを見ていた悪魔は、黒い塊を傍らに寄せて口を開く。
「ダークマターと呼ぶといい。そういう物らしいが?」
「聞いていない。が、そうしようか?」
語尾の「が?」にムカついたので、顔をしかめつつ「そうしようか?」と返した。
あまり顔の表情を変えて、将来シワが寄るのも癪なので直後、軽く口角を上げておく。
「ダークマターに魔法が効かないのは知ったろう? 君の氷も同じ。床のコレを私の体に纏わせてみたら、腰の刀も魔法も無意味になる」
俺に、自分の能力が知れている確認を取り、それでもなお強い魔法が効かないダークマターを、薄く伸ばして体に纏わせていった。
服の上からの絶対魔法防御となり、顔までも包み込んだソレは、全身に細く細かい模様が入る。
まるで一つの人間のように。
黒い肌という、生まれてから一度も見たことがないその姿に驚いている。
そして後ろから、オリンポス公爵の体が倒れ出てくる。
「その手に凶器がないなら無意味だから引いておけ。邪魔になる気しかしない」
オリンポス公爵の安全は後回しの予定だが、他国の重役だしやはり助けた方がいいだろうか。
オリンポス公爵が吐き出されるように出て来たのに、悪魔の大きさは変わらない。
ダークマターが増えたのか、それとも中身がスカスカなのか。
歩き出し、右手にダークマターと同じ色の、恐らくダークマターの剣を作り、握る。
行動はほぼ無音だ。
軽ければそれだけ音は小さくなる。
中身スカスカ人型なのかな?
近づいてくるので、俺も対応する。
水魔法から氷結魔法の発動。
背中の首の下に氷の腕を作り出し、腰の氷の刀を投げる。
体勢を崩さずに、大きな動作で投げた氷の刀は、ダークマターの体にすっぽりと入り、吸収された。
ならばと、再度水魔法からの氷結魔法。
氷の腕を伸ばす。
このホールの壁から壁まで届く以上の長さだ。
氷の腕は壁にある飾りの、騎士の鎧のまで手を伸ばし、金属製の剣を掴んで俺の右手に握らせる。
先は魔法の手で投げた剣だが、今回は生身の手で投げた。
悪魔ダエーワは、右手に作り出した剣で迎撃。
その剣には金属の刃が付いていた。
「予想通りだ。ダークマター、それにただの剣を防御する機能はない!」
「その通り。正解だ」
答えてくれなくても、信じて剣撃を入れにいくつもりだったが、答えを聞いて少し安心。
嘘ではない。アレは、嘘はつかない悪魔だと思っている。
なんならホールの奥。俺が来た道で寝ていた騎士から剥ぎ取ってきたらよかったな。
「だが、この部屋の剣では強度不足だがな」
「フッ。王家の者の傍らには、いつも剣がある。 姉様もお願いしますッ!」
「えぇ。分かったわ!」
悪魔の発言を無視して、姉様と話を進める。
そして、俺とアシュレイ姉は叫んぶ。
「「来い! 白羽の剣ッ!!」」
俺とダエーワの間を斜めに横切り、壁を砕いて2本の剣が床に突き刺さる。
1本は俺の剣。白く輝く両刃の長剣だ。
もう1本はアシュレイ姉の剣。綺麗で赤みのかかった両刃の長剣だ。
床に刺さったに2本の剣を手に取る。
右手に薄く綺麗な、姉様の赤みの剣。
左手には、自らの白く輝く王子の剣。
「今すぐにでも用意できる剣がある。コレで随分と勝ちやすくなった」
2つの剣を握り、そう言った。