1-43.「洛陽(2)」
身じろぎをすれば、硬い感触がある。
目を開いて周りを確認してみれば、俺は眠ってしまっており、絨毯の上で寝返りを打ちぶつけた様だった。
俺はさっきまで、確かアシュレイ姉の新魔術開発の手伝いをしていた。
周りをみれば、結界内には俺と妹のリズしかおらずアシュレイ姉の姿は見えない。
俺とリズはうつ伏せでタオルケットか何かをかけられているのを見ると、姉がやってくれたのだろう。
だが、平和そうなのは結界内の2人だけで、外にいるメイド達は全員眠っている。
メイドも執事も騎士も、全員が眠っているなんてあり得ない。
もしそれがあったとしても、俺たちの部屋の扉を守護する兵士までもが眠っているのは異常だ。
夜の守護の為の兵士だ。眠くないはずだし、そうじゃなくてはいけないのに。
それだけではない、人が足りないのだ。
まず、アシュレイ姉はどこだ?
姉と妹の使用人は、全員がここで眠っている。
俺の使用人達は、婆やとサーシャとミゲル。そして騎士のメルティが居るが、ローザだけがいない。
アシュレイ姉と俺の使用人のローザはどこに行ったのか。
居なくなったのが女性2人だし余計なお世話な可能性もあるけど、そんな可能性を信じるよりも、
全員が、俺も眠ってしまっていた事実に対する危機感の方が圧倒的に強い。
「おいサーシャ、起きろ!」
「でん……殿下!?」
「起きたな? ならばお前は結界の中でリズを見張っていろ。分かったな?」
「ぇ……あ、はい」
不確かな雰囲気で了解したサーシャの事は今は問わない。
そして、婆やとメルティも同様に起こす。
信頼が出来るメイド達に起きてもらった。
夜中に起こしたら疲れそうだけど、勝手に寝てしまった当然の結果として再度起きて見張り役にする。
ミゲルは、男1人を同じ空間には置けないので起こしていない。
立って、佇まいを直して直して部屋から出る。
「殿下、私が付き添います」
「いえ、私が護衛に」
「お前達はリズの事を守っておけ。それにこれ以上は時間をかけれない」
静止する婆やとメルティの言葉を振り切って、部屋から出る。
最初に直接リズを守るように言われたサーシャは黙ったまま。
さして体力があるわけじゃないサーシャが一緒に付いてくれば、寝起きと体力の無さも相まって歩くだけでお荷物だろう。
◇
俺は姉が行ってそうな場所を探す。
トイレ。そして玄関ホールに続く廊下。そこにしか痕跡がない。
ローザも恐らく近くにいる。
何故ならアイツが俺を起こさない訳が無いから。アイツなら絶対にベットで寝る様に促すはずだ。
恐らく、姉様がローザを起こしてトイレに行くのを連れさせただけだろう。
玄関ホールのある階段の上。
俺は今2階の位置におり、ここに2人はいるはずだ。
そこに、金属音が鳴る。
片方は短剣などの武器で、もう片方は恐らく床。
飛び出して、少し先の。1階の玄関ホールの光景を見る。
それは少し変だ。
セシリア母様もアシュレイ姉様も、膝をついて、アシュレイ姉に限っては床に転がり金属音を鳴らしたナイフを拾い、自分の首元に当てている。
それではあなたが死んでしまう。
1歩を踏み出す。
姉の視線の先には崩れている母がいる。
ああ、分かった。姉はあの母を助けようとしていたのか。
ならば、母の後ろに立ち、姉を見下ろすあの男は、敵だ。
「貴様がぁぁあーーー!!!」
緊急時だ。
あの男を排する為に、魔法を発動。
空気を氷結させて作った、鋭い氷の塊を右手に。そして複数本を空中で生成し、俺は全てを投げつける。
男もそれに気づく。
投げながら階下に降りている俺の攻撃は全て足元にある何かに吸い寄せられる。
が、
「それだけで止まれるか!」
まだ余裕を見せる男。
アイツは俺の力を知らないらしい。
数歩の間合いなど、昼にやって見せた。アレならアシュレイ姉もやった。
姉に足りないのは、近接して斬りつける武器。
俺は再度氷結魔法で生成を開始。
今回作るのは刀。
鞘と刀身は一度の抜刀に耐えれれば及第点とする。
まだまだ攻撃は母の足元の何かに吸い寄せられており、引き寄せられる力が感じられる。
コレは初速が随分と速くなるな。
降りる階段も残り半分。
刀に手を添え、抜刀術の構え。
ある一段で体勢を大きく前に倒し、落ちる様にして、足元の何かに吸い寄せられる様に斬りつける。
急に得物を作り出し、一瞬で詰め寄られた事に驚いたのか、俺の剣は男にあたる。
「『抜刀術の三、近接一点突破 鏡ミ紅』」
昼に姉も繰り出した一刀で、男はよろめく。
反応がそれだけなんて大したものだ。
周りの冷気で刀が砕けない様に補強し、追撃を加え続ける。
「姉様は母様を避難させ、治療をお願いします!」
斬りながら、姉様に叫ぶ。
俺は斬りつけ続けるがこの男、血も吹き出さず、そして倒れない。
そのあまりに不審な動きに、水魔法を発動。それを氷結させて大質量の氷で壁まで押し当てる。
チッ、誰なんだよアイツは。




