1-40.「贈り物は新しい魔術」
椅子に座っている兄たちは帰ってくる俺たちに視線を向ける。
ハルト兄の決まり手は、左の横腹に決まった一閃だった。
だが4戦3敗だったモナーク兄は、大きな怪我をしていなければ血が滲み出してもいない。更には服に剣の切り傷なんて付いていなかった。
兄の治療は、主に受けた一撃を癒しているだけな感じだった。
「今まで気づかなかったが、少し暑いと感じていたが、よく気がついたな」
「私たちは、さっきまで本気の戦いをしていましたから。体温も高かったですし、しょうがないですよ」
「ありがとうね、ジーク」
真剣使ってるのに、本気で戦うなよ……。
やはり、今さっきまで炎上している場所で戦っていて興奮状態だった2人以外は普通に暑そうだ。
俺たちの専属メイドも、汗がにじんで流れていた。
モナーク兄の治療が終わり、「戦ってくれてありがとう」と言ってベルベット王女を連れて城の中に戻っていった。
「ジーク。少しいいかしら?」
「はい。何かありましたか、姉様」
「少し、ジークに手伝って貰いたい事があるのよ」
「分かりました」
アシュレイ姉からのお願いなので、即座に請け負ったが、一応何をするかを聞いておく。
ちなみにハルト兄は自分で設置した結界を発動させる魔道具を回収していた。強固にする為に自分たちの魔力を使ったろうからで、周りの人間だと対処出来ないからだ。
「私は何をすれば良いですか?」
「もうすぐ兄様が成人なさるので、そのお祝いの魔術を作っていたのですが、少し間に合わないようなので」
「なるほど、分かりました。それならば力になれると思います」
アシュレイ姉が、成人して違う領地へ行くモナーク兄に有用な魔術を開発して、旅立つ前に贈ろうとしていた事は知っていた。
後で教えてあげると言われていたけど、どんな魔法を創り出していたのかな?
◇
アシュレイ姉の魔法の研究の部屋にやってきた。
そして相変わらず俺の手には妹のリズがいる。姉もリズの前で言ったと言うのは、付いてきてもいいよって事なのだろう。
「私が創っていたのは、不眠を可能にする魔法よ」
「不眠ですか。確かに眠る必要がなければ、忙しくなるだろう兄様には必要ですね」
「そうなのよ。でも、身体が大きくなる子供の頃にこの魔法は使い続けてはいけないし、そして身体の疲れが出てしまっていて、まだ完成ではないの」
なるほどな。と
アシュレイ姉、俺、リズの3人は通気性を確保できた新型の結界の中で、会話が聞こえないようになっている。
姉の言葉通りだと、その2つ以外はほとんど完成しているらしいから、その2つは根本的に無理だとしてしまってもいい気がするが、おそらく納得しないのだろう。
リズも魔法は好きなのだが、まだこの段階ではない。ので分からない感情だ。
「完成したら、お父様にも配った方がよろしいかしら?」
「……眠らなくなる。ならやめた方がいいかもしれないですね」
「そう思う?」
「思います」
「なら、しばらくは渡さない事にするわ」
アシュレイ姉も俺の意見に、理由も聞かずに同意してくれた。
心を読んだように会話を端折っているのは、アシュレイ姉の魔法である『神通力の他心通』か。
いつも断りなくうってくる事はないのだが、今はすぐにでも情報が欲しいという事なのだろう。
今日はリズもいるので言葉を出して、意見を伝える。
「その2つは仕方がないのではないですか?
大人になるまで連続使用出来ないのでも、局所的にでも使えますし。
身体の疲れは、対応した魔法をまた後から創ればいいのです」
「そう……ね。いつもは創っているばかりだから、有用性なんて考えてなかったけど、考えるものではないはね」
「そうですね」
個人的には、大人になって夜寝ない体なんて嫌な方かな。
確実に便利ではあるし、使い方も教えて貰うし、有用性も考えるし、改良策も考えるけど、恐らく使う事はない。
俺の将来は恐らく、どこかの領地を当てられての生活だが、そんなものが必要になる事はないので、使わないと思うけどね。
アシュレイ姉によると、もう1方の身体以外の休め方は完成なのだそう。
有用なのは分かる魔術なので、俺もなんとかアシュレイ姉の思いっている魔術に完成させたいな。
話についていけずに、知っているだろう部屋を見渡していたリズを膝の上に置き、紙に色々と使えそうな発想や理論を書いていった。
少しわなわなと、しながらうるさかった妹の肩を左手で抱いて、説明してやる。
姉が何故子供は連続使用してはいけないと言ったのか。
何故身体の疲れが出ると言ったのかを。
発熱しているかのように熱くなる妹を、氷結魔法で冷静になるように冷やしながら教え続ける。
姉は俺たち2人を見て「ふふ」と笑いながら話を続ける。
微笑ましく映るのかな。