1-35.「モナーク対リズの試合」
俺は今『騎士の野外演習場で剣技の対決をする』と約束しているモナーク兄と戦う為、自室に戻って支度をしている。
具体的には、軽く汗を拭き取り。戦闘用の服に着替えて。剣の選別をする。
選んでいるのは『無傷剣』。生身の人間を傷つけない剣から、今日使いたい片手長剣サイズを選択する。
モナーク兄の提案で、で俺たちの真剣勝負はこれで行なわれる。
人を斬れないが他の物は斬れるという特徴を利用して魔物専用の剣として昔流行があったらしいが、不意な対人戦には弱く盗賊相手に負けて死ぬなんて事がよくあった為に、現在は実践では使われない武器だ。
剣を選び、着替えを済ませた俺は腰に剣を携えて部屋を出る。
◇
野外演習場には1番乗りで、俺たちの試合の為に整備をしている。
俺たちの試合を、試合をしていない者たちが観戦できる一角が作られており、そこに向かう。
日差しは急造した屋根と魔法で遮られており、直接光は当たらない。
用意されていた椅子に腰掛け、その場から試合のイメージを膨らませる。
向き合う2人の間合いは、恐らく長剣5本分ほど、モナーク兄に対して一気に間合いを詰めるには難しい距離。
少しでも離れていると、体内の魔力を循環、魔法を発動されてしまう。
魔法が発動する前に勝負を決めるのも1つの手だと思ったが無理かな。
そんなことを考えながら待っていると、リズ、ハルト兄、モナーク兄、外套を羽織ったアシュレイ姉と、みんな集まってきた。
俺も席から立って迎える。
モナーク兄の後ろに赤色の髪の、ドレス姿の女性もいた。
「ジークが先に来ていたか。ではジークから始めるか?」
「あ、ジーク兄さまっ! 私が先に戦ってもよろしいでしょうか?」
「私はいつでも構わないよ。兄さまはそれでいいですか?」
「構わないよ」
歳の離れた妹のリズに、優しく肯定で許可してくれたモナーク兄は早速、試合に移る。
前に、自分用の椅子にとりあえず赤髪の女性を座らせる。
んー、赤色の髪といえば許嫁のイルシックス王国の王女かな? 俺の所には許嫁のガーベラ王女は来ていないみたいだけど。
◇
勝利条件は剣を突き立てる。降参すると負けになる。詳しい決まりはない身内での条件。
対峙したモナーク兄とリズ。
お互いは、銀色に光るが人は傷つけない剣である無傷剣を構える。
リズの方が身長も体重も小さいのでそれ相応に剣も小さい。
さっきまで整備していた騎士や兵士たちは全員が傍に移動しており、1人の老いた騎士が胸を張って開始を宣言する。
2人の間合いから老騎士は離れて、2人だけの空間になる。
魔力は流し終えて、もうモナーク兄は魔法を発動しているだろう。
先に動いたのはリズだった。
早足で間合いを積極的に詰め、 右手に持った剣を正面から振り下ろす。
一度静止しているように見える歩法は、アシュレイ姉を真似たのか教えて貰ったのか。王宮剣術にはない動きで振りかざされた剣は並みの兵士ではそこで終わる。
だがしかし、相手は兄弟最強のモナーク兄だ。
右手で攻撃を止められ、そのまま力を込め、押し返されてしまう。
その反動の威力で、リズは吹き飛ばされるが回転しながら威力を殺して対応する。
リズの手の大きさだと、手に持っている長剣には持ち手の部分を両手で握れる程の空きがある。
転んだ体勢から起き上がり、両手で片手剣を持つ。
王宮剣術には両手剣での戦い方もある。
一代前の王家が、父と残りを残して半壊した魔人騒動により、片手剣用よりも更に貴重な、両手剣の王宮剣術の使い手も半減した。
が、それを後世に残そうとした剣術好きのハルト兄が使用者の生き残りから伝え聞き、俺たちの剣技の指南役の騎士や俺たちは、ハルト兄から直接教えてもらっている。
今代の王家の子供は、全員が両手剣の王宮剣術を使えるのだ。
だが、モナーク兄のする事は変わらない。片手でも両手でも、妹のリズの攻撃をただただ防ぐ。
手加減はされている。舐められているのか、それとも、リズの何かを待っているのか。
そして数度の打ち合いの後、次はかなりの距離をとる。
リズは何かを決心したように、再度剣を片手に持ち替える。
何をしているか、見れば分かる。
体に魔力を循環させているんだ。
さっきまでは少々力強く、空中まで使って立体的に戦っていたがただの身体能力だ。
今は魔力を循環させて、それを基本的身体強化に当てている。そして見立てでは王宮剣術にある魔法との合わせ技を使うようだ。
剣撃に攻撃用魔力を乗せる事で、波状攻撃によって、一振りの剣の攻撃の有効範囲を拡散させて広げる。
つまり、1人に向けての剣撃技というより、近中距離の雑兵に向けた技だ。
リズの得意技であり、俺や他の兄弟も知っているがかなりの練習量を積んだ技。勿論、魔力を使っているので通常の剣撃よりも強い。が、それに対応できるほど強いモナーク兄には不向きな技だ。
剣を正面に構え、体内に循環している魔力を剣に移して溜める。
特殊な、武器に魔力を通す技でもなく、魔力を纏わせる技でもない。
剣先から薄く拡散しているように見える魔力から成功しているようだ。
後は出来るだけ近距離でモナーク兄にぶつけるだけだ。
魔力による攻撃となれば、剣撃による傷を防ぐ無傷剣の意味がないのだが、自分では兄を傷付けられないと思っているのかただ失念しているだけなのか、上に剣を構える。
あれは近距離で打つ技だ。構えながら走る訳じゃないだろうし、今剣を構えるのはおかしい。
だが、一気に魔力の光が強くなり、剣先から拡散していた魔力は一直線の光になった。
魔力に攻撃威力があるのは先の通り。
全力で溜めた魔力をそのまま打つけるつもりだ。
それに気づいたモナーク兄は走り出す。
偶に剣技を教えて妹が、急に技を変えるなんて高度な事が、まずあんな技を使えるなんて知らなかった。
隣で「ふふっ」と言いながら口角を上げるハルト兄とアシュレイ姉は知っていたんだろう。
モナーク兄は一瞬で距離を縮めるが間に合わない。
リズにはまだ余裕がある。近距離で技を変えられては先の技を食らってしまう。
リズはそのまま剣を振り下ろした。
「ロード、ブラスタァアーーーー!!!!」
気合いからか、今使用している技名を高らかに叫ぶ。
◇
決着は付いた。
ロード・ブラスターの魔力による斬撃はモナーク兄が剣撃で破壊。そのまま魔力は爆発を起こさずに霧散。まさに特殊斬撃だ。
そのままリズの少し前まで走り抜いたモナーク兄は、リズの背中に「こてん」剣の平を当てて勝利した。
妹の成長には目を見張る物があった。
俺に毎度毎度教えを請うてきて、あんな事まで出来ていたなんて。努力家なのだろう。
兄に負けて、涙を流している妹を、少し慰めながら感じていた。
「凄いなあ。ハルト兄さまと姉さまは知っていたようですが、いつの間にできるようになっていたんだ?」
「うっ、……えうと……」
「あなたを驚かそうと、努力したんですわよね」
「私たちが教えた事がちゃんと昇華されている。凄いな、リズは」
負けたリズに、その兄と姉から称賛が送られる。
俺を驚かそうとこの技を練習していたのか。
勝ったモナーク兄も、自分用の椅子に座りながら微笑みながら俺たちを見ていた。