9-6. 『六年目ーー神となり、一万年過ぎた』
※この話は三人称視点です。
悪魔として魔界の地に生まれ魔王として君臨した魔王の、『神となる』という数百年間にも及んだ夢は成就した。
魔王は神が見下ろす地上世界にて支配領域を広げるのではなく、神々の世界を目指したのだ。
『昇神』
それは元が人間であれ魔王と呼ばれる程の悪魔であれとも、難しい。
実際、魔王アシュタリエも実現方法を探し、其れに至るために必要な条件を探して、最後に神となった際に起こる危険への対処法を検討する。という工程に、生前の多くを費やしている。
そんな事前準備は見事に花開き、彼の神は『アシュタリエ=マモン』から『ドットノア』へと名を変え、神の一柱として今ここに存在している。
が、しかし、
「ドットノア神。限界だな?」
主神、ジークハイルがドットノア神に問う。
「そう……かもしれないな」
他の神々と同じ、苦しみのない生を謳歌できると考えていた。
しかし地上に住む魔王から一柱の神となった彼の神は、他の神と異なる、とある感覚の違いに馴染むことができずに苦しんでいた。
それは『悪魔や人間など地上世界に住む生物』と『神々や天使達』との間で大きく異なる法則の、体感時間だ。
本来ならば約十年で神の感覚に慣れる。
しかし七年目時点で既に、魔王としての生涯年齢を遥かに超える時を体感してしまっている。
実時間は七年程だろうと、一万年に迫るほど長い体感時間であったのだ。
その現状を一言で表すとするならば、地獄。
過去に神となった人間たちが総じて自害を選択するのも頷けるほど苦しみに満ちた、日々だといえる。
「前例通り殺すなどと云う選択肢は、ない」
主神は、同じ神となって久しいドットノアにそう告げる。
どうやら過去の歴史において神と化した人間には、神々の介錯があったらしい。事が言葉から察せられる。
そして精神の限界であった事もお見通しだったようだ。
ただしこれはむしろ勘付いていない神の方が少数派で、ドットノア神を知る者の多くが彼の限界に気付いていた。繕って隠すことが不可能なほどであった。
ドットノア神には元々自害する考えなどなかった。
『神になった以後自害した』反例に当てはまるのは皆がみな寿命の短い人間であり、魔族はその数倍の時を生き抜くだけの力を有していると考えていた。当然の思考だ。
だが、しかし、
数百年程度を許容範囲とする地上で培った無為な時に対する耐性は、魔王として不足無しの強靭な精神力程度ではどうともならなかった。
体の形を保つことすら難しい、というのが現状だった。
「主神の力など借りないさ」
介錯などそもそも必要としていないと、主神に告げる。
ドットノア神のあまりにも長い時間は、彼の神に自害以外の選択も考えさせた。
そして『自身を封印する』という案に至ったるのだが、それすら苦痛の排除という目的を叶えられない。せいぜい誤魔化すのが関の山。
結局、最適解には至らなかった訳だ。
「つまり私も同じ歴史を辿るのか」
体感時間にして二百年前から分かっていた現実を口にする。
「それにしても私が自滅を選ぶとはな。時の流れに敗北するとは思わなかった」
そして主神に背を向けた神は、これを『最後の言葉』した。
◇
こうしてドットノア神、つまり前魔王アシュタリエは消滅した。自らの権能の力をもってして『神である自ら』を殺したのだ。
その消滅の瞬間は一瞬だった。
けれど、体感時間を他の神よりも長く感じてしまうドットノア神にとっては何十時間にも及ぶ死の苦痛を感じながら消滅したことだろう。
しかしその決断は数え切れないほど長い時を生きた末、彼が選んだ選択だ。
そんな彼の名前は、
人間たちの住むジークハイル神仰国やイルシックス王国。そして魔界全土の歴史に、確かな記録として刻まれる。
魔王アシュタリエ=マモン。として。
また一柱のドットノア神。として。
そして彼の二度に渡る人生はその一部を後世に伝えるのだった。




