9-5.『五年目ーーメルティとの手合わせ』
とある日の昼下がり、王族専用の剣技練習場にて。
妻たちおよび夫婦の従者たちは普段通り、それぞれ夫あるいは主人の関係にあたるジークエンスvs.その専属騎士であり従者のメルティ・スペルピアの試合観戦に来ていた。
ガーベラの側には娘と息子、それら三人の従者が集まっている。
先日第一子の女の子『ミドラーシ』を出産した理沙の近くには、兄にプロポーズして以降、住み着くようになったリズと彼女たち二人の従者たちがいる。
理沙とリズは、互いにジークエンスあるいは相良燐の『妹』であると知り合ったことで仲良くなったようだ。
ともかく、かなりの大所帯である。
「お兄様! 頑張ってください〜!!」
最愛の兄を応援するリズ。
彼女は兄が提示した結婚の条件通りジークエンスのことを今尚、兄として慕っている。
「お兄ちゃん。頑張って〜!!」
「ジークさま。応援しております!」
リズに続いて第一、第二夫人のガーベラと理沙も応援コールを送る。
「「お父様!」」
成長著しい娘と息子も、父を応援する。
ちょっと前までは喋れなかったし、歩けなかった。そもそも生まれたばかりの赤ん坊だった子供たちも立派に大きくなっている。
子供の成長は随分と早いことを実感する。
「殿下、本気で行きますが宜しいでしょうか?」
「当然だ」
相手に傷を負わせられない魔術が刻まれた片手剣を利き手に構え、俺とメルティは互いに距離を置いて向かい合う。
いつもは互いに紙一重の攻防の末、接戦となりつつも結局ジークエンスこと俺が勝利する試合。
しかし、今日のメルティは一味違う。
眼前の専属騎士が纏う雰囲気からその変化について感じ取ると、頭の中を一旦真っ白に切り替えて、心持ちをマジの戦闘モードへと切り替えた。
互いに十分な距離を保ち、ガーベラの専属騎士フルマルンによる合図で静かに試合はスタートした。
まずは攻撃に備えて剣を構えるジークエンスに対して、一気に距離を詰めたメルティが攻める。
かつては俺の専属騎士として守りを重視した戦い方に重きを置いていたメルティだが、今では攻撃も得意となっている。
隙を作らぬよう意識しながら足を動かすことで彼女の直線的な攻撃を捌き、彼女を振り回す。
メルティは攻撃を加える際の素早い速度のまま攻撃するが、しかし体ごと吹っ飛ばされる。
だが、上手く受け身を取ることでスピードを殺さずに再び攻撃を加えに走る。直線的な超速攻撃の連続である。
流れる風のように攻撃。
それが受け流されて捌かれたなら吹き飛ばされた分だけ助走を加えて、また別角度から攻撃する。
試合の相手をしてくれている主人と比較しても圧倒的な運動量だが、騎士メルティはこの程度で速度を落とすことはない。
攻撃を捌かれ一瞬だけ宙を舞った体で突撃し、捌かれると更に突撃する。このサイクルを繰り返すことで、『突撃し、捌かれる』という一セットの時間は短縮される。
しかし、この剣戟が五十回も続いたあたりで速度上昇は頭打ちとなってしまう。
従者の全力を引き出し切ったところで、そろそろ反撃に出よう。
メルティの残像が絶えず残って見えるほど速い速度だが、しかしこれも少しずつ読めるようになって来た。
だから、その場凌ぎで一撃を防ぐ以上のことを考える。そうだ、予測とそれに基づいたカウンターを仕掛けるのだ。
あまりの速度故に、カウンター回避は不可能。
そう断じると、まずは動きを読み切っていることと、カウンター攻撃を仕掛けようとしていることを探られないように、取り敢えず絶えず攻撃を捌く。
そして、その間にカウンターの筋道を脳内で描く。
彼女の動きを捌きながら、その直線的な動きの法則を客観的に捉えて予測。
その最中で俺の目が捉えていたメルティの速度が僅かに増した。そして、この速度のまま突っ込んで来る。
超速攻撃中の速度上昇は『僅か』な変化といえど、大きな意味を生んだ。
この唐突で予想外な僅かばかりの速度上昇に反応が遅れ、体の反対側にある剣では捌くことは不可能。俺の対応が追いつかなくなった。
どうやら一合前の打ち合いで少しでも俺の剣が残るようにと、僅かに剣を強く打ち合わせたのだろう。気付かなかった。
そこに更なる速度上昇。彼女の剣が迫る。
もはや『剣』を使用しての対処は不可能だった。
だから俺は氷結魔法を行使する。
練習場全体を効果範囲としたこの魔法は、その刃が届くよりも先に範囲の空気を凍らせて、限りなく氷漬けにする。発動までの時間は約ゼロ秒。
この氷はメルティの握る剣を寸でのところで押し止める。そればかりでなく逆に彼女の体を雑に拘束していたかと思うと、首元に鋭利な氷を突き立てている。
超速で移動していたメルティを瞬間的即時に、一点で固定した形なのである。
「殿下。これでは剣の勝負になりません」
「ああ、だから今回は私の負けだ」
剣を突き付けられての敗北を予感して、ついつい使ってしまった。
しかし今回は『剣の勝負』をしていたので魔法を使ってしまった俺は、当然負けだ。
しかし。なんとも、まあ。
「強くなったな。メルティと剣を合わせる自体久しぶりとはいえ、まさか負けるとは思っていなかった」
「はい。ありがとうございます」
剣を合わせるのは二週間振りくらいだっただろうか?
数年前から順当に力を伸ばしていたし、その成長も感じていたことではあったけれど。
「ついに私よりも強い剣士となるとは」
そう、俺は呟いた。
それは従者の成長を声にした何気ない言葉だ。
しかし、目を伏せていたメルティはこの言葉に過剰に反応したかと思うと俺の顔を見上げた。
そして再び目線を下げる。
「そう、ですか。私は遂にジークエンス殿下よりも強くなったのですね」
今回の勝利、と云うよりも俺に勝利した事実で干渉に浸っている様子である。だから相槌で「ああ」と答えてやる。
真実なのだから嘘をついてやる必要はない。
「では……これで殿下は、私を騎士として頼って下さいますか?」
「あぁ、これからも。メルティのことは頼っていくつもりでいる」
剣で主人に勝利して、主人から「私よりも強い」と言われること。
これ即ち、メルティからみれば『騎士として守るべき主人よりも強くなった』と認められることと同義であったわけだ。
そして彼女は過去に俺を守ることができなかった事を後悔している。力不足から俺を戦わせてしまった事も同様だ。
だから彼女は、自分に主人を守れるだけの力があることが知れて涙を流している訳か。
彼女が何か話そうとしていた為、聞いてやる。
「……私。魔界との間で条約が取り決められた際、これでもう殿下に危害が及ばないことを知って本当に嬉しかったんです。
私は殿下の身を襲う危険性に対して力にはなれないから。だから今日、殿下の強さを超えることができて嬉しかったんです」
「そうか」
そうだったのか。
この通りメルティは、重い責任感を背負ってしまった過去がある。この話を聞くと、主人が護衛の騎士よりも強いと云うのも考えものだなと思った。
「メルティはこれまで良くやってくれていたよ。だからこれからも、私を守ってくれよ?」
「……はい!」
先の試合結果の通り、我が専属騎士は剣技に於いて俺よりも強くなった。なのでこれからは、彼女の強さに一層頼ることとしよう。
また、メルティは主人の前で流してしまった涙を拭う。
そしてこれからも主人たるジークエンスの忠誠に応えるのだった。




