9-4.『四年目ーーリズ・リートの婚姻譚』
リート・モルガン国王とクラウディア・エルモパールの結婚。
ハルト兄様の奥様、ファム・スタンレジーナ様の第一子である長男出産。
ジークエンスこと俺の第二夫人にあたる相良理沙の妊娠。
などなど。今年の前半は、本当におめでたい幸せに満ちた半年だった。
そんなお祝いムードが一旦落ち着いた頃。
半年前に手紙を介して交わした約束を果たすべく、妹のリズと付き添いとしてアシュレイ姉様がハウンズの城を訪れる。
「お久しぶりです、お兄様。ガーベラ様」
「あぁ、久しぶり。歓迎するよ」
俺とリズ、そしてガーベラとアシュレイ姉様はハウンズの城前で久方振りの再会を果たす。
確かエスメルが産まれる前に会った以来だから、約三年振りの再会だ。
「リズ・リートと申します。初めましてリサ様」
リズは一言で兄妹の再会を済ませると。俺の左隣に立つ女性、理沙にも挨拶する。
一応理沙は、リズのことを一方的に知っている。しかしほとんど初対面みたいなものだ。野暮なことは言うまい。
「初めまして。サガラ・リサ=フラムガルルーツと申しますわ、リズ様」
自身とは義妹に関係にあたる、一回り以上歳下の彼女にも律儀に敬語を使って話す理沙。
その姿から俺といつも話してるような気安さは感じられない。
このあと俺たちはアシュレイ姉様とも言葉を交わした。アシュレイ姉様とも三年振りの再会である。
その後、全員でハウンズの城へ入城すると身内専用の応接室まで移動して、そこで一度腰を落ち着ける。
ただ今夜はもう夜遅いので、軽くお話しした後はただ眠るだけである。
数日間に亘る長旅でリズもアシュレイ姉様も疲労されているみたいだから、話は早々に切り上げた方が良いかもね。
「お兄様。私から一つお話がございます。宜しければ明日、聞いて下さいますか?」
「いいよ。是非聞かせてほしい」
若干、ウトウトと眠気に誘われている様子が見てとれる妹。俺は彼女の願いを受け取った。
彼女が俺に対して抱いている好意が兄妹や家族のそれとは別物であり、今も変わらぬ想いを持ってくれている事を俺は知っている。
そして今回の訪問は、理沙との結婚以降に約束された。
これらの事から彼女の話が何なのか、なんとなく予想できてしまった。
俺はそれに対する回答を用意して一日を終えた。
◇
翌朝。
ガーベラの隣で目を覚ます、普段通りの朝である。
俺が目覚めたことに気付いたローザ、サーシャ、レイランの三人から朝の挨拶を受け、俺は「おはよう」と返す。
「今朝は普段より早いお目覚めでございました」
「……そうか」
早起きして損するなんて事はない。
俺は昨夜就寝前に決めていたリズへの回答についてもう一度思考し、ガーベラが目を覚ますと同時に切り上げて朝の身支度に取りかかった。
専属メイドたちが俺の身体を軽く拭い、寝間着やネグリジェから普段着に着せ替え、温かいお湯で濡らしたタオルで顔を拭う。
それらの作業を全て終えると食卓の部屋へ向かった。
食卓の部屋にて。
「おはよう。ジーク、ガーベラさん」
「おはようございます。お兄様、ガーベラ様」
食卓の部屋では既にリズとアシュレイ姉様が待っていた。
「おはようございます。今朝はお早いですね」
「そう? なら、もう少し眠っていても良かったかしら」
アシュレイ姉様はいつものことだけど今朝はリズも朝早い。旅先だから、あまり眠れなかったのかもしれない。
それにしても誰とも喋らずに、ただすまし顔で待つ妹というのも新鮮だ。
昨日まで使用していた三人掛け仕様の物とは違う六人掛けの食卓。六つある席のうち、それぞれ俺たちは自身の席に着く。
俺たちが着席し待っていると理沙、エスメルの順に残りの二人も到着。
俺の合図で朝食の時間となる。
食事は、静かに黙々と。
『皆』の人数が増えたからか普段より美味しいと感じるメニューの品々を味わいつつ、全員がちょうど完食する頃合いを見計らって俺も完食する。
そして食後のティータイム。
それぞれ好みの紅茶と茶菓子をいただきながら、たわいもないお話をする時間だ。
「お兄様。昨夜お約束した件なのですが、このあと伺ってもよろしいですか?」
ただ、そのお喋り&ティータイムの時間もそこそこにリズが話題を変える。
「いいよ。準備が整い次第迎えをやるから部屋まで来てくれ」
「分かりました」
そして俺との約束の時間を決めた彼女は、皆に一礼すると早々に退室した。
この話をするまで約半年、あるいはそれ以上待ったのだ。遂にその時が来て緊張しているのだろう。
肩越しにチラリと見えた真っ赤に紅潮した顔が、それを示していた。
「私たち四人は私の部屋で待っておりますわ」
「ありがとう」
察してくれた妻の気遣いに感謝だ。
俺は彼女たちが別の話題を話し始めたのをみて、自室に戻ると大急ぎで妹を迎える準備を整えるのだった。
◇
リズの迎えに送ったローザと共に、彼女が俺の部屋を訪ねる。
彼女は自らの側近を連れて入室すると俺に勧められた俺の正面の席に着席した。
「この度は私の願いを聞いて下さり、本当にありがとうございます」
彼女は着席して早々、真面目な顔でそう言った。
昨日から思っていた事なのだが、彼女に真面目な雰囲気は似合わない。しかしリズは真摯に伝えたいと考えており、だからこの雰囲気を纏っている。
俺は彼女の言葉に頷きながら、話の必要に応じて相槌を打つ。
「では早速、本題を話させていただきます」
リズは正面に座る俺の目を見詰めて、本題を話し始める。
「王家の歴史には、兄妹同士で結婚した記録がいつくか存在します。お兄様はご存知でしょうか?」
「ああ、当然だ」
あまりに長い歴史の中でも珍しいケースだが、しっかりと歴史書等の書物に証拠として記録が残っている。
「そして今回お兄様にお話しするにあたって調べ直したのですが、国王の許可を得ているのであれば、現在でも兄妹あるいは姉弟同士の結婚は認められるそうなのです」
なるほど。つまりーー、
「私と結婚していただけないでしょうか?」
愛の告白を通り越してプロポーズ。
しかし、なるほど。
話の内容自体は予想通りだけど、予想以上にしっかりと理論立てて婚姻を訴えていたな。それだけ準備を重ねていたという訳か。
リズは、俺を見据えてこのプロポーズの可否を待っている。
その強張っている表情から察するに、長い長い一瞬を感じているのだろうことが見て取れる。
俺は、彼女の為に用意していた答えを話す。
「……リズは私の可愛い妹だ」
転生したばかりの時期に生後間もなかった妹。俺は、彼女の成長を一番近くで見守ってきた。
転生以来彼女は俺の可愛い妹だった。
「ある時期から私を男性として見ていることも知っていた。だからいつしか『愛している』『結婚してほしい』と告げられる。その可能性を考える日もあった」
それが今日、現実となったわけだ。
以前までは俺に許嫁がいた為、彼女も遠慮していたのだろう。しかし俺が三年間の眠りから目覚めてからは、俺への想いが一層強くなったと感じている。
そんな妹をみて、俺は真剣に彼女との関係を考えるようになった。
「リズは可愛い妹だ、だから私が幸せにしてやりたい。結婚の申し出にも答えてやりたい。
ただ同時に、結婚するとリズが『妹』でなくなってしまうのではないか。もう兄妹として触れ合うこともなくなるのではないか。という思いもあった」
前半のYESの前振りから一転、断られる前兆のような文言が紡がれたことに彼女は驚いている様子。
可愛い妹を『妹』として見れなくなるのは嫌だ。万が一にもその可能性があるのなら、俺は結婚は断ろうと考えていた。
しかしその心配はもう無くなった。
既にもう一人の妹、相良理沙が心配は杞憂であることを証明してくれているのだ。
「ジークエンス・リートの妹であることを忘れない。これが私と結婚する条件だ、約束できるか?」
「……は、はい!」
ただ一応、念を押しておくとしよう。
彼女が『自分はお兄様の妹である』と自覚し続けていれば、俺の心配する万が一は起こらないだろうから。
こうして妹の一世一代のプロポーズは成功した。つまるところ俺とリズの兄妹は結ばれる事となった訳だ。
「え、えぇ……と」
リズは話の流れ的に断られると思っていたのだろう。現状を上手く受け止められておらず、どんな反応をすれば良いのか分からないといった感じだ。
そこに待機中だった専属メイドから事の説明を受けて、やっと理解した様子。
「お兄様」
数分後。
理解を得て、ようやく落ち着きを取り戻したリズが言う。
「キス、してください」
リズは俺の正面に座ったまま目を瞑ると首をほんの少し上に向ける。
「愛しているよ」
その願いに答えるべくして、俺は小さな顎にそっと触れ、可愛らしい唇に自らの唇を合わせる。
こうして俺たち兄妹は結婚を約束した。実際に父様の許可を得て、結婚する日が楽しみである。
しかし先ずは、リズのことを妹としてではなく一人の女性として愛せるよう努力するところから始めるとしよう。