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9-2.『二年目ーー相良理沙の婚姻譚』

※この話は「相良理沙」視点です。

 私、相良理沙は、お兄ちゃんが転生したこの異世界に転移してからそれなりの時間を過ごしていた。

 今では当初の目的であった兄との再会も果たし、ただ兄に養われるだけの怠惰な毎日を送っている。


 再会した当初は、兄が新婚旅行の真っ只中だったからあまり構ってもらえなかったけれど、最近では多忙な中にも私との時間を用意してくれる。

 それはガーベラさんが二人目の子を妊娠してからも、変わらない。


「なんだか申し訳ないなぁ」


 お兄ちゃんに、妊娠中の奥さんではなく妹の私との時間を作らせていることに少々の罪悪感を覚える。

 もちろんガーベラさんとの触れ合いに充てられる時間は、私との時間よりも長いけれど。


「はぁ」


 お兄ちゃんから与えられた自室のベッドに寝転がる私の口から、溜め息が溢れる。


 お兄ちゃんを待っていた時間。執着していた期間があまりにも長かったからだろうか? それがたとえ受け入れられるでも拒絶されるでも、私は兄の答えを待つことに慣れてしまったらしい。

 本来なら今は、意中の男性の奥さんの妊娠中。絶好のアピールタイムとなるはずなのに関係が一向に進展していないのが、その証拠だった。


 それに加えて、私と兄の関係性は今日に至るまでの間に、醸し出される雰囲気も含めて元の『兄妹』のそれに戻ってしまった気がする。

 再会したばかりの当時の方が積極的なほどだ。


「あーあ」


 うじうじと、連日そんなことばかり考えてしまう。

 そしてその答えは出ない。


「私もそろそろ歳なのになあ」


 三十代の若さでそんなことを言ってたら本当のおばさんに嫌われるかもしれないが、そもそも私やお兄ちゃんの周りは私よりも若い人ばかりだ。


「って。それってかなりマズくない?」


 危機的状況にあると云う気付きを得た私は、実際に声に出して自問自答する。


 私専属のメイドさんが不思議そうに視線を向けるが、彼女も含めて兄の周りには若い女性ばかり。

 そしてお兄ちゃんは普段からこれほど多くの若い女に囲まれていて、その人の嫁になるには、年長者なのはそれだけでデメリット。


 つまりこれ以上歳を重ねている暇は、私にはない。


「よし、そろそろ頑張ろう。と!」


 そう思考を切り替えた私は、ベッドから勢いそのままに立ち上がる。

 そして気合を入れ直すのだった。





 気合いを入れ直した私が第一に行ったのは、ガーベラさんにお兄ちゃんとの結婚を認めてもらうことだった。

 妊娠中の女性に「貴方の旦那と結婚したいから許可して」と言うのは、流石に狂気の沙汰かとも思うけどガーベラさんはこの世界では数少ない友人。


 だから、きっと話くらいは聞いてもらえると思っていました。


「本当に今この時期に行かれるのですか? もう少し待たれた方が良いのではないでしょうか?」


 しかし専属メイドのミクルちゃんもこの具合だ。


 彼女が私を止めるのは、ガーベラさんが妊娠中だからだろう。

 前世とは異なる『重婚』が許される結婚観がこの世界にあったとしても、妊娠中の自分を放って別の女と結婚する事は本人にしてみれば嫌に違いない。


「別に、今すぐ告白する訳じゃないわ。ただ話を進めておくだけよ。

 なんの相談もなかったら彼女も気分が悪いでしょうし、もし私が彼女の立場なら相手の女性に嫉妬するほど嫌な気分でしょうから」


 それに今この話を進めておかないと、彼女が出産してからだと早々に三人目を作ってそうだから。

 そう言外に言い含めることで私の秘密の作戦を唯一止めてくれる彼女、そして自分自身を諭す。




 そして場所は移り、ガーベラさんのお部屋。


 私とミクルちゃんは事前に約束していた時間の数分前にはお部屋に到着し、ガーベラさんに歓迎される。

 友人である私からのお誘いにとても嬉しそうな様子だ。そんな彼女を目の前にすると今から話す話題が話題なだけに緊張してくる。


「どうかされました?」

「いえ」


 緊張を見抜かれたような気がして、私は緊張の原因を探られないようにぶっきらぼうな雰囲気を出して取り繕う。

 私のおかしな態度に、彼女は首を傾げながら頭上に「?」を浮かべている。


 その可愛げな仕種の上には確かにあるねん。ばっちりと見えるんや!


「リサ様?」

「いえ」


 はい、こんなアホな考えは一旦捨てましょう。


 私は思考を一旦リセットして、勧められたいつもの席に座ってからレイランちゃんの淹れてくれる紅茶に口を付ける。

 ああ、美味しい。私の思考を占める少々の邪念を消し去ってくれる美味しさだよぉ。


「私にお話があるとの事でしたが伺ってもよろしいですか?」

「そうでした。紅茶の美味しさで忘れてしまうところでした」


 彼女のその問いかけに反応した私は、彼女に視線を向ける。

 そして視線を僅かに下へ向けると、少しずつ大きくなってきた妊娠五ヶ月目のお腹が映る。


 うぅ。やっぱり罪悪感。

 でも私の幸せのためには言わないと。


「私、ジークエンス様と結婚したいと考えています。そこで初めにガーベラさんに伝えようかな……と」


 お兄ちゃんの名前を、出来るだけ他人行儀に聞こえるように気をつけて伝えた。とうとう伝えた!

 彼女の反応が予想出来ない恐怖から視線を逸らしていた私だったが、暫く時間を置いてから視線を戻す。


「本当なんですね?」

「はい」


 その声の調子は本気(ガチ)のトーン。

 つまり冗談ではない真面目な話題として、この話について考えてくれていたってことだ。


「私は構いませんよ。ジークさまが理沙さんを受け入れられたなら祝福いたします。ただ、告白は私がこの子を産んでからにして下さいね?」

「え、ええ。勿論そのつもりですよ」


 割とあっさり承諾してもらえた。

 思考時間は十秒と少しで、もっともっと悩んだ果てに……なんてのを想定していた私は驚きから狼狽してしまう。


 そんな私の様子を見て何を思ったのか、彼女は言葉を続けます。


「そこまで驚きはないありません。貴方がジークさまを好いていることは知っていましたし、周知の事実です。

 それにジークさまが二人目を娶る可能性は素より大いにあったのですから、私としては嬉しい限りですわ」


「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 ふむふむ。


 ここは異世界だし、特にお兄ちゃんに限っていうと王族であり貴族の一代目だ。当然のように異世界ハーレムノルマを達成することだろう。

 ガーベラさん曰く、お兄ちゃんの、お兄さん達は二人とも許嫁を一人しか娶っていないらしいけど。


「私のお母様は、他のお義母様とはそれほど仲は良くなかったの。反対にセシリア様とステイシア様は本当に仲が良いのだと、ほんの僅かな間でしたが近くにいると感じられました。

 私は、理沙さんとは仲の良い関係を築いてゆきたいと思っておりますわ」


 だ、そうです。


「私も同じ思いです」


 ここで突っ撥ねる気は始めからなかったけど、ここは頷くしかないよね。


 ともかくガーベラさんに結婚を認めてもらうノルマは達成した。 ただ今日はこのまま次の行程に進むのではなく、彼女との茶会を満喫してこの日を終えた。

 怠惰な昨日までとは違う有意義な一日だった。





 そして後日、私は日本人の心の故郷ともいえるお風呂に浸かりながら考えていた。

 何を考えていたかと言うと、私がお兄ちゃんことジークエンスと結婚すると実際に起こるだろう問題についてだ。


 この世界に於いて兄は貴族。延いては王族だ。

 『奥さんの了承』以外にも結婚の障害となり得る問題はきっとあるはずだ。


 考えうる限りだとーー、


 例えば、貴族の身分が求められたり。

 例えば、明確な出自の証明が必要だったり。

 妊娠&出産を求められたり、は……別にウェルカムだけど。


 湯船に浸かりながら、パッと思いついただけでこれくらいの障害がある。


「はい。リサ様がジークエンス様と御結婚なさるのなら、身分は確かに問題となり得ましょう」


 浴室で、私の裸体を覗いては恥ずかしそうに顔を赤らめるミクルちゃんの知識だとそうらしい。

 だが、彼女は「しかし」と言葉を続ける。


「しかし、それらの問題は全てジークエンス様の権限で解決できます。リサ様が気になさる必要はないのではないでしょうか」

「ふむふむ。なるほど」


 つまり私はなにも気にせず、ただお兄ちゃんを誘惑することに全力を掛ければ良いのか。

 それは嬉しいね。私とお兄ちゃんとの幸せを阻むものは何もない! ってことだから。


 しかし、このメイドちゃん。

 この世界の常識と貴族分野の専門知識を併せ持つ、そんな彼女は私にとってはありがたい存在だ。


 百合っけを醸し出してる点に貞操の危険を感じるが、その優秀さに面じてこれからも裸の一つや二つなら見せてやっても良い。

 しかし百合なのは私の勘違いで、ただ初心なだけかもしれないけれど。


 しかし私は三十代にもなって初めての純情乙女だというのに、お兄ちゃんは二児の父なのか。

 そして私は、二児の父になる結婚を申し込もうとしている。なんだか危ない感じがするよね。



 しかし、まぁ。ともかく。

 結婚すると発生するだろう問題は、総じてお兄ちゃんの権限でどうとでもなるので気にしないで良いと。


 でも、そうなると私って結婚の為に何をすれば良いんだ?取り敢えず告白の言葉でも考えておいたら良いのかな?

 しかし、それにしてもガーベラさんの出産は五ヶ月後だからーーーあと七ヶ月くらいは待たないとだなぁ。





 この七ヶ月間は私が思っていたよりもずっと長かった。


 今日のために告白の言葉を決めてドレスを選び、様々なシチュエーションを脳内で反復する。

 男の子を無事出産したガーベラさんからもいくらかアドバイスを貰い、完璧なものに仕上げられたと思っている。


 しかし一度冷静になると、私たちは兄妹でそもそも付き合ってすらいない。そんな関係のお兄ちゃんに私は今から告白するのだ。


 大丈夫。きっと大丈夫、不安になってはいけない。

 ガーベラさんやレイランちゃん。ミクルちゃん。それにこの七ヶ月の間で仲良くなった元盗賊娘のアリアちゃん達と、これまでリサーチとリテイクを重ねて来たんだ。


 私が告白の絶好の舞台として選んだ城内の神殿。

 すっかり着慣れた普段着のドレスなどではない……純白のウェディングドレスを纏って、私は兄を待っていた。


 皆には退室してもらったから神殿には私一人。



「理沙」


 扉が開き、私を呼ぶ声が聞こえる。


「お兄ちゃん」


 視線を向けると、逸る気持ちを抑えきれずにそわそわしていた私の動きの一切が止まる。

 タキシード姿のお兄ちゃんを見て、その予想外の演出に言葉が出ないしまともに思考できていない。


 サプライズの呼び出しからのサプライズ衣装のウェディングドレスに対する、正にカウンターである。


 きっと、この七ヶ月間の間にどこからか計画が洩れ出していたのだろう。


 そして兄の表情はと云うと真面目に真っ直ぐに、ただ私を見てくれている。

 この人が私の大好きなお兄ちゃんかと思うと、今世の『ジークエンス』の顔もカッコ良く思えてくる。


 お兄ちゃんは主祭壇の前で待っている私に近付くと向かい合い、その真面目な表情を和らいだ優しいものに変える。

 あれ、これはこれで普通にイケメン。


 今の表情を見詰めていると、ドラクルーア神が私を転移させる前に言った言葉を思い出した。

 外見に相良燐の面影がなくて「姿形は全く別」とは、まったくもってその通りである。

 しかしカッコいい容姿であることに変わりはないし、内面は寧ろ前世にいた頃よりも綺麗で美しくて大好き。


「どうか俺と結婚してほしい」


 見惚れている間に告白された。

 お兄ちゃんから私に。私はその愛の告白を受け取って、


「はい。喜んで」


 当然、受け入れた。


 あぁ、私から告白しようと思ってたのに。

 誘惑して魅了して、オトシテやろうと思ってたのに。

 幸せに満ちた不意打ちを食らった気分だ。


「うん、ありがとうお兄ちゃん。私やっと……やっと、やっと……」


 今までは私が一方的にお兄ちゃんのことが大好きで、二十年くらいずっとそうで、これからもそうなんだと思ってた。


 その見返りに結婚と愛されることを望んだのは私で、それを今まで計画していたのも私だけど、

 その相手から告白されたら今日までの片想いが実った気がして、感極まって泣いた。


 そんな涙脆い私を、お兄ちゃんは抱きしめてくれる。

 そして私はすごく幸せだって。そう感じていた。


「ごめんなさい。涙が止まらなくって」

「良いよ。むしろ、告白した側にしてみれば結構嬉しいから」


 そう言って私にキスしてくれた。私のファーストキスだ。


 この二年ですっかり身長も伸び切った兄の唇に、私は唇を合わせる。

 最初は触れ合うだけの優しいキスを。そして少しだけ激しいキスを。どちらも相手がお兄ちゃんだから、なんだか気持ち良くて心地良い。





 この日私は、お兄ちゃんと結婚して籍を入れた。

 そして私の名前は『サガラ・リサ・フラムガルルーツ』と、少し長くなりました。この長さは、私とお兄ちゃんが家族であり夫婦であることを示してくれています。


 それと初夜に聞いた話なのですが、私の計画を偶然知ったお兄ちゃんは「理沙のことを好きになる努力」をしてくれたんだとか。

 その言葉を聞いて私は、これまで何度も思ったことですが、この世界に来てよかったと思いました。



 私の念願は成就しました。

 前世では例え、お兄ちゃんが生きていようが死んでしまったままだろうが叶えられなかった夢です。

 その夢が遂に叶うこととなり、本当に嬉しいわ。

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