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9-1.『一年目ーー娘を任せられるメイド』

 娘が生まれてから三ヶ月の時が流れていた。


 第一子と云うこともあり新鮮な毎日を過ごしているのだが、やはり時の流れは早かった。

 そんな日々の中でも、未だに決められないまま保留となっている案件がいくつかある。そのうちの一つが娘の専属メイド、所謂『婆や』枠の決定だ。


 今は、ガーベラが母として授乳を。

 その他の世話は全て、妻の側近たちが行なっている。


 今はこれで間に合っているが、将来的なことを考えれば歳上の専属メイドは必要だ。

 そのためにも俺は、俺と妻から信頼を得ているメイドを探さねばならない。しかしこの条件に該当する人間はそういない。


 この難題に、俺は頭を悩ませていた。





 誰に、娘を任せれば良いだろう。

 当初は信頼に足るメイドならば。と思っていたが、今では乳母の役目も担えると良いかもと思っていたりする。


 しかし交友関係が広くない俺にとって、的確な人材と巡り会う機会はなかった。


 そんな折、俺は王都へ出向くこととなる。

 王都を発つ際に戻ってくると約束した一年間が経過したからである。


「一年振りの帰省なのですから、王都でゆっくりしていても良いのですよ?」

「いや、すぐに帰ってくるよ」


 城の玄関ホールで、娘を産んでから少し胸が大きくなった妻に見送られながら城を発つ。

 妻は娘の授乳があるので留守番だ。また娘は産まれたばかりで、一緒に連れて行くと云う選択肢もないからしょうがない。


 ただ俺がいない間に何か起こってはいけないので警備には万全を期した。

 王権を行使したりして、元盗賊のアリアや城在中の騎士等の戦闘要員を多数配置する手筈を整えたりだ。


 わざわざ城の外まで出てきてくれた妻に見送られ、俺は王都へと出立した。所要時間五日の旅である。

 ちなみに今回の旅の本来の目的は、俺の陞爵だったりする。





 王城へは、予定日の前々日の夜には到着した。


 俺は一年前の状態から何も変わっていない自室へ赴いてから、五日間の旅の疲れを癒すべく浴室へ。

 俺は誰も入浴中ではないのをいいことに、ゆっくりと湯船に浸かってから自室へ戻った。


「お兄様、お久しぶりですわ!」


 自室へ戻ると、俺が登城したと知った妹のリズが迎えてくれる。

 どうやら俺が登城した時は、食卓の部屋で母様たちやアシュレイ姉様と談笑していたらしい。

 そんな事を話したりして俺とリズ、そして就寝前に少しだけ顔を出してくれたアシュレイ姉様は就寝までの時間を過ごした。




 この翌日。つまり予定日の前日。


 俺は朝支度を済ませると、朝食をいただきに食卓の部屋へ向かう。約一年振りの王城での朝食だ。

 朝もかなり早い時間だったのだが、部屋には既にアシュレイ姉様が居た。


「おはようございます、アシュレイ姉様」

「おはよう。ジークも今朝はよく眠れたみたいね」

「はい」


 そんなたわいもない話を隣り合った席でしていると、リズが入室する。

 彼女が俺の左隣に空いている席に座ると、会話は二人から三人でとなった。


 話題は主に、娘のエスメルのこと。

『可愛さはどうだ』『成長はどうだ』『将来は……』

 なんて事を、のちに入室したセシリア母様とステイシア母様を加えた女性陣全員に聞かれたり。


 姉に妹、母たちに娘の話をするのはどこか不思議な感覚だった。


 そして一通り話し終わった頃に父が入室し、話は一旦ここで切り上げることにして朝食をいただくことに。

 食事のメニューは、食べ慣れた懐かしの味だ。ハウンズの城でいつも食べている料理が如何にこれを再現しているかが分かる品々でもあった。


「本日の朝食も美味しかった」


 父がそう言って、朝食は終了である。




 食後、多忙な父は久々に再開した俺との会話もそこそこに執務へ向かう。

 そして父に続いて退室しようと席を立つセシリア母様とステイシア母様に、俺は待ったをかける。


「セシリア母様。ステイシア母様。お二人にお話があるのですが、お時間はありますでしょうか?」

「えぇ、特に急用もないですし。良いですよ」

「私もいいわよ。今日のお昼頃で良いかしら?」


 との具合に、二人から承諾は受け取った。


「ジーク兄様がお母様にお話とは。何を話されるのでしょう?」

「聞いてみなさい。きっと教えてくれる筈よ」


 そして母達が退室した室内で、こそこそと内緒話をする姉妹。


「お兄様! お母様方に話されるお話を、私にも話して下さいませんか?」

「良いよ。リズにも聞かせてあげる」


 俺はアシュレイ姉様も一緒に。と思って顔を上げてみたのだが、この一瞬で既に退室していた。妹の気持ちに気付いているお姉さまの配慮だろうか?

 仕方がないので俺は、妹と二人で俺の部屋へ向かった。


 そして彼女に、俺がお母様方に話そうと思っている『娘の専属メイド』について話した。


 想定通り、回答が得られることはなく話題は少しずつ変わっていったがそれもそれで良い。

 リズと話していると、彼女が俺のことを本当に慕ってくれていると感じられて嬉しかったし楽しかったよ。





 約束のお昼頃、リズにも話した『娘の専属メイド』についてセシリア母様とステイシア母様に話した。

 俺たち兄弟を出産した際の経験があるお母様たちなら、良いアドバイスがもらえるかもしれない。と思っての相談だ。


「産まれたばかりの子供に乳母として専属メイドをつけるのは、王家の伝統のようなものですね。相応しい者はいなかったの?」

「はい。私とガーベラの二人が安心して任せられる者は見つかりませんでした。乳母となると更に、ですね」


 俺たち兄弟全員に婆やがいるもんだからなんとなく察していたけど、伝統のようなものだとは。

 セシリア母様に教えてもらわなければ知らないままだったろう。


「できるなら私たちも紹介したいのだけど、たしか今の王城に乳母になれそうなメイドは居ないのよ」

「そうでしたか」


 少し期待していたのだが、ステイシア母様曰くちょうど良い人材はいないらしい。

 タイミングの悪かったと思って、別の方面で探すとしよう。


「ただガーベラさんが授乳を続けるというのなら、必ずしも一人目の専属メイドが乳母である必要はありません。彼女も神の庇護下にある王族なのですから、授乳で過度な疲労感を感じることはないでしょう」


 授乳って疲れるのか。初めて知ったよ。


「私たちが教えられる事は以上ね。あとは貴方が、誰が娘の専属メイドに適任かを選びなさい」

「貴方が父親として選んだ人なら、きっとガーベラさんも納得するはずよ」


 セシリア母様とステイシア母様の話はもっともだ。

 しかし結局「良い人材が見つかって解決!」とはならなかった。





 この数日後、娘の部屋にて。

 陞爵して公爵となった俺は早々に自らの領地に帰還して、再び妻と娘との毎日を過ごしていた。


 この部屋には俺と妻の他に、自身専用のベッドで眠る娘のエスメルと現在彼女の世話をしているメイドのセーレンナル・フラグセルがいる。

 当然、夫婦それぞれの側近もいる。


 何気ない昼下がりのひと時である。


「私、ジークさまが王都へ行かれている間にエスメルの専属メイドについて考えたのですが聞いて下さいますか?」

「あぁ。聞かせてほしい」


 娘の顔を除いていた視線を俺に向けて、妻は言う。


「どうやらエスメルは彼女、セーレンナル・フラグセルに懐いているようなのです。なので彼女を専属メイドにしては如何でしょう? 彼女も既に賛成してくれています」

「そうなのか?」


 セーレンナルは、イルシックス王国を訪ねた際にそのままガーベラに着いて来た彼女の従者の一人だ。

 彼女には、確かにエスメルは懐いていた気がする。


「はい。光栄にございます」


 それに既に同意済み。

 そんな訳で、エスメルの専属メイド枠はセーレンナル・フラグセルに決定した。


 しかし今まで通り、彼女以外のメイド達もサポートとしてエスメルの世話をすることに変わりはない。

 つまりこの決定が今を急激に変えたりはしない。だけど、少しだけ俺の周りの世界が変化した。

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