8-28.「この世界に生まれて、まだ十数年」
私は、エスメルと名付けられた娘を出産しました。
二柱による神の加護の御蔭で身体への負担は抑えられましたが、それでも人生で一番の痛みを経験しました。この記録が破られることはきっとないでしょう。
この度の出産がきっかけでレイランやフルマルンや爺やたち私の側近や、ジークさまの側近達、理沙さんからも祝福の言葉をいただきました。
また他にもいろいろな方々から、手紙を通じてお祝いの言葉をいただきました。
父母や数多くの兄弟達、友人。
義理の家族に相当しますジーク様のお父様とお母様方、姉と妹、しばらく時を置いてから届いた王都外に住む二組の兄夫婦からも。
温かい、今回の私の出産を祝福して下さる旨が記されたお手紙をいただきました。
そして忘れてはならない方、ジーク様は毎日のように私に感謝の言葉をかけて下さります。
本当に、私は幸せです。
生まれてきて十数年のまだ短い人生ではありますが。私は今、人生で一番の幸福を感じております。
結婚式の時に並ぶ、いやそれ以上かもしれません。
「私、幸せですわ」
「私も同じ思いだ」
◇
俺は、幸せを享受する妻の呟きに同意した。
現在は、太陽も高く昇った日中のひと時。
出産直後の妻による添うべく執務の一部を伯爵やその部下に丸投げし、夫婦の寝室にて妻と二人きりの時間を俺たちは過ごしている。
肩に寄り添われる感触が心地よい。
娘は毎日元気で、妻の体調は日に日に回復している。
今の俺は、幸せの最中にあった。
正式にエスメルと命名することが認められた俺たちの娘は、連日連夜の夜泣きが大きくて、元気に成長しているのだと実感する。
そしてガーベラの体調は回復しているのだと、常に隣にいると俺には感じられる。
また魔術的視点からも回復は順調だった。
この幸せを享受して、俺はふと呟いた。
「この世界に生まれてきて十五年。いや、もう十六年が経つのか」
この俺、ジークエンス・リートがこの世界に生を享けた日から既にそれだけの時間が経過していた。
そしてその年月は、前世で相良燐として死亡した頃の年齢を越していた。
「もう、そんなにも長い時間を俺は生きていたのか」
いつの間にか、それだけの月日が経過していた。
俺の人生は『十五年』+『十五年』の単純計算ではないし、そもそも転生前と後は別の人生としてカウントすべきかもしれない。
それでも俺が生きてきた時間は、同い年の人間のちょうど倍はある。
俺の唐突な独り言に首を傾げる妻や、室内を夫婦二人きりにする為に現在は退室中のローザ、サーシャ、ミゲルの倍だ。
まぁ、俺は二度目の人生を経験したのだ。当たり前の話かもしれない。
だが、これからは、二度目の人生ではない。
何故なら、これから俺は、前世で相良燐として死んでしまった時点より先の人生を生きるから。
転生して初めての、未知で未体験の歳を重ねることになるからである。
◇
今は、示し合わせたかのように幸せが重なって精神が多忙だった。幸せすぎて仕方がない。
第一子の出産。そこから順調に回復する妻と成長する娘。そして未知なる未来を期待する気持ち。
俺は、これまでの人生を思い出にして。今感じられる幸せを受け止めて。大好きな皆と一緒に未来を生きようと考える。
「ただ、今は幸せを味わうとしよう」
肩に寄りかかる妻、ガーベラを抱き寄せながら。
この俺、ジークエンスは未来について考えるのでした。
※これにて本編は一先ず、完結です。
※そして次回よりラストエピソードである「一年編」に移ります。