表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
332/343

8-26.「名付け」

 散々泣いて疲れていたのだろう。娘は、母の腕に抱かれて眠っている。


「ガーベラ様、お預かりします」

「ええ。よろしくお願いしますね」


 産まれたばかりの名もなき娘は、なぜだか医者と似たような格好をしているレイラン・レベッカを経由して女医の手に渡る。

 そして女医と共に隣室へ向かう。



 一方、出産を終えたばかりの妻の目は冴えていた。

 出産という体力を大きく消費する行為を経た今、疲労感や眠気を感じていて当然なのだけど冴えていた。


「私、眠いのに……眠れません」


 もはや本人が宣言するほど。

 つまり、いわゆる産後ハイな状態だ。


「少し横になろう。ほら、こうしていたら眠れるかもしれない」


 そう言って妻の身体を寝かせる。


 彼女は今、精神的にも身体的にも疲れている筈だから就寝させるに限る。

 それに眠れないと感じる時でも、横になっていれば案外眠れるものだ。


「あの子の名前、どう致しましょう?」


 妻が、俺に聞く。


「あぁ。考えないといけないな」


 その問いにたいした意味のない言葉で返す、俺。

 意味のある言葉で返せない程、俺も興奮冷めやらぬ状態と云うわけか。


「ジークさま。一緒に考えましょうね」

「あぁ、二人で一緒に」


 夫婦二人で一緒に、娘について語る。

 なんと幸せな時間なんだろう。今の俺たちならなんでも出来る、そんな気がしてくるよ。





 なかなか寝付けないでいた妻を寝かしつけて、やることが特になかった俺は娘の名前を考えていた。


 そう。

 妊娠が発覚してから随分と長い期間があったと云うのに、娘の名前はまだ決まっていないのだ。


「どんな名が良いだろう?」


 小さく聴こえてくる妻の吐息をbgmにして、娘の名前について考える。


 第一に、娘は王族の血を引いているため過去の偉人や神々の名が良いだろう。

 第二に、可愛らしい人名が相応しいだろう。


 そしてこれら二つの項目に該当する名前を、俺の潤沢な知識の中から探していた。





 出産からかなりの時間が経過した現在、妻は目を覚ました。


 彼女が目覚めたのは、出産を行った部屋の隣にあるもう一つの彼女の部屋。彼女が眠っている間に部屋を移したのである。

 その際に俺の魔術で彼女の身体を洗浄したので、気分もリフレッシュしたことだろう。


「ジークさま。一つ、伺いたいのですけれどよろしいでしょうか?」

「ああ。聞かせてくれ」


 目を覚まし、体を起こして、妻は眠る直前まで居た部屋から移動している。

 これを数秒間かけて理解したらしい。


 そして寝起き直後とは思えないほどの、冴えた目を俺に向けて話す。


「私たちの娘の名前のことです。私、良い名前を思いつきました」


 夢の中で考え付いたのか。

 あるいは、出産直後の時点で既に決めていた名前を伝えられていなかっただけか。まぁそのどちらであったとしても、今から聞こうと思っている。


「聞かせてくれないか?」

「はい。ジークさま」


 妻は、娘の名前についての案を語る。



「『エスメル』は如何でしょう?」

「エスメル……エスメル・フラムガルルーツ、可愛らしい名前じゃないか。命名の理由は何なんだ?」


 可愛い名前だ。

 そして「可愛い」は、それだけで命名の理由になり得る。

 ただ、命名のその理由を知りたかった。


 神仰国の王家に産まれた人間は本来、過去の偉人や神々、またその功績になぞらえた名前を命名される。俺や兄姉妹、父がそうだ。


 しかし俺の知識上に『エスメル』なる人、及び神々の記録はない。俺が知識不足なだけかもしれないが。


「意味は…そうですね。歴史に名を残した人或いは神様の名前ではなく、私たち夫婦に由来を持つ子であって欲しいから。

 貴方は過去の誰かではなく、父と母に唯一の名前を授けられた愛娘なのだと知って欲しいから……でしょうか。どこかおかしいでしょか、ね。ジークさま?」


 なるほど。

 今は名もなき娘を特別に感じたから、そうあって欲しいという願いの意味が込められていたのか。


「私たちの特別であって欲しい、と云う願いが込められたいい名前だと思う。変ではないよ」


 妻にそう伝えると、真面目に緊張した面持ちで少し強張っていた表情が和らいだ。


「良かったですわ。あと『エスメル』の名前は響きが可愛らしいからという理由もあります」

「なるほどね。私も同感だ」


 なんだか可愛らしい名前だな。と、私は速攻で感じていた。

 どうやら俺と妻は二人、似た感性を持っていたみたいだ。


「王都の陛下とお母様達に報告後、問題が無ければ彼女の名前は決まりだ」

「えぇ。ただ、もし問題があったならエスメルの名前は幼名にしてしまいましょう」


 この神仰国に幼名を名付ける文化は強くないのだけど、副案としていいかもしれない。


 それに妻の名前『ガーベラ』は元々は幼名で、彼女の祖国にはその文化がある。だとすれば、幼名として名付けるのも二人の子供という感じがして良い。

 両親からの返答がYESでも、たとえNOであってもきっと快い結果となるだろう。

※次回更新は、11/29(日)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ