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8-10.「夜会とはつまり、彼女と踊る舞踏会」

 階下の舞踏会場では耳馴染みの良い音楽をバックに、貴族の皆はそれぞれパートナーとのダンスを楽しんでいた。


 俺たち夫婦が会場まで降りると、会場の脇の方で話をしていたりする貴族から此方へ視線が送られる。

 その視線を華麗にスルーしつつ、俺は舞踏会場の中央で再度ガーベラの手を取った。


「私と踊ってくれませんか?」

「はい。勿論ですわ」


 その為に階下まで降りてきたのだから、即答。

 この瞬間、今まで流れていた音楽は別の新しいものに替わった。


 今夜の主役である俺と、そして妻の為の音楽なのだろう。


 明るい音調であり、快活な音楽ともいえるし淑やかな曲ともいえる。

 踊っていて楽しい曲だ。あとで曲の詳細についてエンヴォーク伯爵に尋ねてみよう。


「久々の舞踏会は楽しいですわね、ジーク様。音楽の効果もあるのでしょうか?」

「さぁ。ただ素晴らしい曲である事は間違いないな」

「はい」


 踊りながら、そんな他愛もない夫婦の会話をする。


「身体は大丈夫か? もし無理が有るのなら切り上げよう」

「無理などしていません。ですが心配をおかけして、申し訳ございません」

「いや。無理をしていないなら良いんだ」


 妊娠中の身体という事で聞いてみた。

 外見上に何か異変があった訳ではなかったのだが、ともかく無理していないようで安心した。


 この質問自体は踊る前に聞くべきだったか。

 ただ、そう云った反省は後回しにして、今は彼女と踊る。


 初めて耳にする音楽に合わせて、ミスなく。楽しみながら踊る。

 互いに見つめ合い、ふとした瞬間には微笑み合いながら踊る。


 そして、俺たちは音楽が終わるまで踊り続けた。



 一曲分を踊り終えて、俺たちは先程の席に戻った。





 戻って来て、着席して早々になるのだが俺にはまだ予定がある。

 半年ほど前にあった王都の舞踏会で交わした、プレンスプリズム・エンヴォークと踊る口約束だ。


 ちなみに、そのプレンスプリズムは俺たちの席近くでずっと待機し続けていた。


 実は身内以外では唯一、俺のダンスの相手に相応しい女性と言えるかもしれない。

 彼女とは面識もあるし伯爵の娘でもある訳だからね。


「私は席を立つが、ガーベラにはこのままここに居てほしい」

「分かっております。ですが一曲だけですよ?」

「あぁ。分かっている」


 ガーベラとは一曲しか踊らなかったことを思えば当然だ。


 妊娠中の妻を残して席を立つと、俺は待機したまま約束が果たされるのを待っている背後のプレンスプリズムに振り向いた。


「以前、約半年前に交わした約束を果たそう。私と踊ってくれないか?」

「はい。勿論ですわ、殿下」


 そう言って差し出された手を彼女はとって、答えた。




 そんな訳で着席しに戻ってきて十分程度の滞在時間であったが、また舞踏会場へ降りて戻って来た。


 会場では俺とガーベラが踊り終えた後に演奏されていた曲の、そのまた次に演奏されていた曲が流れている。

 だが俺とプレンスプリズムが踊り始めると曲調は少しずつ変化し、段々と同じリズムと似た毛色の、しかし全く別の楽曲に変化した。


「殿下、今回はお誘い下さりありがとうございます」

「王都で約束しただろう。先程も話したが、それを果たしただけのことだ」


 その「先程」も舞踏会場に降りる前の数分前の出来事で、ほんのついさっき話したことだ。

 それにこの大広間の会場までの道中でも、同様の約束をしているし。


「嬉しく思います」


 そう律儀に、プレンスプリズムは俺に感謝の気持ちを伝える。

 まぁ。約束と云えど口約束だったし、身分差からそう思っても不思議はないか。


 思考を切り換えよう。

 そして今は彼女と一緒にこの一曲分を踊りきる事だけを考えて、存分に楽しみながら踊ろう。


 プレンスプリズムの踊りは半年前と比べても幾分か上達しており、その習熟度に俺もテクニックの歩幅を合わせる。

 この成長度合いから、彼女が俺との口約束を信じて練習したことが分かる。

 そして半年前はなかった『慣れ』が感じられ、彼女自身も楽しんでいるみたいだった。


 変な癖もないし、きっとしっかりとした良い人に教わったのだろう。



 流れている楽曲はラストに至るにつれて消え入るように細い音となって、最後は静かに締められた。


「とても楽しいひと時でした。ありがとうございます」


 踊り終えた直後なので繋がっていた両手が離れ、プレンスプリズムはその場でカーテシーを取り俺に礼を述べた。


「私も楽しめたよ。有意義な時間だった」


 そう適当に返答して、俺は妻の待つ方へ足を向けた。

 そして席に戻る途中にもう一度、今度はこちらから彼女へ話を振る。


「私の席近くで待機するのも構わないが、今宵の夜会をお前も楽しんで来たらどうだ?」

「いえ。父が戻るまでお傍に居ります」

「そうか」


 今夜に限っての話だが、これ以上彼女に構ってやるつもりはないので提案してみたのだけど拒否された。

 階下には彼女の友人やダンスを申し込みたいと思っている男性も居るかもしれない。と、思ったのだが、意志は堅いようだ。


 なので無理強いはしない。


 俺たちはそのまま席まで戻り、俺は着席。プレンスプリズムは傍に確保していた定位置に戻った。





 その後は妻と話したり、遅れて挨拶にやって来た重役と言葉を交わしたり。

 夫婦でのダンスと、舞踏会場に居る知人への挨拶を済ませて戻ってきたエンヴォーク伯爵と入れ替わりでプレンスプリズムが階下の友人の元へ向かったり、時間は過ぎた。


「ジークエンス殿下。よろしいでしょうか?」

「なんだ?」


 そんな時に声がかかる、声の主は婆やだ。

 俺は『なんだろう?』と思いながらそちらへ振り向くと、婆やの他にもう一人。とある女性がいた。


「私と踊ってはいただけないでしょうか、殿下?」


 美しいなドレスや装飾品、化粧などで着飾った相良理沙だ。

 彼女が畏まった口調を使っているのは冗談みたいなものだと表情で分かるのだが、その言葉遣い自体が珍しい。


 ドレスは純粋な黒を基本色に据えたもので、澄まし顔も相俟って普段とは異なる雰囲気を醸し出していた。


 まさかのサプライズ演出だ。

 企画したのは婆やか? それとも彼女自身なのか、分からないことばかりで少し困惑している。


「ジーク様。そちらの女性は誰ですか?」


 妻の反応である。

 確か、まだガーベラには伝えてなかった気がする。


 理沙はメイド服着用で一ヶ月以上もの間俺や妻の傍にいたが、そのメイド服姿と今のドレス姿の彼女が同一人物とは思えないのかもしれない。

 或いは、末端の使用人の顔など覚えてないから気付かないのかも。


 ちなみに俺は旅に同行したのが王城付きの使用人だった為、ほぼ全員を記憶している。


「相良理沙と申します。ジークエンス殿下には客人の扱いを受けており、今宵はエマさんの勧めで夜会に参加した次第でございます」

「婆やの勧め?」


 理沙がガーベラに向けて話した内容だったが、俺は一つだけ気になる点があったので話に割り込んで問うた。


「はい。公都より王城に帰還した際に、アシュレイ・リート殿下より伺っておりましたので秘密裏に進めておりました」


 エマさんことエマ・ミーツが、つまり『婆やが勧めた』と言っていましたが事実でした。

 そして黒幕は心が読めちゃうアシュレイ姉様だったと。


「私はローザやサーシャと比較すると、殿下のお側にいる機会は少なかったですから」


 秘密裏に実行出来ました。と、なるほど。流石だ。


「ありがとう婆や」


 嬉しいサプライズを準備してくれた婆やに御礼を伝えた。



 理沙は、夜会で綺麗なドレスを着て俺と踊る。それを楽しみにしていると、表情を見ただけでもその感情がよく分かる。

 その逆に妻はとても複雑そうだが、『客人』設定には一応納得している。


「客人という話も嘘ではないご様子ですし、ジーク様も喜ばれているご様子です。私はこれ以上踊れませんからお二人で踊ってきては如何ですか?」

「あぁ、ありがとう。彼女については後日必ず話すよ」


 と云うか、今まで先延ばしにして来たけど早く説明しないといけない。

 明日か明後日か。出来るだけ早めの予定を立てなければ。


 ともかく、これで妻公認で理沙とも踊れる。


「その申し出をお受けしましょう」


 彼女の、腹部に重ねていたその手をとってダンスの申し出を受けた。





 こうして俺と理沙は階下へ降りて、妻やプレンスプリズムと同じ一曲だけ音楽に合わせて踊った。


 彼女の踊りは素人のそれであったが、全くの素人なら俺が全てリードしてあげれば良いだけのこと。

 理沙も俺の動きに100%従ってくれたので、踊りは十分様になっていたと思う。


「私って踊りの才能があるのかも。なんちゃって」


 『領主様と未知の女性の二人』という珍しい組み合わせに、周囲から視線が向けられる。

 そんな衆人環視の中で一曲踊りきって、理沙はそんな軽口まで叩ける。


「どうだ、踊りは楽しかったか?」

「うん。楽しかった。だから次も誘うからね?」


 理沙が楽しめたのならよかった。

 彼女には、領地に着いてからも全然構ってやれていなかったし。


「次は私から誘うよ」


 でも妹とはいえ女性に誘わせるのは俺の好みじゃないから、いつかの"次"は俺から誘うよ。

 この口約束のやり取りは先のプレンスプリズムと同様、必ず履行してやるつもりでいる。


 そんな話をしながら、俺と理沙は席に戻った。





 ガーベラや理沙や側近達との会話を楽しんでいると時刻は瞬く間に過ぎてゆき、夜会終了の時間になった。


「これにて夜会は終了、解散とする。

 最後に領主に就任なされたジークエンス殿下から一言、御言葉を頂こう」


 『俺を歓迎する夜会』はエンヴォーク伯爵の言葉で締め括られる。


「これからも我が領地、ひいては我が国のために君達には働いてもらう。期待しているよ」


 俺は割と多用している言い回しで、物理的に高い位置から呼び掛けた。


 彼等……この国の貴族達は王権に縛られている為、心配は必要ないのだが、領主になってばかりだからか彼等には期待してしまう。

 領主として、彼等から良い報告が聞ける日を今から楽しみにしているよ。

※次回更新は、10/4(日)です。

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