8-6.「ハウンズの城へ」
王城を出立してから幾度となく襲われた我々であったが、欠員を出すことなく城へ……漸くハウンズの城へ到着することができた。
最初に滞在した領境の街から城のあるライル・ミエル・ハウンズの都市まで貴族・市民問わない歓迎ムードで迎えられ、これから登城する。
「お待ちしておりました、ジークエンス殿下」
街に入る前にには高度を落とし、今度は道に沿って地上スレスレを走行した空飛ぶ馬車は何時間もかけて城の前まで到着した。
そして降車すると、城前で待機していた領主代行のエンヴォーク伯爵やその家族、城付きの使用人と思われる者たちに礼をされて、また迎えてくれた。
「出迎え御苦労、エンヴォーク伯爵」
俺は一言彼を労い、そのまま城の中へ。
使用人を付き従わせて伯爵に城内を案内させ、最初に俺たちは城の執務室へ入った。
ここでは俺と伯爵により書面を介した引き継ぎが行われ、そして次に向かう城内の神殿では引き継ぎ完了について神にご報告する。
名前も分からない城付きの執事のトップが用意した用紙にサインに一から契約内容を書き込み、相手の用紙の確認を行い、サインをする。
それになんら問題がないことを確かめ合うと、無事引き継ぎは終わった。
次は神殿へ、ということで相応しい服装に着替えることに。
『相応しい服装』とは司祭服だ。
俺は、王城から事前に送られていた、セシリア母様より頂いた幾つかの司祭服の中から相応しい物を選び抜いて側近達に着替えさせる。
基本色は白色ながらも関節部分の線は黒色、といったシンプルな彩色のものだ。
「よく似合って居られますわ。ジークさま」
「そうか、ありがとう」
登城してから殆どずっと蚊帳の外だったガーベラと少しだけだが言葉を交わし、彼女と側近達と伯爵だけを連れて神殿へ向かった。
俺が赴いたことのある神殿は王城にある王家の神殿くらいだった。なので、当然として俺がイメージする神殿像はその王家の神殿がベースになる。
それをベースに考えてみた時、俺が入室したこの『ハウンズの城の神殿』の印象はというと、王家の神殿と似ている、だった。
まぁ、同じ国にある同じ神の神殿なのだから当たり前かもしれない。
「それはそうと、御報告しないとな」
この神殿内の様子を確認していた視線は主祭壇の方に向かい、その前まで進むと俺は正面を見据える。
「これよりフラムガルルーツ侯爵領の領地は、
ギヴァー・エンヴォーク伯爵からこのジークエンス・リート=フラムガルルーツ侯爵が受け継ぎます事を、御報告致します」
ただ事実を述べてーーこれで報告完了だ。
その後、俺は神殿内を一回りしてみてからハウンズの城の神殿を後にした。
◇
その後、俺たち夫婦はそれぞれの自室を案内させる。
それは十分な広さと品格のある部屋だ。それが一人数部屋ずつとあり、事前に送られていた家具や服なんかが綺麗に仕舞われ、飾られている。
「では、各々で部屋の確認をするとしよう。ガーベラは自室の確認を行ってくれ」
「えぇ。分かりましたわ、ジークさま」
そう言って妻とは彼女の自室で別れた。
そして俺はというと城主専用の応接室、のような部屋に向かっていた。
理由はエンヴォーク伯爵から今後の予定などを聞くためだ。一応、移動中に確認していたから一応だ。
「ーーでは説明致します」
到着し、向かい合わせのソファーに座ると早々に彼は話を始める。
その行動な俺は城付きのメイドが注いだ紅茶を口に運び、口内を潤してから頷いた。ちなみにハウンズの城で頂く初めての紅茶だ。普通に美味しかった。
「明日より二日間、殿下には城内・城下を自らの目で視察して頂きたいと考えております。三日後には、領主であられる殿下を歓迎する夜会を予定しておりますので御参加下さい」
一代限りとはいえ伯爵なのに、一回り歳上の彼の口調は柔らかかった。
そして俺相手に淡々と業務連絡をするその姿は、まさに効率重視の仕事人間という感じ。さすが父様が取り立てた人物なだけはある。
「成る程。では城内や城下をみて回るとなると、その二日間の執務作業はどうなる?」
「私が代行致します。ですので、殿下には最終確認のみをお願いしたいと考えております」
つい先程引き継いだばかりでなんだけど、まぁ楽そうだしそれで良いか。
「了解した。視察の後にでも行うとしよう」
ではでは次の話題だ。
と、いった具合に俺たちは話し合った。
改めてお祝い申し上げられたりした後に領内の貴族についてや迷宮都市の視察について、雲を操る襲撃者の悪魔になどなど。
特に悪魔に関しては緊急性の高い案件なので、それなりに時間をかけて話し合った。
「殿下。私どもからは以上ですので今日は旅の疲れをお癒し下さい」
そして彼、エンヴォーク伯爵は幾人かの部下を伴い退室した。
そして俺は隣室に繋がる別の扉を利用して退室した。
◇
ーー俺は、自室へ赴いた。
扉を開けての第一印象は、豪奢でも質素でもないシンプルな部屋といった感じだ。
まぁ。家具が必要最低限の物しかないので当たり前といったら当たり前だ、ここに手荷物や事前に配送した諸々などを自由に配置すれば良い。
「王城の部屋に近い感じか」
本棚があるし、なんなら同じ本も幾つかある。
そして寝室は別にあるためこの部屋には存在しないベッドを除けば、王城の部屋を意識したことが伝わってくる。
そう思って隣室の……これまた俺の自室の扉を開ける。
すると今度は事前に配送した諸々が綺麗にレイアウトされ、完璧に完成された部屋があった。
地位に相応しい程度に豪奢であり、結婚祝いの芸術品なんかも違和感なく馴染んでいる。
一言で表現するなら『王子に相応しい部屋』といった感じだ。
「素晴らしい。私も、こういった様相は嫌いではない」
それは高貴な芸術家が高貴な人間に向けてデザインした部屋、なのだろう。
そしてその高貴な部屋は、事前に配送した諸々がかなりの数使われていた。
最初の部屋の左隣が豪奢な部屋であり、今度はその右隣の部屋だ。その扉を開けてみる。
「ではこの部屋はなんだ?」
実際に声に出して中へ入ると……中には多数の衣服が仕舞われてある、所謂ドレッサールームであった。
白色黒色の普段着から、つい先程択一した際に並んでいた司祭服。他にも魔術や剣技の訓練用に使える服だったり。
女性ほど持っている服の数は多くないけれど、そこそこの数の服がある。
また違う部屋には装飾品などの貴重な品々が仕舞われてあったり、普段使用しない武具などがあったり、大量の書物があったり。
と、そんな風に幾つかの部屋を回ってみた。
そこで警備面が心配だったので元盗賊のアリアを連れて来させて、プロ目線からの意見を聞いてみる。
「盗難に関しては問題無いかと思います。この一帯に辿り着くまでの警備の数と、魔術的対策を考慮した意見です。
それを上回る技量を持ち王権下にない他国の人間がここまで辿り着くことは、ないでしょうから」
警備面は良好、元プロのお墨付きだ。
◇
自室の確認を済ませた頃にはすっかり日も沈んだ頃合いであった。
妻を訪ねて部屋に赴いてみると、赤系色のドレスを見比べては作業が一向に進んでいない様子の彼女がそこには居た。
「つい時間を忘れてしまいましたわ」
なのだそうだ。
まぁ。じっくり時間をかけてやれば良いさ、時間は持て余すほどあるんだから。
ただ男性より多い衣服はそれとして、だ。
「夕食へ行こうか」
なんだか腹ペコみたいな台詞だが、時間的には頃合いの筈だ。
「少しお待ち下さい、ジークさま」
俺を腹ペコだと頭の中で勘違いしたのか……可愛い人を見る目で微笑んだ彼女は、眺めていたドレスをメイドと共に片付け始める。
それを眺めること数分後、準備を終えた彼女の手を引いてハウンズの城の食卓の部屋へ向かうのだった。
二人だけの食卓に用意されたのは、所謂この国の王家が食するベーシックな夕食だった。
メニューだけ見れば質素かもと思えてしまう『丸パン』『ステーキ』『トマトスープ』『サラダ』の品々だが、味に関しては王城での食事並みに洗練されていた。
俺は生まれた時から食べ慣れたその味に舌鼓打ち、食後のデザートまで味わい尽くした。
いつでもどこでも……この城でも王城でも同じ味が食べられることに感謝しつつ完食した、俺とガーベラだった。
「王城の食事並みに美味しい夕食だった。今後もこれと同等の食事を期待している」
「ええ。私も、美味しい夕食であったと思いました」
この部屋には居ない料理人にその思いが伝わるように口にして、俺たちは食卓の部屋を後にする。
そして俺たちは二人共同の自室へ赴くと就寝前に幾らか語らい合い、寝室に赴くとそれぞれ寝間着とネグリジェに着替える。
そしてベッドの中では長い夜の語らい、それを経て就寝に着くのだった。
これが、俺が入城して一日目の行動記録である。
※次回更新は、9/20(日)です。




