7-26.「この土地でしか描けない自然」
翌日は、滞在五日目にして従者にとっては三日目の休暇期間である。
昨日と同様に妻の体調が良かったこともあり、朝支度を終えた俺たち二人は従者たちと一緒に用意された演目を楽しんだ。
そして帰還後の屋敷にて。
「ーー出立は三日後とする。公都は経由せずこの道を辿り、ここの地点から『行き』と同じ道程で王都まで帰還する」
と、妻であるガーベラや側近の従者。使用人や護衛の代表が一名ずつを相手に俺は、地図をなぞりながら決定事項を話す。
更に『これは当日のガーベラの体調次第で延期にもなる』とも話す。
この土地ではまだまだ楽しめそうではある。そんな名残惜しい気持ちになりながらも、滞在期間を延ばすこと自体がハルト兄様や父様の迷惑となるかもしれない。
仮にそうならなくとも、そろそろ帰還する頃合いだろう。
今夜、帰還の日時が決定した。それは三日後の朝である。
そしてこの翌日。従者たちに与えた休日四日目の朝。
起床時刻に目を覚ました俺は、王都に戻り領地へ赴いてから数年間は従者たちに休暇は与えられないだろうなぁ。などと考えつつ、夫婦で朝支度を終えた。
「本日は、屋敷にて楽しめるものを用意致しております」
朝食及び、妻は精密検査も終えた頃。屋敷で寛いでいるところに老執事がそう報告した。
本日は、ガーベラの体調が優れないため外出しない。なので屋敷から楽しめる趣向を凝らした演目が行われる。
つまり本日は屋敷から外に出ない、プライベート空間から外へ出ない『二人だけの休日となる』わけだ。
出立は『翌々日』と、二日前に決定している。そして明日は出立の準備に半日費やす予定だ、なので本日も全力で楽しもうと思う。
◇
俺たち、夫婦二人が寛ぐ為の一室。この部屋には、広大な海と、海と屋敷との間にある木々を眺められるガラス質の扉があって、扉は屋敷の庭へと繋がっている。
屋敷の全部屋が当て嵌まるがこの部屋は俺たちの居住空間であり外と繋がっているので、特に厳重な警戒が敷かれている。
そんな部屋に、俺たちに演目を披露するべく三名の魔法師が集まった。
「ご覧ください。先日は舞台という大きな場で行いました演劇を、今日は小さな机の上で披露させて頂きます」
屋敷に訪れた三名の魔法師は宣言通り、小さな演劇を披露して見せた。
微かに流れるミュージック付きだ。
「可愛らしい。先日の再現なのね」
そう、隣に座って一緒に楽しんでいる妻は言う。そして彼女の言うとおりこれは先日の演目の再現だろう。
ミニチュアの人形がテーブルの上で踊り、ミニスケールの魔法を使用する演劇。その他に人形剣舞や召喚魔法を絡めたものなど、テーブルの上を舞台としている演目の数々。
それは実寸大のものと違って観覧すること自体が比較的楽にできて、あまり疲労もせず、気楽に楽しめるものだ。
それを紅茶片手に、茶菓子を摘みながら、偶に目線をテーブルから離して会話したりしながら楽しむ。
ーーーこれが半日続いて、そろそろ燦々と輝いていた日も暮れてきた。
「ーー最後に海に行こう。」
卓上の演劇を終わらせて、俺は最後の娯楽に海を観賞することを選んだ。
「はい。行きましょう、ジークさま」
そう答えてくれる妻と共に、速攻で準備された馬車に乗って先日訪れた淡水の海へ向かう。
◇
先日と同様、この海・浜辺には俺たち以外の生物はいない。加えて海も海水ではない。
だから実際の海とは別物の特別に整備された海なのだけど、それでもここが一番安全で屋敷からの距離も近い海なのだ。
海は、海面に夕焼け色を反射させて橙色。それは王都や領地に戻ったらもう見れないものだと思って、俺は最後に少しだけ感傷的になる。
この感情の変化は俺限定ではないようで、ガーベラやローザたち従者も似たような感慨に浸っている。
ここへ訪れた理由はこれだけ、海を眺めて感慨に浸るだけだ。
計ってなかったから正確な時間は分からないが、それで一時間より少ない。それだけの時間海を眺めて満足した俺たちはそのまま屋敷へ戻った。
◇
屋敷へ戻ってからは夕食を頂いた後、画材を用意して、やりたいことを思い出したように夫婦で夢中になって夜の海を描いた。
翌朝も同じように、夫婦で朝から昼にかけての海の絵を描く。
「初めて描く題材なので、やはり新鮮ですね」
そう言って彼女は夢中で描いていた。
ただ俺は帰還の準備を進めないといけなかったので午後からは彼女一人だけ、という状況に。それでも彼女は夢中で描き続けた。
そして彼女は、半日後には絵を完成させたようで二人だけの簡単なお披露目会をした。
「こちらの『夜』から少しずつ昨日からの時間経過を描いているのですね。昨日の段階では分かりませんでしたが、美しい作品ですわ」
「ガーベラこそ綺麗な作品だ。特に二枚目の描写が細かくて、美しい。滞在をもう何日か延期するか?」
「……はい。数日だけ、お願いします」
ガーベラは、どこか申し訳なさそうに話す。
「気にする必要はない。王城の皆に私たちの見てきたものを披露しよう。明日からは……そう、今日とは違う視点から描くのも楽しそうだ」
「ええ。そう致しましょう!」
次にいつこれるかも分からないのだ。悔いの残らない選択をしよう。
と、いうわけで数日の滞在延長が決定した。
この件はすぐに同じ部屋にいたローザから使用人や従者らに伝えられ、すぐに滞在を続けるための支度が行われる。
そして翌日から数日間、屋敷の内外を問わず俺たちは描いた。互いがモデルにもなったり側近をモデルにしたり、理沙やアリアを描いたりもした。
その他演劇の一瞬を切り取って絵に収める作業なども中々楽しくて、五日間に決まった延長期間を充実して迎えることができた。
※次回更新は、8/23(日)です。