4-30.「結婚式の前日」
今日この朝は昨日までと変わらない、しかし明日は記念すべき朝を迎える事になるだろう。
夢から覚めた俺は、両眼を見開きいつもと変わらない景色を見てそく思う。
明日は俺たちの結婚式が催されるのだ。
「おはようございます殿下」
「おはようローザ、サーシャ」
いつも通りローザとサーシャの挨拶に答えてベッドから降り、椅子に座った俺は彼女達に甲斐甲斐しく着替えさせられる。
今日の俺は変に目が冴えている。普段はここまで気を回していないけど今は彼女達の真剣な表情まで気が回った。
着替えを終え部屋を出るとそのままガーベラ王女の部屋へ向かう。
「おはようございますガーベラ様、早速朝食へ向かいましょうか。」
「そう致しましょう」
俺が部屋の前まで来ると扉が開きガーベラ王女が部屋から出てくる。
そして彼女の手を取り2人で朝食に向かう。
その道中成人式の前日及び成人式当日の朝に着ていたのと同じ、そのドレスについても軽く話したりした。
「このドレスは祖国のお母様から戴いた物でして、愛して育てていただいた私の宝物なんです」
「そうですか。良く似合っておりますから本当に、ガーベラ様のお母様はガーベラ様の事を思われていたのですね」
ドレスの生地に触れて語るガーベラ王女と彼女の話に出てくる彼女のお母様。
ガーベラ王女はセシリア母様とステイシア母様との面識はあるけど、そう言えば俺は婚約者の母と会った事がない。
また機会があれば、ガーベラ王女の事をよく知っているだろうその方と話してみたいな。
食卓の部屋に到着した俺たちは、先に着席していたアシュレイ姉様とリズに朝の挨拶をして席に着く。
そして数分後、珍しく3人一緒に入室した2人のお母様と父様が席に着くといつも通り朝食が運ばれてくる。
そのメニューもいつもと変わらないパンとステーキとスープに紅茶。
朝から肉を食べる生活も慣れたし、使われている食材や調理方法が毎回少しだけ違うので飽きる事もない。
俺はまず紅茶に口をつけてからステーキ肉を切り分け食べる。
俺は転生してから、ほとんど好き嫌いをした事がないのだけど美味しいと感じる料理だってある。
それは調理法というより材料の違いという場合も多く、今食べているステーキ肉は以前食べた時に美味しいと感じた物と同じだ。
顔を上げて周りをみて見るとふと、目が合ったステイシア母様が笑みを浮かべていたから故意にこの肉で調理してくれたのだろう。
何年も前にローザたちにだけ話した内容だったはずだけど、わざわざ用意してくれて嬉しく思います。
ステイシア母様には微笑みを返す。
それから他の料理も食べたけど全て俺が以前好きだと感じ料理で、俺の味覚に合った美味しい朝食を味わった。
最後にいつも通り美味しい紅茶を飲んで皆が食事を終えるのを待った。
そして5分後父が最後に食事を終えると、父様は俺の方に顔を向けて話を始める。
「明日はお前たちの結婚式を行う。
結婚式は両国を繋がりが強くなる瞬間でもあるがそのような事より、神に誓う儀式という側面の方が重要であり更に明日婚姻は結ばれるだろう。
私はお前たちの明日を思い今日行うべきだった予定は全て、昨日までのジークエンス自身に終えさせた。故にお前たちの今日の予定は無い、今日1日静かな時を過ごしなさい」
「御気遣いありがとうございます父様。その様に過ごさせていただきます」
俺が同意したのを聞いた父様は立ち上がり退室。セシリア母様とステイシア母様も部屋に残る皆に手を振り続いて退室した。
アシュレイ姉様とリズも一言話した後に部屋を出て行った。
今日も最後まで残った俺とガーベラ王女。
俺は左隣の席に座る彼女に尋ねてみる。
「ガーベラ様はこの後の予定ありますか? 今日は私も行うべき予定はありませんし、今から2人で話をしたいと思うのですが。」
「でしたら私の部屋でお話しされませんか? 私も今日は一日中ジークエンス様とお話したいと思っていたのです。」
では、決まりだ。
最後に俺とガーベラ様も部屋を出てガーベラ王女の部屋に向かった。
俺が『2人で話をしたい』と言ったが部屋には当然ローザたちもおり、紅茶や茶菓子などを用意するレイランとローザとサーシャの3人以外は壁際で黙って立っている。
今日は彼女と一日中話し続けよう。
俺は彼女の今までをほとんど知らないから話題が尽きる事はない、ガーベラ様の今日この日までのり知りたいな。
◇
朝から3.4時間話して昼を回っても話題には事欠かない。
彼女の事を根掘り葉掘り聞きたいと思っていたけど、『物心付いた時からの記憶』なんて2度目の人生を生きています俺でも少し躊躇する。だから聞かない。
彼女の事は『俺に好意的』で『イルシックス王国の王女』で、『赤色が好き』な『お淑やかなお嬢様』
簡単な言葉にしてみればそれくらいしか俺は知らないのだ。
だからまずは彼女の思い出に残るイルシックス王国での出来事や、彼女の姉でありモナーク兄様と結婚したベルベット王女の話を話して貰った。
彼女は楽しそうに祖国の思い出を語り、俺たちの共通した姉様の事を話してくれた。
俺はその御礼に彼女と初めて出会った3歳の、転生してすぐくらい昔の頃の話をした。
3歳の頃の思い出を詳細に語れるのは転生者の優位性だろう。彼女はその詳細な話を聞いてーー
「ここまで詳細に記憶しているなんて、ジークエンス様は本当に記憶力が良いのですね」
ーーと、純粋な驚きと称賛をくれた。
しかしそこまで話して俺の10年以上の人生は、死にかけたりとか前世に戻ったりとか激動の人生感があった。
しかしその日までの俺は自由気ままに、しかして身分に合う男になろうと中々に楽しい人生を送ってきたんだな。
「ガーベラ様。昼からは私の部屋で話しませんか?」
「はい、分かりました。長い時間座ったままはいけませんからね」
一つの話題、つまり3歳の頃の思い出を話し終えたタイミングで切り出した。
部屋を出て3つ隣の俺の部屋に戻りメイド達が紅茶の準備を始める中、彼女にはソファーの隣の席を勧める。
自室で話す以外に王城内をピクニック感覚で見て回るという選択肢もあったのだが、俺の慣れない事をした翌日特別な日を迎えたくないという思いから思考内で即却下されている。
ローザたちが注いだ紅茶で口を潤して違う話題を投げかける。
「明日はあなたと私の結婚式が行われますね。……ガーベラ様は明日の結婚式の前に私に聞いておきたい事はありますか?」
◇
「聞いておきたいことですか……」
彼女が自らの人生を語ってくれた今。お互いの知っている情報は彼女の方が多いくらいかもしれない。
そんな理由も合わせて彼女に聞く。
彼女は数分間何か悩んだ後下を向いて、俯いていた顔を上げて俺の両眼を見て話す。
「ジークエンス様は私との結婚は嬉しいと思いますか? 聞いてはいけない事だと思っているのですが、どうしても知りたくて伺いました。」
隣で体を緊張させた彼女は真っ直ぐに俺を見て、質問の返答を待っている。
「私は今まで貴方との結婚を思い続けてきました。私の婚約者が貴方であり、貴方と結婚式を挙げられる事は本当に嬉しく思います」
その真っ直ぐな視線に正面から答えてやる。
その俺の本心を正面から聞いた彼女は一瞬の後俯いて、耳や頬を赤くしたままだ。
しかし俺も、改まって言うと恥ずかしいな。
それから俺たちが別の話を始めるのは約5分後で、それまでは静かながら幸せな時間を過ごした。
◇
あれから俺たち2人は夕食の少し前の時間まで話を続けた。
彼女はドレスを着替える為に部屋に戻り、祖国から持って来たのだという可愛らしい黄色いドレスを着て一緒に夕食へ向かった。
そして食卓に全員が揃ったところで今夜の食事が運ばれてくる。
夕食は毎夜毎夜、王城の夕食に相応しいくらい豪華なのだが今夜は更に豪華だった。
照明はいつもより明るく食卓は並べられる皿の数も多い。結婚式前夜を祝福しているのは明らかだった。
「ジークエンスとガーベラの結婚を祝うには1日早いが、それでも祝っておこう」
父様に続いて一言添えてくれる皆に答えてから夕食に手を伸ばすが、この料理はどこか成人式前夜に食べた物と似ている。
王家の食事とは思えないが調理人は同じなので、出来栄えも良いし味も美味しそうだ。
「結婚式前夜はその様な料理で祝うのが建国前からの伝統だ。お前達も食べてみなさい」
ステーキだがどこか野性的なのは建国前の料理だからか。
当時はナイフとフォークは使っていなかったんだろうと考えたりして、ガーベラ王女と一緒に食べてみる。
結果凄く美味しかった。
そして朝食に引き続き、ローザたちやリズくらいにしか話した事がない俺が好きだった料理が並べられたので完食した。
父様は自身が食事を終えて、皆が食事を終えている事を確認すると立ち上がり俺に話しかける。
「ジークエンスとガーベラは今日1日を穏やかに過ごせたようだな。明日は結婚式があるから今夜はしっかりと休みなさい」
父様が退室するとセシリア母様とステイシア母様は俺たち2人を見て微笑み、祝福を待つの言葉を言って退室。
アシュレイ姉様と妹のリズも同じ様に後に続いて部屋を出た。
夕食でも今朝と同じく最後まで残った俺は、一緒に最後まで残った婚約者の手を取り彼女を部屋まで送った。
「それでは明日の朝また迎えに行きます。私も明日が待ち遠しいですがその明日に備えて、ガーベラ様もしっかりと眠って下さい」
「はい。ではおやすみなさいジークエンス様。」
「おやすみなさいガーベラ様。」
俺は彼女に背に向けて自室に戻った。
そして早速寝間着に着替える。
今日はまだ婚約者のガーベラ王女と話し続けられて嬉しかった。明日からは夫婦と考えると恥ずかしいけど楽しみだ。
こうして俺はベッドに入って明日を迎える為眠りについた。