4-29.「彼女達に宝石を贈る」
俺は貧血から転んでしまわないように。お姉様の宝石を落とさないようにゆっくりと歩いて部屋に向かった。
いつもより遅かったがほんの数分歩いて到着だ。目的の部屋の前にはローザと姉様のメイドであるセレノンがおり、そのまま俺は部屋へ通される。
そしてソファーに座って待っていたアシュレイ姉様は俺を見て少し驚いた様子だった。
「大丈夫? いつもより疲れているわ、腰の剣くらいなら騎士に持たせても良かったのではないの?」
「いえ。私が責任を持ってこの品々をお姉様まで届けたかったのです」
そんなに疲れているように見えてたのか。
アシュレイ姉様が魔法で確かめる前に聞く程疲れていると思われていたとは、俺も気持ちを引き締めないといけない。
そう思った俺はソファーに促されお姉様の正面の席に座る。そしてテーブルに宝石が収められた箱と腰に差している魔剣を置いた。
「直接手渡しすると約束をしておりましたのでそれを果たす為伺いました。こちらがオークションで落札した2つの宝石とレギオンの剣です」
鞘と箱を指して説明する。
お姉様もかなり興味があるようで指の先に注目しています。
「ありがとうジーク。それにあと……貴方に見せる約束もしていたわよね? ですからジークがこの宝石を私に付けてくれないかしら?」
「私がですか?」
アシュレイ姉様は宝石の片方……スターラインの箱を開けてよく眺めた後で、箱ごと俺に渡した。
俺も確認すれば入っていたのは宝石が埋め込まれたブローチで、俺はそれを手に取った。
しかしアシュレイ姉様のドレスに付けるとなると、胸より上は露出しており、下は高さが低過ぎたり胸の影に入ってしまうので胸の谷間の少ししたの部分以外はあり得ない。
だから注意はするけど絶対当たるってコレは。
しかしアシュレイ姉様は俺の考えている事に気付いているはずだ。
「どうしたの? 早く付けて頂戴?」
どうやら『神通力の他心通』の魔法で心を読んではいないらしい。
お姉様はソファーに座ったまま体勢は前のめりになり、俺を見上げるようにして言った。
身長はそう変わらないのに俺の目線が上になっているのは、姉様が背中を反って2人の距離を近づけたから。
そんなお姉様が可愛い。
俺とアシュレイ姉様は姉と弟の関係なのに、少しドキッとしてしまった。
ただ『顔を覗き込む』姉様の仕種を意識してるからそう思うだけなんだろう。だけど可愛い仕種なんだ。
「ーー分かりました」
俺は一旦頭の中を整理して姉様の目を見る。
左手でお姉様の細い肩を掴み、胸に触れないよう気をつけながら胸の谷間の部分に丸くて白く輝くブローチを付けた。
そして空いた右手でも肩を掴んでそっと後ろに押し戻す。そして俺も浮かしていた腰を下した。
……俺も、お姉様も顔が赤くなってしまったじゃないか。
俺たち当人からしてもかなり際どいシチュエーションだし、ドレスもかなり際どい。
それに姉様の肩の素肌に触れたのなんていつぶりだろう。
「ごめんなさいジーク。ですが、ほら。今思考していることは忘れてしまいなさい」
そんな思いに浸っていたら急に顔を赤くした姉様から言われる。
恐らく今『神通力の他心通』で心を読んだのだろう。
『ガーベラ様との大事な時期に俺は何考えてんだ』と心の中で反芻しようとする思考を止める。そして頭を一回大きく振り思考を切り替えた。
姉様はこの俺の行動を見て"良し"としたのか、話を続ける。
「私が今着ているドレスはブローチをつけるのに適していませんね。しかしジークの気持ちにも答えてあげたい……」
姉様が迷ってしまわれるなら俺の言葉なんて無視して良いのだけど、それを伝える前に姉様はもう一つの宝石……ユニゾンが入った箱を開いた。
ちなみにアシュレイ姉様のドレスには付けるところがそこしか無かったという事で、胸の少し下の位置に白い輝くスターラインのブローチがある。
そしてもう一つ分のブローチを付けられるスペースは無いのだ。
「この宝石はドレスに付ける装飾品としては大きすぎます。ですからユニゾンの宝石は観賞用ですね」
箱から取り出された宝石は子どもの掌程の大きさがあり、アシュレイ姉様の言う通りドレスに付けるにしては大きいし重過ぎるか。
そして宝石を箱に戻した姉様は最後にテーブルの上の魔剣に目を向け、もう一度俺の目を見た。
「このレギオンの剣もありがとう、あの日は私も楽しかったわよ。では私は満足しましたから次の部屋に向かいなさい」
「はい」
心を読んだアシュレイ姉様の言葉で話は終わる。
俺も満足してくれたなら何よりだ。
いつの間にか用意されていたけど口を付けてなかった紅茶を一口含んでから、この部屋を後にした。
「ありがとうねジーク。この宝石は本当に嬉しかったわよ」
◇
一度自室に戻った俺は、リズに買ってやった宝石を手に取って部屋に向かう。
アシュレイ姉様の部屋から戻ってくる際リズの部屋にローザを送っているので、彼女が部屋に居れば用件は伝わっているはずだ。
案の定、リズの部屋の前には彼女のメイドであるアリスとローザの2人が待っていた。
彼女達に迎え入れられ部屋に入った。
「お兄様! さあ、こちらにお座りください」
自分の左隣の席を進めるリズは朝から元気いっぱいだったが、俺の持っている箱を見て無言で疑問を投げかけて来た。
「私からお前に贈った物が今朝届いたんだ、是非お前に似合うと良いな。」
彼女に向けて片開きの箱を開ける。
中は勿論、オークションでリズが選んだ『漆黒の月』という名の宝石でこれも先と同様ブローチだ。
「あ、ぁ……届いたのですねお兄様! 私、お兄様の結婚式の日はこの宝石を付けたいと思っていたので嬉しいです!」
「リズは結婚式でも付けてくれるのか」
彼女が話す時の表情がとても幸せそうだから俺も、もっと話を聞きたくなる。
「なら今、私にその宝石をつけたリズを見せるのはやめておくか?」
「いえ、今日も見て欲しいです! 見て下さいお兄様!」
そう言って彼女は背筋をピンと伸ばして目を閉じて、今はまだ小さな胸を張って顔は俺の方を向く。
そんな何かを待っている様なポーズをとっているが、話の流れからして口づけではなくブローチを付けて欲しいと言うおねだりだろう。
露出肌面積の小さい即ち、布面積が大きいドレスだから姉様とは違い割とどこにでも付けてやれる。
だけど突飛な事はせず一番似合う左胸辺りに、その『漆黒の月』の名前の通り黒くて丸みのある宝石をつけてやる。
「さあ、瞼を開けなさい」
「……わぁ。綺麗ですお兄様、私の思っていた通りです!」
ドレスに飾られているそれを直接見た瞬間感嘆の声を上げる。
そしてメイドのアリスと騎士候補ライネルが用意した鏡に映った自分を、今度はマジマジと眺めている。
最初はこの暗い色の宝石が明るいリズのイメージに合うのかな? なんて、密かに思っていたりしたけど確かに似合っている。
今着ているレモン色に白色を混ぜた様なドレスにも、漆黒という色は良いアクセントになり結果似合っているのだと俺は考えている。
「付けてみると本当にリズに似合っているな。より一層綺麗が際立つよ」
「ふふんっ、うれしいですお兄様。」
はにかむリズは俺に向けて本当に嬉しそうな絵画を見せてくれた。
アシュレイ姉様もそうだけど彼女達は王女という立場で何でも手に入るのに、ここまで嬉しそうに様子なのは『ジークエンスが買ってくれた』というのが理由なんだろう。
コレはオークションを終えた時と同じ感想になったけど。
「お兄様。本当にありがとうございます!」
そして用事も終えたからと自室に戻ろうとした時の言葉だ。
彼女がそれを喋った時、いつもはマナーを守り笑う時は決して見せない綺麗な白い歯がちらりと見えた。
◇
部屋に戻って来た俺はテーブルの上にある最後の箱を手に取り、3つ隣の婚約者の部屋を訪ねる。
彼女の部屋の前には、ここのところずっと部屋の前を守護している王城付きの女騎士がおり彼女を労い部屋に入る。
「お待たせしましたガーベラ様。今まで退屈しませんでしたか?」
「お待ちしておりましたジークエンス様。明後日の事を考えていましたから退屈ではありませんでしたが、待ち遠しくはありました」
それは俺か結婚式か、いやその2択なら両方か。なんて思いながら俺はいつもの様に彼女の隣に座った。
彼女に与えられたこの部屋には何度も訪れたし、何度も彼女の隣に座ったな。なんて思い出は取り敢えず置いておく。
まずはオークションにて落札し彼女の贈った、ストロベリーチャーチという名の宝石からだ。
「先日のオークションで落札した品々が今朝私の元に届きまして、その中のガーベラ様に贈る品を持って参りました」
そう言って婚約者であり昨夜婚姻が許可されたガーベラ王女に、宝石が入った箱ごと手渡す。
そして彼女の小さな力でゆっくり開かれた箱の中の、小さな宝石を2人で見る。
「あぁ綺麗……です、ありがとうございましたジークエンス様」
「本当に綺麗ですね」
ガーヘラ王女に贈る、赤く綺麗な光を放つ『ストロベリーチャーチ』が本当に綺麗だ。
アシュレイ姉様とリズに贈った宝石と同種の美しさが、今もただ自然と感じてくる。
彼女はこの宝石を手に取り角度や光の反射などを楽しんだ後、手と手が触れる事を気にしながら俺に手渡した。
それから彼女は姿勢を正して胸を張り、先程のリズと同じ様な態度を取り待っている。つまり付けて欲しいという事だ。
彼女のドレス姿はブローチを付けるのに問題はない。なので一番似合いそうだと思った左胸より少し高い位置に付けた。
見た目はと言うとドレスにその装飾の宝石までも赤一色なんだけど、それもまた似合っている。
「目を開けて下さい。しっかりと似合っておりますよ」
「本当……凄く綺麗です。ありがとうございましたジークエンス様」
リズの側近の動きと同じくローザとサーシャとレイランは鏡を用意して、ガーベラ王女の全身を映す。
そこに映ったガーベラ王女はしっかり似合っているのだけど、自分の姿を見て恥ずかしそうにしていた。
「似合っていますよ。このストロベリーチャーチはあなたが付けるからこそ、より一層輝いている」
「そ、そうでしょうか?」
「はい」
ハッキリ言ってドレスと同化した様に見える色の近さにもかかわらず、その輝きはやはり彼女が着るからこそ特別輝く。
そんな甘く彼女を褒める話題などで昼近くまで話した。
「私に贈って下さり本当に嬉しいです。ありがとうございましたジークエンス様!」
部屋を出て自室に戻る前は皆感謝のメッセージを送ってくれたけど、それはガーベラ王女も同じ。
彼女が本当に嬉しそうな事に婚約者として本当に嬉しく思った。
◇
オークションで落札した品々をアシュレイ姉様とリズとガーベラ王女に配り終え、その後部屋を訪ねてきたガーベラ王女と夕食前まで話しをした。
そして連日と比べて大差ない夕食を食べた俺たちは、連絡何も言われないまま部屋に戻り眠った。
ようやく明後日は結婚式であり、明日はその前日。それが本当に楽しみだった。