4-20.「~舞踏会(6) あなたに楽しんでほしい~」
メルティは女騎士としてそれ相応の体力を持つ。
そのうえ上手く踊れて楽しくなったのだろう。今夜の俺は甘やかしいだから、ダンスに夢中の彼女に付き合って10分くらい踊り続けた。
彼女の力強いステップは俺が、ダンスの中で王城の舞踏会に合うものに誘導させた。
これで悪い癖も抜けてこれから少しは、上手く踊れるようになっているだろう。
今夜の為のおめかしも綺麗な素肌も可愛らしいドレス姿も相まって、今のメルティは武力で主人を守護する騎士というより貴族家の令嬢の方が合う。
現に俺達の踊る姿を見ていた令嬢数名が「綺麗……」と声を溢していた。
同性の美少女から容姿を素直に褒められて普段の彼女なら照れているだろうけど、俺の手を握り一緒にローザ達の元に戻るメルティにその事を気にする素振りはない。
踊っている最中からかなり集中していたので、その言葉が聞こえていなかったのだろう。
「メルティが楽しめたようで私は嬉しいよ」
「ジークエンス様……ありがとうございます。今夜の出来事は一生忘れずに心に刻みます」
約束であったローザ・サーシャ・メルティ達との舞踏会でのダンスはこれで果たした。
彼女達皆が今までダンスの練習をしていた事には少し驚いたけど、その成果を発揮する場を用意して、俺の相手をさせてやれてよかった。
そんな事を考えながら2人で皆の元に戻った。
そして繋いでいた左手を離すと、近寄って来たガーベラ王女が俺の目を見て話しかける。
「ジークエンス様。私ともう一度踊って頂けないでしょうかーーそして彼女達とも踊っていただけませんか?」
婚約者からダンスのお誘いが3人分、ガーベラ王女が言う『彼女達』とはレイランとフルマルンの2人の事だ。視線誘導で確定した。
俺もガーベラ王女はレイランとフルマルンにも舞踏会を楽しんでほしかったけど、俺の近くに居るばかりに他の男から誘われない。
ーー俺にも責任の一端はあるようだし、婚約者のお願いだし踊ってやろう。
「分かりました。しかし、レイランやフルマルンとの舞踏を楽しむのはガーベラ様と踊りを楽しんでからです」
という訳だ。
初めはガーベラ王女から楽しんでもらうぞ。
俺はガーベラ王女の手を取ると、舞踏会ダンスの定位置てある中央まで移動し響く曲調に合わせて踊る。
今かかっている楽曲はクラシック系だけどその中でも、とびきりお淑やかで静かな曲。
ガーベラ王女にお似合いの綺麗なメロディだ。
◇
俺の婚約者は今夜俺と踊るのは2回目という事で、最初の時よりリラックスして踊れていると実感する。
このダンスの都合上、踊りの最中互いの顔が凄く近くなる時があるのだけど気恥ずかしい。俺達はまだ口付け……キスもした事がない間なんだから。
他参加者の中にもそのままキスする不節操な者は居ないけど、多くは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。
そんなこんなで5分間ゆっくり静かに踊り終えたのでガーベラ王女とローザ達の元に戻った。
「レイランから相手をしていただきなさい」
レイランはしゃがみ込んで礼を取ろうとしたみたいだけど今着ているのはドレス。慌ててカーテシーで俺に無言の返答をする。
主人のガーベラ王女から指名されたレイランが、次の相手だ。
レイランの手をとって再び会場中央まで進み彼女に向き合う。
「レイラン。聞くが踊りの経験はあるか?」
「はい。多少でしたら踊れます」
先程まで完璧に踊りきった俺の「踊れるか?」との問いに答えた言葉から、恐らくレイランも経験はあるらしい。
しかし動きの全てが全て緊張からカチカチなので、彼女の純粋なダンス技能は当てにしない。
「ならば私の動きに身を任せなさい」
緊張が解れていないからか両手をとった状態が、2人で輪を作っている様に見えてしまう。
そこで俺は右手を離してレイランの肩に手で触れる。
「い、如何しましたでしょうか……」
「お前は変に気を入れ過ぎだ。だから力を抜いて楽にしなさい、慣れてきたら自分の意思であ踊ればいいから」
俺は肩に置いた手に魔力を伝わらせるとそのまま右手首まで下ろして、ドレスの上から緊張を和らげて再び手をとる。
そして少し遠くに見えるガーベラ王女の目を見やりアイコンタクトをとると、曲調に合わせてダンスを始める。
今踊っているのは一番簡単なステップだが、一瞬で慣れを見せたので別のへと変えてゆく。
先の間接的接触も少しだけ効果が見られた。
そして途中から聞き始めたにしてはメロディは少し長い7.8分程度。その曲が終わった頃にレイランがちょうど足を止めたので彼女とはこれで終了だ。
直後ローザ達の元に戻った俺達、そしてレイランは再びカーテシーで礼を伝えてくれる。
「この私がジークエンス殿下と踊っていただけた事には本当に感動しましたし嬉しかったです。殿下に感謝を申し上げます」
「私からもありがとうございます、ジークエンス様」
ガーベラ王女からも感謝の礼を戴きました。
それに『お前達の目的は俺なのかよ?』と思うくらい仲間内での人気が高いよな、俺って。
「構いませんよ。……してレイランの次はフルマルンですね」
「はい。よろしくお願いします」
言葉だけを聞くと親に背中を押される人見知りの子供のよう。
そして実際フルマルンは細腕ながら女騎士であるが、今夜はそうとは思えない可愛らしいドレスに身を包み今俺の前で恥じらっているただの少女。
自らの比喩表現ながらガーベラ王女を母親、フルマルンを娘とした事がおかしくて笑ってしまいそう。
ーー俺は勿論笑わないで、フルマルンの手をとり皆と同じあの場所まで。
「お前は今まで踊った事はあるか?」
「舞踏会で披露出来る類の踊りはありません、申し訳ございませんジークエンス殿下」
頭を下げて謝罪するフルマルン。
「謝る事ではない。しかしお前はただ自然に私の動きに合わせなさい」
この時ちょうど、楽曲の音色がアップテンポになったけど、初心者のフルマルンでは速いリズムになるのは難しい……と思っていたけれど3分踊っていたら慣れたみたいだ。
フルマルンの話す『舞踏会で披露出来ない類の踊り』で慣れていた又は、天性の運動神経の良さからだろう。
でも俺は『実は今日まで練習を続けていた』可能性なんかを考えてしまう。しかしフルマルンが嘘をついてまで隠す事では絶対にないので、当然だけど不正解。
約5分程度2人で踊り終えたところで俺とフルマルンはローザやガーベラ王女らの元まで戻った。
◇
今、俺達仲間内で一巡踊ったけど舞踏会とは元々そんなループを繰り返す場所ではない。
でも他参加者は誰も近付いて来ないし、そんな状態で俺が適当な誰かに話しかければ面倒になると予想出来る。
周囲からは元々ローザ達は俺の女だと勘違いされているし、悪い噂でも回っているわけではない。
ーーふと、こちらへ近付く足音に目を向ける。
舞踏会参加者の令嬢が1人。確かミゲルだけを一心に狙っている娘だ。
少し後退るミゲルが俺の近くまで寄ってきた、そしてその少女はカーテシーのまま話し始める。
「初めてお目にかかりますジークエンス殿下、王女殿下そしてミゲル様とサーシャさん。私スカッチ子爵家次女ユーリン・スカッチと申します。
この度はミゲル様に私のお相手をして頂きたく、声をかけさせて頂きました」
「私は構わない。ミゲルと2人で話を続けなさい」
俺はミゲルの名前を出して彼女と2人で話をつけなさいと暗に指示する。
これに従うミゲルは、そこから少し離れた場所でユーリン・スカッチと砕けた口調で話す。つまり知り合いなんだろう。
「殿下。大変申し訳ないのですが、少しだけ彼女とこの場を離れてもよろしいでしょうか?」
目醒めてからすぐのこと。
そういえばミゲルには何かご褒美をあげたいと思っていたんだ。今日は思う存分踊らせてあげよう。
「あぁ、構わない。そして時間を気にする必要はないから思う存分2人で楽しんできなさい」
「はい。ありがとうございます殿下」
「ありがとうございます」
ミゲルとその隣に立つユーリンは、それぞれ執事の礼とカーテシーで礼をとると離れていった。
今まで女性陣には楽しませてやれていたけど、これでやっとミゲルも楽しんでくれる。




