4-19.「~舞踏会~(5) ~彼女達と踊る約束~」
音楽が始まってから10分程度経っただろう頃、俺達が踊り終えると楽団の演奏は終了する。
俺達2人で一曲踊り終えた。
立ち尽くす他参加者の姿から結局俺達以外は誰も躍らなかったようで、ローザ達がダンスを観ていたくらいだった。
俺もガーベラ様も夢中になって上手く踊れたはずだ。彼女もそう感じているだろうし傍目のローザ達からも『上手く踊られていた』と見えただろう。
そして楽器の音色に魅了されていただ参加者は皆、演奏が止まると次々に何かを思い起こす様に正気に戻る。
ここから確認出来る演奏楽団が扱うあの楽器は立派な魔道具だ。
音色を聴いた者を魅了し聞き入らせる催眠の類の品で、それを自覚すると催眠に抵抗して効果は薄れる。
別にそれ以上の効果はない。
「私は、今まで何を呆けていたか……」
「ジークエンス殿下と婚約者殿下だけが、今まで踊られていたのか」
「すみませんティア様。貴方も私もあの音色に夢中であったらしい」
先程までの音色に魅了されていたのだと気付いた他参加者達は、俺ことジークエンスとその婚約者殿下のガーベラ王女が踊られていた事に少しずつ気付き始める。
恐らく先程の音楽は、俺とガーベラ王女の2人だけを初めに踊らせる為の図らいだろう。楽団も中々粋な事をしてくれる。
そんな事を思っていたら直後に次の一曲、別の音色が始まる。
これは先程と曲調を比較するとゆっくりに感じる。
しかし良い曲だ。
この曲には皆抵抗して踊り出す参加者達も出て来た。
そして俺は繋がらていた彼女の手をもう一度意識する。
「もう一度踊りましょうか。」
「はい。」
俺の誘いに赤いドレスを纏うガーベラ王女は承諾して、俺達は今夜2度目の踊りを楽しんだ。
◇
2曲目からの音楽は流れ続けていたが曲と曲の間で途切れるところがあり、彼女の体力なども気にしてここで一旦休憩。
10分くらい静かに踊り続けた俺達はローザ達の元に戻った。
ローザとサーシャとメルティ、レイランにフルマルンそしてミゲルの全員が揃っている。
彼女達に「お前達はそこで待機していなさい」なんて待機命令は出していない、そして全員が揃っているという事は未だ誰とも踊っていないという事。
ふと周囲を見渡してもーー
「今、ほら殿下が私を見てくれましたわっ」
「いえ私……私もですね。」
「違いますわよ、私達がジークエンス様に声をかけて頂けるはずがないでしょうに……はぅ」
俺の聴覚情報では俺を狙う令嬢達に、少し離れた所でその令嬢達の言葉に小言を言いながら俺を見て俯く令嬢。
彼女達も含めて貴族の家系は全員美形なのか、もしくはこの会場には顔が良い者しか集められていないのではないかと思える。
それだけ舞踏会の参加者は皆顔が良い。
そしてまた別の場所ではミゲルを見つめる視線が4人分。彼女達にダンスの相手は居らず、ただミゲルの事を狙っているのだろう。
全員初対面の間だと思うけどミゲルは子爵家出身の第三王子の側近、婚約を狙う理由も理解できる。そんな事考えていなさそうな娘も居るんだけどね。
だが全体的にミゲルより俺目当ての女性の方が多い。やっぱり王子という地位はモテるんだろうな、なんて思う。
ちなみに男とは視線が合わない。多分ローザ達が俺の女だと思って見ないようにしているんだろう。
だから誘われていないのか。
繋いでいた婚約者の手を離した俺は、一度彼女を見る。
「私、少し踊り疲れてしまいましたからしばらくの間ここで休んでおります」
「はい、分かりました。」
俺の近くに居るばかりに誰からも踊りに誘われない、その事に少し安心した気分になる。
よし今から彼女と踊ってやろう、何よりも俺から彼女達と約束していた事だからね。
「ローザは確か踊れたはずだが、今も踊れるか?」
「はい。メイドとして殿下の練習相手となる為、この3年間練習を欠かした事はありません」
そう言いながら若干距離感を掴めずにいるローザ。
ーーしかし良い意気込みだ。
差し出した手を取ったローザをダンスが出来る距離まで引き寄せた俺は、先程まで踊っていた場所まで彼女を連れて歩き楽団の音楽に合わせてダンスを始めた。
どうやら『練習を欠かした事はありません』発言は本当のようで、互いに気にせず踊れるくらいには上手になっていた。
「あぁ私、この時を夢見ておりました……ですが決して実現する事がない夢と思っておりました……」
踊りながら感涙の涙を流すローザ。
「……ありがとう」
俺も涙を流してくれるのは嬉しかった。
踊り続けながらある一瞬一番顔が近付くタイミングで耳元に囁いてやる。音楽の響く音で聞こえないから耳元で囁いた訳だ。
そんなこんなで彼女とは夢中で10分間踊り続けた。
ローザが泣き始める前までのステップは簡単だったけど、その後からはかなり俺がサポートしていた。
俺は1度ローザと共に皆の元に戻った。
「ありがとうございました殿下」
そう告げるローザの声に答えた。
そしてお次はサーシャの手を取り前2人と同じ位置あたりまで再び向かい、踊り始める。
結果サーシャのダンスはローザと同じくらい上手かった。
「私も、ローザさんと同じく今日まで練習を続けてまいりました」
そのダンステクニックから察するに本当の事だろう。
「お前達は私が目を覚ますと信じて、今日まで練習を続けていたくれた事は本当に嬉しいよ、ありがとう。
そしていつものメイド服とは違う今日のサーシャは、いつもより美しいよ」
ダンスで揺れ続ける髪を更に揺らす彼女にも耳元で、『美しい』と本心を囁いてやる。
その直接的な言葉の後から目に見えてステップのミスが増えるサーシャ。耳元で囁くのは効果的なようだ。
実際サーシャは衣装から踊りからその姿が美しい、綺麗だ。
比較なんてするべきではないけど、とりあえず今踊っている会場内の誰よりも綺麗で魅力的に見える。
結局10分程度踊り切った俺とサーシャは皆の元に戻る、そしてサーシャはダンス中に俺に囁かれてからずっと顔を赤くしていた。
俺は彼女と繋いでいた手を離して最後の最後にメルティをダンスに誘う。
「メルティ。お前は今日まで踊った事はあるか?」
「いえ。剣舞なら行った事はありますがこの様な様式の踊りはもありません、せいぜい足の動きを合わせられる程度です」
広い会場の中央辺り。
先程まで皆と踊っていたあたりで聞いてみたのだけど、メルティはダンスの経験がない。
ーーならば俺が完全にリードしてあげよう。
「私にその身を任せなさい。お前が舞踏会を楽しめるようになるから」
「はい。殿下にお任せいたします」
メルティが頷いたところで俺は、音楽に合わせて上半身でリズムをとり始める。そしてだんだん下半身も使ってリズムをとる。
「今だ。右足を踏み出しなさい」
この初めの指示以降言葉を交わす事なく2人は踊る。メルティとの曲は、先程までかかっていたどの曲の音色よりも明るかった。
そしてしばらく基本のステップを踏んでいると、彼女も慣れたのが見て分かる。
「殿下、謝罪を申し上げて宜しいでしょうか」
「話しなさい」
踊りながら、急に喋り始めたメルティの謝罪を聞こう。
「実は……殿下に隠れて踊りの練習をしておりました。3年間の間も欠かさずです。ですが私は踊りが上手ではなく普段はここまで踊れないので隠しておりました、申し訳ございません」
実は練習はしていたけど上達はしなかったので、初めて踊ったと嘘をついたと。
「今はそんな事は忘れて足の動きに気を回しなさい。……いや、そんな事に気を回さないで構わないから『私と踊っている』この瞬間を堪能しなさい、踊れると楽しいだろう?」
俺のダンスが上手いから彼女が下手でもカバーできる。
今日は成人祝いの舞踏会なんだから、理由のある嘘に目を瞑ってやるくらい吝かではないさ。
「はい!」
素直に力強く答えたメルティと共に踊り続け、彼女達の素敵な思い出となるように俺も踊り努めた。
ローザとサーシャとメルティのいつも共に時間を過ごす彼女達が、この時間を楽しんでくれているようで俺は嬉しいよ。