4-7.「成人前最後の夕食」
あのあと夕食前という事で姉様達はそれぞれ部屋に戻り、部屋には俺とローザ達だけが残った。
俺は座ったまま、メイド達が紅茶やケーキが入っていた食器を片付けているのを眺めている。
姉様とリズとガーベラ王女とは成人式以外にも色々お話して楽しかったけど、俺が王城を離れたらそれも出来なくなる。そう考えると今の静かな部屋の雰囲気も相まって、寂しいな。
先程まで上着は預けていて着用していなかったけど、時間が経つにつれて少しずつ肌寒くなるのを感じる。
既に窓の外の太陽は沈んでおり灯りは照明設備のみ。
そして現在時刻でも時計が夜だと指しており、そろそろちょうど夕食に向かえる時間だ。
俺は立ち上がるとローザに上着を着せさせ部屋を出て、食卓の部屋までエスコートする為ガーベラ王女の部屋を訪ねた。
部屋の前に立つガーベラ王女の執事ダン・クランクの挨拶に応え、扉が開くと部屋で待っていたガーベラ王女の手をとる。
「手を取りくださいガーベラ様。早速、今夜の食事へ向かいましょう」
「はい。ジークエンス様」
彼女の纏っているドレスは薄く静かで、優しい赤が基調色のすらりとしたドレス。
「今夜のガーベラ様も御美しいですね。いつもと印象が異なるそのドレスも実に、ガーベラ様に似合っておりますよ」
そのドレスはガーベラ王女が先程まで纏っていたイルシックス王国のドレスとは印象が異なり、彼女の雰囲気も相まってかどこか少し大人の女性に見えるのだ。
「今夜のドレスは少し、大人らしい女性を意識したいと考えておりましたから。ありがとうございますジークエンス様」
今夜は特段お淑やかにみえる彼女を、隣で歩く俺は綺麗だと思っている。
そして食卓の部屋まで歩いた俺達は、既に待っていた姉様とリズに挨拶していつもの席に座った。
その後入って来た母様達や父様には食卓を囲む4人全員で声を掛けて、父様が席に着くと夕食が始まった。
◇
今夜の夕食は少し特別だった。
一品目から最後まで見た事がない、そして王家の食事らしからぬがシェフが逸品に仕上げた料理の数々。
それもそのはず今夜の夕食は王家の者の成人前、つまり俺の未成年最後の食事を祝った特製料理だから。
「これらは王家の子が成人の前日に堪能する料理、建国前から存在し今まで続いている古い風習だ」
という事で父の言葉から想像できる通り狩りをして暮らしていた建国前のモナーク・フラムガル王、その旅の一団時代の風習だろう。
獣肉が多く野菜も少ない筈だけど美味しい。
昔から成人前にしか食べれなかった御馳走だったんだろう。栄養バランスが偏った料理でも美味しいかったらいいんだよ。
そんな料理人がいつも以上に力を入れていただろう夕食を完食して、みんな温かい紅茶で口を整える。
今夜はステイシア母様が最後に食事を終えた。そしてそれを確認した父様は少し時間をおいて、右手のティーカップを置いて話す。
「明日はジークエンスの成人を祝う式がある。そして夜は王都の貴族達を招き舞踏会を開催する予定だ。
ーージークエンスが今日まで起きずに眠り続けたままだったなら、城では成人式も勿論舞踏会も行わなかっただろう……今夜は実に美味しい料理だった。皆今夜は早く部屋に戻りなさい」
一瞬国王とは別な感情で感慨に耽っている風だった父様。
そんな父は食事終了の宣言をすると立ち上がり初めに部屋を出る。
「明日は大切な日ですからゆっくり休みなさい」
「明日疲れてはいけないから今夜はしっかり眠るのよ」
「分かりました。ありがとうございますセシリア母様、ステイシア母様」
続いて部屋を出る前に、声をかけてくれたセシリア母様とステイシア母様。
「おやすみなさいジーク。私も明日を楽しみにしています」
「お休みなさいお兄様! 明日のお兄様の姿を見れるのが、私は待ち遠しくて楽しみです!」
「ありがとうございます姉様リズも。私も明日が楽しみです」
アシュレイ姉様とリズも声をかけてくれてから退出して、最後に食卓の前に残ったのは俺たち2人だけ。
「行きましょうガーベラ様」
「はい」
◇
父様も2人の母様達も姉様も妹のリズも。皆俺たちの成人を祝福してくれて喜んでくれて、俺もこんなに嬉しいことはない。
「では明日の朝も迎えに行きますから、今夜はゆっくり休んでください」
「はい。ジークエンス様もゆっくりお休みになって、私達の明日の成人式を迎えましょう」
そこで俺はガーベラ王女と別れて3つ隣の自室まで戻った。
皆からあれだけ休むように言われて「俺はそんなに疲れているのか?」と自問したけど多分疲れているんだろう。そういえば今日は結構な量の血液量を採血していたや。
早速寝間着に着替えた俺はベッドに入り、今日と明日の事を考えながら夢に堕ちる。
思えば唐突に3年の眠りから覚めた俺は、そのあと割とすぐにガーベラ王女と再会して明日成人を迎える。
目覚めるのが少しでも遅かったならガーベラ王女は眠っている俺と結婚して、父の言う通り王城では成人式は行わずにガーベラ王女は悲しんだだろう。だったなら俺は本当に、良いタイミングで目覚めたと言える。
あぁ、それは本当によかった。