3-42.「二つの国の刀」
ヘルビーゴーストの骨の横には、3冊の本がちょこんと置かれていた。
表紙にはいくつも模様が刻まれており、リズの細腕と同じくらい分厚いあの本は……
「魔導書か?」
「はい。こちらは東方の国々で有名な魔導書でして、しかし我が国では未知の記述が多く記されております。この魔導書は2冊ずつ王家に献上されたと聴いておりますが、用意させていただきました」
魔導書はいわゆる魔法の類の資料集みたいなものだ。
我が国で未知という事は、海の向こうの研究成果のだろう。普通に読んでみたい。
しかも手にとって触ってみた感触から、日数かけて海を渡ったとは思えない程状態が良い。これも確定だな。
台は5メートルくらいの長さがあったけど、商品はこれで終わり。
デカい絵画や2種類の骨がかなり場所を取っていたので商品は少なかったが、金を使ってもいい物がいくつか見つかった。
「ガーベラ様にリズ。何か気になる物は見つかりましたか?」
思えばこのラインナップ。
論外の絵画と観賞用の剣&盾に、迷宮産の死骸に異国の魔導書と2人が好きそうな物はなかった。
「残念ながら、この部屋で気になった品はありませんでした」
「私もです。ーーお兄様とお姉様は何を買うのですか?」
案の定。女性受けする物はなかったので2人の欲しい物は無し。
もし用意してたら買ったのにね。オークションも急な商売チャンスで焦ってるのかもしれない。
「私は迷宮竜とヘルビーゴーストの骨に、魔導書を3種類買おうと思う。姉様はいかがですか?」
「私は結構よ。ジークは骨を数箇所しか使いませんから分けて使いましょう」
東方の魔導書も姉様なら興味があると思ったけど、王家に献上済みの品ならいつでも読めると考えているのだろう。
結果。迷宮竜とヘルビーゴーストの骨に、魔導書3種類買うことが決定した。
「聞いていたか? 迷宮竜とヘルビーゴースト骨と魔導書3冊を買おう。商品はいつも通り王家に届けろ」
「かしこまりました」
後日、王城に届いた商品に代金が支払われれば買い物終了だ。
王家が金を出すんだから値段を知る必要は無いんだけど、結構高価な買い物をしてるんだろうな。
貴賓席を立ってから今までの経過時間は40分くらい。暇潰し大成功。
『流石に部屋に戻るのかな?』とマグヌスとクラウディア母様を見やれば、母様にメイドが耳打ちしている。
話を聞き終えた母様は一瞬考えるそぶりを見せた後、俺たちに語りかける。
「食品類のオークションが終了するまでまだ時間がありますので、新たに別の品を用意致しました」
部屋に戻るつもりだった感情が俺の中で一変。
新たに部屋に入ってくる刀を抱えたメイド2人と、平民のような服装に身を包んだ美男美女達。新しい商品は『刀』と『奴隷』かな?
◇
新しい商品が部屋に入ってきた事で、先行購入も仕切り直し。
メイドは抱えていた『刀』計4本を台の上に置き、同じく推定商品の奴隷は台の前に並んだ。マグヌスと俺達が台に近寄れば、もう一度彼の商品説明が始まる。
「ジークエンス様は刀をお探しのようでしたので、観賞用『千輪紗』と実戦用『拝徒』の2種類を用意させていただきました。
観賞用は鞘や柄の部分に加えその刀身にまで彫刻がなされております。そしてこの実戦用は、抜刀速度と耐久性の高い我が国で作られた刀となります」
「ほう、我がジークハイル神仰国で作られた刀か。そしてこちらの作品も中々だ」
やはり見栄えでいうならば、セルバータ王国産の観賞用『千輪紗』のほう美しい。
鞘と柄の模様は彫りと紐の巻き付け。刀身は美しい模様で切り抜かれている。
しかし何故だか分からないけど、不思議と手にフィットして更に及第点の耐久もある。俺や姉様の様に刀の扱いが上手い人が振るえば並以上に戦えそうな性能だ。
逆に実戦用と銘打ったジークハイル産の刀『拝徒』はと言れば、流石に『千輪紗』より耐久性は高いが俺の持つどの刀よりも重く、扱いづらい。
抜刀速度が魅力らしいので、周りと距離をとって全力抜刀してみたさ。結果スペード感は並だった。
「この刀いいわね。ジークも欲しいでしょう? 2人お揃いですし買いましょうよ」
「分かりました姉様、そう致しましょう。ーーマグヌス刀は4本全て買おう。後日王家に届けなさい」
「かしこまりました」
この国の刀は本場に比べたらまだまだだけど、『我が国で作られた刀』のブランドが嬉しのか姉様も上機嫌。かく言う俺もその肩書きが嬉しい1人なんだけど。
ーーしかし実際は七番手の刀。いつ使われるか分からない記念品。宗教的な名前の刀。使われずに一生倉庫で眠り続けるだろう予感がします。
そして『極彩色抜刀術究極式、先天扇子』は複数の刀が必要な技だけど、それも水魔術+氷結魔法で即席の刀を作れば事足りてしまう俺。
『アシュレイ姉様とお揃い』以上の価値を持つ武器は存在しないが、実戦で使ってやれないのはちょっと不憫。
「ジークエンス様、奴隷の説明を致しますがーー」
「ーー私は必要ない。アシュレイ姉様とリズは買われますか?」
その服装は豪奢でなければ、粗末に扱われた奴隷のようでもない。普通の平民と同じ服装だ。
しかし商品として丁重に扱われている彼ら彼女らは奴隷。顔と身体がいい奴隷を結婚前の婚約者の前で吟味するなんて、俺には無理だ。
しかしそもそも貴族が奴隷を買う事は珍しくないし、清楚清純なメイド候補に聡明そうな執事候補。筋骨隆々な衛兵候補と婚約者の前でも買える一般奴隷を選抜してくれたところを見ると、配慮してくれたと分かる。
「では、私に説明してくれるかしら?」
台の前に並ぶ一般奴隷に、アシュレイ姉様は興味津々だ。
姉様の目線の先には可愛い女の子。姉様は同性愛者ではないので、その用途は過激な愛玩目的ではないだろう。