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3-19.「偽名」

 朝食を終えた俺はガーベラ王女らと別れ、ローザ達を連れて部屋に戻ってきた。


 結婚式の予定確認とガーベラ王女に俺の3年を伝える事。血液を容器に注ぐ事と私の今日の予定は、俺一人で完結させられるものがない。

 なので今俺がするべき事は、家名を決める以外に無いのだ。

 そして思い付かない。



「メルティ、お前は成人後私の騎士になるだろう? 家名は決めたのか? 決めているなら参考に教えなさい」


「私の家名ですか?」



 騎士には騎士爵と呼ばれる爵位制度がある。

 騎士はその身分に合わせ騎士である事を示す士爵。その上の男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の6つの爵位のどれかを持っている。

 それは貴族爵とは違い領地を治める力は持たないが、貴族爵の位と同等の立場を持っている。


 なので俺の騎士候補のメルティも家名を考えているはずだ。

 今の彼女の実家は税金を払って家名を名乗っているらしいが、剣術集団と王子の騎士の家名が同じなんてあり得ないので何か考えているのだろう。



「私の考えが参考になるか分かりませんが、私は名前はメルティ・スペルピア。私の家名はスペルピアとなります」


「いい名前だ。だがその家名はどうやって決めた? その経緯を聞かせろ」


「私の姉の名前がスペルピアなんです」



 参考にするのは俺なので心配無用。

 彼女の家名はスペルピア。スペルピア卿。スペルピア士爵。

 可愛らしい名前に可愛らしい家名が加わり、騎士の名前らしくないがこれも良い。


 だが新しい単語を聞いても意味はない。彼女がそれを家名に決めた理由があれば、家名の決め方の参考になるかと思い聞いてみたんだが姉の名前か。

 彼女がこれ以上離さない事を考えるて、言い出しづらい話題なんだろう。無理には聞かないさ。



「それの詳細は必要ない。だが他人の名前か、もうそれが無難なのかもしれないな」



 ジャンルが『他人?』な俺の前世の名前。

 相良 燐がつい先日まで使っていた俺の前世の名前。表記はサガラ・リンorリン・サガラとなる。


 それに時間をかければ、有数だがかなりの世界の前世から名前が用意出来る。

 そこから吟味しても良いかもしれない。



「……いや、それはいけない。人生を終えた者と同じ名前を使うなど違っているだろう」



 だがタイムリミットは4日後と、もうほとんど時間がない。

 妥協案はリン及び前世の名前から相応しいものを選ぶとして、それまでにどうするかを決めておこう。


 家名一つ決めるのに俺はここまで考えを長引かせている。

 だが自分の名前を決めるのに、前世及び他人任せは嫌なんだよね。



「殿下。家名が決まらないならば、ご自身の偽名を決められてはいかがですか?」


「偽名? 私がジークエンス以外の名前を使うのか?」


「はい」



 部屋に帰って来てからずっと、散々悩んでいる俺を心配してかローザが偽名作成を提案して来た。


 偽名なんて何に使うか分からないし、これまた悩みそうな難問だ。

 どんな意図があって言ったんだろう。



「殿下は先日秘密で城下に降りられましたがその様な事があった時、これから先必要になると思います。家名を決める息抜きに決めてみてはいかがですか?」


「そうしよう、私も頭を切り替えたかったところだ。偽名ならば替えも効くし捨てられる。簡単に決めてしまおう」



 ガーベラ王女が来て3日目。成人式まで残り4日しかないが、その日までにやらなければならない家名決めを一旦放って偽名を考える事にした。


 先の考えを記していた紙をしまい、新しい紙を取り出して案を書き記していく。


 家名は後世に残るものだが、数回使ってしまいの偽名ならば案が沢山出てくる。

リートリヒ。ファンタズマ。グラミカス。ジョーカー。リンダース。フェルナンドフェルト。バチュラ…。

 家名なら気に入らなかったものだが、どれも偽名としてなら良しと思えるものばかりだ。


 そしてもしかしてローザは、簡単なものから考えてやる気を出させようとしたのかな?

 だとするなら素晴らしい働きだ。

 一度冷静になって恥ずかしい名前と思う名前に線を引き、数十の中から選りすぐりで選んだものを偽名に決めた。



「おいローザ。……どうかしたか?」



 何か悪い事でも思い出したかの様に、顔が真っ青になっていくローザ。

 どうしたんだろう。実は格式的に、王族が偽名を考えるのはNGだったとかかな? それともそれを提案したからか?



「どうかしたか? 事情があれば全て私に話せ」


「申し訳ございません殿下っ! 殿下に偽名を考るよう提案するなど、殿下と王家を侮辱しているも同じです。許されざることを私は、私は……」


「黙れ、声を荒げるな。謝罪なら私の正面に座れ」



 うるさいので椅子の向きを変え、対面する椅子を用意させて取り敢えずに座らせる。


 俺の顔を見たまま行った本気の謝罪。

 小さい頃から共に育った彼女の俺に対する忠誠心は高い。

 ローザが嘘をつくなんて今まで一度もないし、彼女は本心を伝える時俺の顔を見て話す癖があるから本当だ。


 だが事態は深刻らしい。

 張本人のローザの他にサーシャと婆やとミゲルと入って来ていたメルティの、強い罪悪感やら困惑などの心地悪い感情で緊張感ができている。

 ローザが謝罪して済む雰囲気じゃない。



「最初は殿下が家名を決める作業で悩んでおられた際、殿下の作業の一助になればと進言致しました。

 申し訳ございません、全て私の失態でございます。その時の私はその無礼を考えもしていませんでした。かくなる上は私の命でどうか……」



 椅子に座り、俺の顔を見つめたローザは最初から言葉を詰まらせながら謝罪を言葉を口にした。


 ふーん、無礼なんだな。

 分からなくはないけど、死を選択肢にしようとする辺り馬鹿らしい。


 彼女達にはこれまで優しく接して来たはずだが、俺と王家に間接的だが無礼をしただけで殺す程俺一番のメイドの命は軽くない。

 今まで一緒に過ごしてきて、ローザは俺がそういう奴ではないと知っているはずなのに、まだ緊張感を高めている。

 その不安を払拭してやろう。



「お前が私に提案しただと? 図にのるなよローザ、家名を決める傍ら偽名を決めようと考えたのは私だ。早く立て。謝罪一つで許してやろう」


「あ……ありがとうございます、ジークエンス殿下。ーー殿下の思想を私の提案と偽った事を謝罪します。大変申し訳ございませんでした」



 俺の必殺『ローザは何も言っていない。この件は全て俺が考えた』と言う作戦。

 俺の真意に気付いたローザは相変わらず俺の顔を見つめながら涙を流し、椅子から立ち上がって感謝の言葉を伝える。


 俺も使用人とのコミュニケーションはかなり取れていると思っていたが、これも3年のブランクのせいなのか。そういう事にしておく。

 『まったくもってどうでもいい』と『自死覚悟』の感覚のズレは、王家の人間か否かの差なんだろうか。部屋にいるサーシャやメルティ達も、この良くなった雰囲気で少し明るくなっていた。



 ローザはとろ〜んと充血した涙目で、尚も俺を見つめ続けている。

 焦がれる女の顔に見えなくはないが、これは忠誠心の増した御付きのメイドの顔だろう。


 只今俺に対するローザ達の好感度がどんどん上がっていますが、俺は好感度を上げるならカッコいいキザな姿を見せて心を奪いたい系男子。

 いやそれは言い過ぎかもだけど、恥ずかしくなる忠誠心の上がり方だ。なのでローザのフォローも入れておく。



「だがローザが違和感を感じず、あの発言をする筈がない。恐らく私が特殊だったのだろう。考える助けにもなっているぞ。……だからこれからは、私の命令以外で死ぬなよ?」



 最後にニコッと笑いかける事も忘れずに、そして更なるダメ押しに彼女の耳元で囁く。


 先のローザは、自死を考える程危うかったので『死ぬな』と命令口調で正しておいた。

 これで大事なメイドが自ら死ぬ事もなければ、萎縮して忠誠心がこれ以上増すこともないだろう。


 俺の命令口調に怯えたのか、震えながら膝から崩れるローザを支え椅子に座らせる。

 崩れ落ちそうになったローザを心配してか、部屋にいる全員がこちらに注目を向けた。それで良い。



「ローザの命は私の物だ。お前の生死は私が決める。勝手に死ねると思うなよ?」



 俺に椅子に座らされたローザにそう呟く。


 俺は、ローザが勝手に死を選択肢に入れた事をかなり怒っているようだ。

 『死ぬなよ?』の言葉を威圧的なものに変え、重ねるように言い聞かす。

 ローザは口が効けなくなったのか体を強張らせて正面を向いて目を瞬かせ、首を大きく縦に振る。それでも安心できない。



「口を開け、声を出せ。答えられるだろう? 無礼なローザ」


「は、はひ!」



 変な声を出したローザだが、答えたので一安心。

 増える忠誠心を止めたいけど、あまりに威圧し過ぎて忠誠心を削いでしまうのは不本意なのでここで止めておく。


 そして視線をローザから他の者達にも向けたが、真面目な雰囲気を感じられない。

 まあ先の雰囲気の変化の大きさは俺も感じたし、全員頬を染めて浮かれているのも目を瞑ろう。


 この一連をそう纏め、再び椅子に座ろうとした時扉の前にいるサーシャが俺に話を伝える。



「殿下。ガーベラ殿下が参られました」



 俺は扉を開ける許可を出し、アシュレイ姉様の部屋から帰ってきたガーベラ王女を迎えた。

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