第6話 ドキドキイベント1
私は重い足取りで、婚約破棄が出来なかったとガーネットに伝えにいった。
「どうして!?どうしてよ!!せっかくアルベルト様ルートに変更しようとしてるのに!!どうしてヒロインの私を差し置いてあなたなの!?前世でも貧乏で冴えない顔と性格もあって友達もいないし頭も悪くてパッとしない人生だった私が、それでも今世は清楚な可愛い系の顔に生まれて、男受けもバツグン!しかも乙女ゲームのヒロインよ!今度こそ、勝ち組の人生を歩めると思ったのに!!」
私は必死でガーネットをこれ以上刺激しないようにウンウンウンと頷きながら思った。お兄様ルートでも十分勝ち組だと思うけど、そんなこと私の口から言えない!
「極貧の貧乏生活で苦労してもヒロインなのに玉の輿のために身体張って痛い思いしてきたとしても、それでもその先にアルベルト様との幸せな生活が待っていると思っていたから頑張って来たのに……。本当に好きな人のルートすら辿れないヒロインなんてヒロインじゃないわよ!!」
と言ってウワーと泣き始めた。
お、おっしゃる通り!
「待って待って!私からは立場上断ることは難しいけれど、アルベルト様があなたの事を好きになれば私との婚約を解消するのではないかしら?」
「で、でもあなたと婚約するぐらいアルベルト様はあ、あなたが好きってことで…しょ?い、今さら私の方に振り向いてくださ…るの?」
ガーネットはひっくひっくとしゃくりあげながら見てくる。
「私は所詮モブよ。ヒロインの魅力にはかなわないわ。だから、今からドキドキイベントをやってみましょうよ!!」
「へ?」
まずはガーネットとアルベルトの再会イベント――
貧乏だとバカにされて町の娘達に池に突き落とされてびしょ濡れになっているところにアルベルトが登場。
アルベルトは自身が濡れるのも構わず池に足を踏み入れてガーネットを助ける。
そして一言――
「私はあなたに会いたくてもう一度この国にやって来ました。どうかあなたのお名前を教えて頂けませんか?」
ここでのヒロインのセリフの正解は――
「私は名乗る程の者でもございません。お助け頂きありがとうございました。」
と言って池に一人アルベルトを残し逃げるのだった。
私達はおいそれと王宮の外に出られる身ではない為、庭園の池でイベントを起こす事にした。
あらかじめ呼び出しておいたアルベルト様が来たところで私が酷い言葉と共にガーネット様をこの凍えるような池の中に突き落とせばアルベルト様の私への思いすらも凍えてしまうことだろう。という一石二鳥の作戦だ。
しかし、今は真冬の1月池の水すら凍っていた――。
「ま、不味いわ!アルベルト様がくる前に急いで氷を割ってしまいましょう!!」
私は氷の上に乗ると必死でジャンプして氷を割ろうとする。少し氷にヒビが入り始めた!もう少しだ!!
「ちょっと!?上に乗って割ろうとしたら、危ないわよ!!」
必死の形相で私を止めようとするガーネット。
「へ?」私がジャンプして着地した瞬間、パリ!!バリ!!!と氷が音を立てて割れ私はそのまま池に沈んだ。
「キャー!!アリッサ様ー!!!」
刺すような冷たさの水の中でガーネットの叫び声がくぐもって聞こえた。
あー、やっぱりヒロインを差し置いてアルベルト様と結婚しようなんて不届きな事を考えたからバチが当たったのね。来世は素敵な人と結婚できるといいなあ……。
もう冷たさも痛みも感じなくなった時、ドボン!!と池に新たに飛び込むおバカな人が――。
私を抱える力強い腕に支えられ冷たい水の中を浮上する。
「アリッサ姫!アリッサ!!アリッサ!!!」
私の頬をペチペチと叩くあなたはどちら様?
うっすらと瞳を開けるとそこには必死な顔で私を呼ぶアルベルト様がおりました。
た、助ける相手が違いますー……と思いながら私は意識を手放した。
暖かい……。あんなに冷たかった身体が温もりを感じている。
カチャカチャという物音に私は目を覚ます。
ここは自分の部屋の自分のベッド……。
あれ?私、池に落ちて死んだはずじゃ……?
「アリッサ様!目が覚めましたのね!良かったですわ!!」
侍女のフルーラが安堵の顔を浮かべて覗き込んできた。
「私、どうして自分のベッドで寝ているのかしら?」
「覚えてらっしゃらないのですか?池でガーネット様と『くつ滑り』をして遊んでおられて割れた氷から池へ落ちてしまわれたんですよ!そこをアルベルト様が池に飛び込んで助けて下さったのです。」
くつ滑りはミシューラット王国で冬に凍った氷の上を靴で滑るという子供の遊びの事でございます。
ってそんなことはどうでもいいのよ!!
あー!!!やっぱり、やってしまったー!!私が助けてもらってどうするんだよー!!
私が頭を抱えているとコンコンと扉をノックする音が聞こえた。
フルーラが扉を開けるとアルベルト様がいた。
「目を覚ましたと聞いて居てもたってもいられず来てしまいました。近くに寄っても?」
うそー!!乙女の部屋に入っちゃダメでしょ!?フルーラ何で入れたのよ!!という視線を送るとフルーラは私に耳打ちした。
「アルベルト王子はアリッサ様の婚約者ですので特例です。」
そして、ニコリとしてアルベルト様の方を向くと「私、水を変えて参りますね。」と余計な気遣いで私とアルベルト様を二人きりにした。
「あの……話し難いので近くに来ていただいても良いですか?」
「もちろん。」アルベルトは安心したように目尻を下げて笑った。
もう!笑顔が無防備!!今、弱ってるんだからホントやめて!
「あの、池の中から助けて頂いてありがとうございました。アルベルト様はお怪我などされませんでしたか?」
「私はこの通り元気ですよ!アリッサ姫にも怪我はなさそうで良かったです。ですがアリッサ姫、お願いですから供も付けずにあのようにお遊びになられるのはお止めください。ガーネット様と仲がよろしいのは良いことですが、なにかあった時、お二人だけでは対処に困るでしょう?私はあなたが池に落ちる瞬間を遠くで見て心臓が止まるかと思いました。お願いですから、どうか危険なことはなさらないで……。」
そういうとアルベルトは私を抱き締めた。
硬直……。思考停止……。
っすん!すんすん!!アルベルトめっちゃ良い匂いいい!!!
あー良かった!頭、再起動したよ。
どうするこの状況!?抱き締め返す?いやいやダメだろ!ガーネットとの約束があるじゃないか!!
「アルベルト様、離してください。私は形式上あなたの婚約者ではありますが、私の気持ちは変わりませんよ。昨日お伝えした通りです。」
すると、私を抱き締めていた腕を解いて苦笑いしながら
「そうでしたね。申し訳ございません。生理的に嫌いな相手に抱き締められるなんて苦痛ですよね。」と言った。
ええー!?何でそれ知ってるの!?お兄様?お兄様ね!!どうして本人に言ってしまうのよー!!!