第5話 婚約破棄は出来ますか?
そうとなれば私は急いでアルベルト様へ婚約解消の話をしにいく。
「どういうことですか?」
私が婚約解消してほしいと言うと一瞬、怒ったようにも見えたアルベルトの顔がすぐに困惑の顔に変わった。
「申し訳ありません。一晩たって冷静になってみると、やはりアルベルト様と結婚出来ないと思いまして……。本当に申し訳ありません。」
「そんな……。納得出来ません。だって、私を見つめるあなたの瞳はこんなに熱っぽいではないですか!?」
そう言って私の前に立ちはだかると私の髪に優しく触れる。
私はビクっと身体が震え頬が赤く染まり潤んだ瞳をアルベルト様へ向けてしまう。
「ほら、またそんな誘うような顔をなさる……。私の自惚れではないと仰ってください。」
私の両手を優しく包むと自分の口元へ持っていきチュッと口付けた。
アルベルト様がぁぁぁぁ!!!と心で叫んで顔を真っ赤に染める。
「アルベルト様。私は殿方に免疫がないのです。あなた様でなくとも同じことをされればこのような顔になるのですよ。」
「アリッサ姫……。」
うぁ!!そんな悲しそうな顔をしないでー!!
私だって本当はアルベルト様と結婚したかった……。でも仕方がないの。私はあくまでモブなのだから……。ヒロインがあなたのルートを望むのならモブの私が出る幕などないのよ……。
私は意を決して話し出した。
「私、本当はずっと思っていた殿方がおりましたの……。」
「え………?」
突然の私の告白にアルベルト様は固まってしまいました。
「お兄様付きの騎士カルロス・マーゲンの事が好きなの。アルベルト様と再会して素敵なアルベルト様についほだされてしまいましたが、私がずっと好きだったのはカルロスなんです!」
カルロスには申し訳ないけれど、この場を納めるためにそういうことにしといて貰おう。
「では、失礼致します。」
私は唖然とした顔のアルベルト様を残してその場を去った。
さて、突然現れた形のカルロス・マーゲン。実は彼も攻略対象者の一人である。
肩まである銀色に輝く髪を後ろで1つに束ねシルバーの瞳を持つ彼は騎士という職業柄か職務中はポーカーフェイスで美麗な冷酷騎士と言われているが、仕事をしていないときの彼はとても表情豊かな青年でそのギャップからゲームファンの中にはカルロスの熱狂的ファンも多くいた。25歳、大人の色気を兼ね添えたカルロス。相手として不足なし!!
お兄様と出会ったガーネットが馬車で轢かれた事件の時も一緒におり、その後お兄様がガーネットを見舞って一目惚れした現場にもお兄様の後ろに控えていた。
彼もまた、身綺麗になったガーネットに一目惚れするのだ。
しかし、自分の主君であるお兄様もガーネットの事が好きな事に気付き、身を引こうと悩むのだった。王宮の庭園で物思いにふけり母親の形見のネックレスを眺めながらセンチメンタルになっていると野良猫がネックレスを咥えて木に登ってしまうのだ。
猫は猫で足がすくんで木から降りてこられなくなり、カルロスは高所恐怖症で木に登れず困っているとガーネットが現れる。
「私、木登りは、得意なんですよ!」
と言って怪我をしているにも関わらずスルスルと登って猫とネックレスを助けるのだが、ガーネットは怪我の影響かバランスを崩して木から落ちてさらに怪我を増やすことになるのだった。そして、この一件でカルロスはガーネットへの思いを抑えきれなくなり、ガーネットが好きだと主君であるユハルテット王子に宣言するのだった。
このユハルテットとカルロスの対峙シーンが最高に胸熱で私のために争わないでー!!という乙女の夢が詰まっているシーンなのである。
でも確かこの木から落ちる事件は起きてなかったハズだから、カルロスルートは捨てたんだろう。
確かに怪我してる上にさらに木から落ちて怪我なんてしたくないものね……。
と言うわけで私は婚約を断る言い訳にカルロスを使ったのだった。
自室に戻ってしばらくするとお兄様に執務室に来るように呼ばれた。
「アルベルトの婚約の申し出を断ったんだって?」
「はい。」
「どうして?俺から見てもアリッサはアルベルトの事、好きなんだと思ったけど?」
心配そうな顔で聞いてくるお兄様に私は罪悪感をヒシヒシと感じる。あああ!!すみません。あなたのガーネットがアルベルトルートに変更するためです。ごめんなさい!!
「いえ、私は他に好きな人がおりますので……。」
「カルロスだろ?」
「な!?」と私が言葉を発したと同時にカチャと金属が刷れる音がした。
そう、お兄様の執務室にはカルロスが当然控えているのだ。
アルベルト王子が私に好きな人がいるから断られたとお兄様に言うのは仕方のない事だが、なぜお兄様はその相手がカルロスだと本人の前で言ってしまうのだ!?
「お前、本当にカルロスの事が好きなのか?」
私の顔をじっと見つめてお兄様が言った。
さすがお兄様鋭い。わざとカルロスの前で言ったのか……。私の反応を見るために……。
「本当ですわ。お兄様の側でいつもお仕事をされている姿を見ておりましたもの。」
「ふーん。だってよ。カルロス。」
カルロスの方をチラリとみるお兄様。
な、なんだか妙な威圧感が……。
「み、身に余るお言葉……。しかし私ではアリッサ様のお相手には不足だと思います。」
「だそうだよ。」
お兄様はニッコリと笑って私の方を向いた。
お兄様どうしてそんな意地悪するの?王道王子ルートのユハルテット王子はどうしたのよ!!
「いいのよ!私が秘めた思いを抱えているだけですわ。カルロスとどうにかなろうなどと思っておりません。」
「だったらその秘めた思いを抱えてアルベルトの元へ嫁げば良いだろう?なぜわざわざ一度受けた婚約を断るのだ!?」
「そ、それは……。」
ガーネットに譲る為だなんて言えないし……。
「ほ、本当は私……アルベルト王子の事、生理的に受け付けないの……。」
この言い訳、苦しいか!?
お兄様は片眉をあげて少し驚いた表情になると
「そうか。それならば、婚約はさぞ嫌だったことだろう。」と言ってフーと息を吐いた。
私もやっと分かってもらえたと思いホッと肩の力を抜いた瞬間、お兄様は鋭く私を睨んだ。
「だが、一度受けてしまった婚約を破棄するのは許さない。分かるだろう?相手はシュトラスト国のアルベルト王子だ。国際問題になる。婚約は継続だ!アリッサ。覚悟を決めるんだな。」
と黒い笑みを浮かべた。
お兄様が……お兄様が豹変した!!あんなにお優しかったお兄様が……。こんなお兄様ゲームで見たことない!!
私はお兄様の腹黒な部分に衝撃を受けつつもお兄様が言う通り相手はアルベルト王子なのだから、他に好きな人がいるなんて生ぬるい理由では婚約破棄は流石に出来ないか……。と肩を落としたのだった。