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タクシーハイ!

 やばい!遅刻する!今日はぜったいにトチることができない!


 朝起きると、酒のせいか目覚ましアプリの存在さえ無視する安眠の中にいたらしい。明らかに昨日起きた時よりも部屋に入る日差しが大きく、部屋が明るい。間違いなくこのままだと現場に間に合わない。昨日、居酒屋から帰ってきてすぐに脱ぎ捨てた服を再び着て、財布と携帯を持って部屋を出た。清潔感なんぞ知ったこっちゃない。


 借り家を出ると道路際に勢いよく飛び出して、タクシーを拾った。タクシーの運ちゃんも俺の鬼気迫る様子に少しスイッチが入り、さもドラマに出て来る刑事ようなシリアス感たっぷりに「お客様、どちらまで?」と俺に尋ねた。


 そんな感じで話しかけんな!とも少しは思ったが、遅刻間近で焦っているのは運ちゃんの思っている通りなので、すがるように、場所を言った。「すみません、なるべく最短でそこに行きたいんです、お金は気にしないんでどうにか」とも付け加えた。すると、任せて下さいと言わんばかりにハンドルをにぎにぎとニ、三回確かめるように握った。


 すると、運ちゃんはいつもの通っている道とは全く違う、狭い旧道をがっつりと攻めていく。車一台しか入れないようなところもガンガンにスピードを上げて、半ばドリフトと勘違いするようなGが俺を襲う。ジェットコースターに揺られている俺はなんとも頼もしいような、申し訳ないような気持ちがした。


「お客さん、どうですか?」と運ちゃんが聞いていた。正直言うと、ここまでしても間に合わないだろう。しかし、ここまでやってくれた、運ちゃんに正直なことを言って、落胆させるのもどうにも、もどかしく嫌な気持ちがした。それでも、正直に言うしかない。少し迷ったが俺は正直に「多分、間に合わないと思います」と言ってしまった。


 二人の間に沈黙が圧し掛かる。ああ、もうだめだ。と俺は何で言ってしまったんだろうと、後悔した。しかし、「お客さん、僕に全て任せてくれませんか?」と頼もしい返事が来た。もうすがるものはこの運ちゃんしかいない俺は「はい」と言わざるえなかった。しかし、この運ちゃんなら間に合うかもしれないとも思えた。


 その運ちゃんは右手を頭上まで持って行き、クラクションを思いっきり叩いた。凄まじい警笛音が鳴り響くやいなや、車が変貌を始めた。ドアの横に飛行機のようなウイングが生え、トランクからは見るからにロケットエンジンのようなドーナツ状のものが二つ飛び出した。「行きますよ!お客さん!」と運ちゃんがアクセルを踏んだ。凄まじい加速で、先ほどまでのGがかわいく思える重力が身体を襲ってきた。チラッと窓の外を見ると、レンガ積みの外壁をガリガリと削っている。「離陸!」タクシーは空を飛んだ。


 キーンという高音を唸りあげて、タクシーが目的の現場まで飛んで行く。途中の障害物もなんのその、高層ビルの連絡通路の間をすらりと躱し、地下鉄に潜り込み、列車なぞきにせずに地下道を進んでいく。そのまま駅を出て、水場に出た。タクシーはそのまま水上付近を水を押し切って進んで行く。これが本当のジェットコースターなのかもしれないなどと、俺は少し現実逃避しつつ。目を瞑った。


 少しすると、「お客さん、着きましたよ」といって目を開けることにした。確かに間に合ったが……車のミラーで自分の顔を見ると、もう疲れたような顔をしている。「あ、ありがとうございます!」「いいから、いいから。これお代ね」といってメーターから出てきた金額に度肝を抜かれた。俺は運ちゃんを見て、本当かどうか疑ったが、本当らしい。「まあ、すぐには払えんでしょうから、ローンみたいな感じでいいですよ。あ、連絡先を書いてくださいね、あとでちゃんと請求するんで」そういって、運ちゃんは去っていった。


 確かに、俺は遅刻はしなかったが、代償があまりに多すぎた。この日から俺は酒を断ち、遅刻しないようにするよ。俺はもう二度とこんな間違いは起こさない。


「やばい!遅刻する!」それでも人間は間違う生きもので、一年に一回は間違えるものだ。そして、また刑事のような物言いで聞いてくるんだ。「お客さん、どちらまで?」と運ちゃんはハンドルをにぎにぎした。

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