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四つん這い


 秋も暮れ、イルミネーションの飾り付けが妙に虚しい季節。ワイワイと彩られた市内を抜けて、暗闇に街頭がポツンとポツンと、闇と光としかない住宅街のアパートに寂しく一人で帰ってきた。8畳一間の部屋に出迎えなどなく、『ただいま』の一声を出す気にもならない。コンビニ袋をバサッと適当に机に置くことが今日も一日頑張った実感をくれる。椅子に座り、買ってきたコーラを開けようとペットボトル蓋を回し外すと、炭酸が一気に噴き出した。俺は腹が立って、そのコーラを窓から外にぶん投げて後、しばしの間ぼーっと空中に視線を浮かべた。


 俺は四葉 歩 (よつば あゆむ)26歳の会社員、男性だ。仕事日はこんな感じで一日が終わっていくから味気なく日々が終わる。彼女もおらず、友達とも仕事で忙しくなかなか遊ぶこともない。取柄も身長と手足が長い程度だ。俺の人生はなんとなく空っぽで……やめよう、時間の無駄だし語ることも特にない。


 このままボーっとしていても時間の浪費だ。俺は人生の振り返りをやめて、いつものようにユニフォームに着替えることにした。自分に喝を入れて、スーツを脱ぎ、頭まですっぽりと被る黒タイツに身を包んだ。黒タイツのぴちぴちのした感触が妙に苦しく収まりが悪い。だが、これを着るとこれから戦いが始まるというヒリヒリとした緊張が高揚感を与えてくれる。きっと、オリンピックの代表選手もこのような気持ちでユニフォームを着ていることだろう。


 俺は目と鼻の所に穴が開いている白いマスクを被って、裸足のまま外へ出掛けた。アパートを出て人気の少なく、街灯も直線上に3本ほどしかない所で俺は待機した。


 待機していると、前から赤い花柄をしたワンピースを着た女がやってきた。暗めで顔はよく見えないが髪はちゃんと美容院で手入れされているだろう毛束感があるし、そこそこよさげなブーツを履いている。今日も活きのいい奴が釣れた。


 俺は女が一番遠くの一本目の街灯から姿を消す手前で、戦闘状態に入った。四つん這いになり、その手足を馬のように真っすぐにして女の方へ歩き出した。ペタペタと小気持ちいリズムを刻みながら行くのがコツだ。


 ちょうど俺が一番手前の街灯に照らされたときに女は真ん中の街灯にいた。女は俺を視認したようで足が止まってただじっとしている。俺はここが攻め所と直感した。


 俺はスピードをめちゃくちゃ上げて女に近づいていった。不気味な演出をするために顔を不規則に揺らしながら四つん這いの状態で這いずり寄っていく。俺が真ん中の街灯に照らされた当たりで――


「きゃああああああああああああああ!!!」


 女は俺の姿を完全に認識すると、いい叫び声を上げて走り出した。俺はそれを見て実に満足した。笑い声を堪えることに必死になった。これで生きていると満足感がこみあげてくる。これはやめらなくなるだろう?


 女の微かな残り香を楽しんだ後に、また同じ場所で待機した。恐らく、あの女が警察を呼んでいるかもしれないからあと少ししかいられないだろうから……おっとそんなことを言っている合間に次のターゲットがやってきた。


 今度は楽しみ過ぎて、姿が合間にしか見えなかったが、多分、男だ。俺と身長が同じくらいだがガタイがいい。スポーツウェアのフードを被っているところをみると健康的な健常者のようだ。ああいったスポーツマンはビビりが多い。あれだけの鍛錬を積んでいるのにいざとなると逃げだす様は実に滑稽で愉快なんだ。あの巨体を揺らしながら全力で逃げる様を見て、今日は終了にしよう。今日は実にいい日だ。


 男が一番遠い一本目の街灯をすぎると俺は戦闘態勢に入った。思わず笑い声が出てしまいそうになるが、それを必死に耐えて、俺も男の方に歩き出した。地面を見ながら一歩一歩と確かにすり寄ってく。


 男の足音が止んだ。歩くのをやめて止まったのだ。俺は男の顔を見てやろうと思い、顔を上げた。男はちょうど真ん中の街灯に顔が照らされていた。だが、男の顔が無かった。


 いや、顔がないんじゃない。ガスマスク?そう、あれはガスマスクだ!よく映画とかで特殊部隊が被っているガスマスクだ。完全な異常者だ!こんな夜中にあんなマスクして闊歩しているなんてふざけんな!……警察、来てくれ。本当の異常者が来るなんて知らなかったんだ。


 俺は後ろずさろうとする体を理性で必死に止めた。これはビビった方が負けただと俺の人生経験がそう言っている。俺にも俺のプライドがある。これは戦いなんだ、このガスマスクと四つん這いの俺との尋常なる勝負なんだ。


 しばらくの間、俺たちは見つめ合った。どっちが先に動き出すか、間合いを測る格闘技者のように先に手をだす方をみながら、視線で牽制し合っている。ガスマスクで表情を見えないが、きっと恐らく同じことを考えているだろう。なら考えている内に俺から動き出して考える余裕をなくしてやろう。


 震える手足を必死に動かし、一歩一歩ガスマスクに近づいていった。すると、ガスマスクが一歩だけ、後ろに引いた。間合いを見たのか……いや足が震えている?おや?こいつビビってるのか?……どうやら、まだ年季のいっていないガスマスクらしい。こんなガキにビビっていたのか……なによりも自分に腹が立った。こちとら、この戦いをもう何年も続けているんだよ。これぐらいのことをスマートにこなさなきゃ真の戦いには来れないぞ、俺が今日教えてやるよ。本当の恐怖というものを!


 俺は自らを鼓舞し、ガスマスクの方へスピードを上げてついていった。ガスマスクは一歩下がったがそこから動かなかった。せめてもの抵抗だろう。だが!俺も止まるものか!お前なんぞに負ける俺じゃない!


「お前らなにやってる!そこを動くな!」


 ちょうど俺たちがぶつかろうとしていた時にお巡りさんがやってきた。やべえ!逃げなきゃ!俺は立ち上がり、猛ダッシュで逃げた。ガスマスクも俺と同じ方向に逃げた。ついてくんじゃねえ!殺すぞ!


「待てこらあああああああああああああ!」






「えーとそれで、そうやってストレス発散していたと?」


「はい、そうです……」


「確かに辛い事あると思うけど周りに迷惑をかけちゃだめでしょうが」


「おっしゃる通りです」


 俺たちは捕まった。予想以上お巡りさんの足腰が強かったのと俺が裸足だったのが痛点となって逃げきれなかった。今、ガスマスクと俺はマスクを脱いで、その場で取り調べを受けている。なんて情けないんだ……


「全く……それはそうと周りで人は見なかった?」


「……この人を脅かす前に女性を脅かしました」


「なにやってんだが、さっきの場所で?」


「そうです」


「……その女性はどんな見た目だった?」


「ええと、確か長髪で、赤い花柄のワンピースにブーツを履いてました。顔は暗くて見てません」


「……本当かい?」


「はい、本当です」


 そういうと、お巡りさんはトランシーバーを持った。


「……実はね、この付近の通りで滅多刺しの殺人があったんだ」


「ええ!ど、どこですか!」


「すぐそばのそこだよ。そこの現場にサイズの小さいブーツの足跡があったんだ。その足跡追ってたら、お前らを発見したんだよ。まったく、面倒な事をやってくれるよ」


 後の会話は俺の耳を通らなかった、俺は血の気が引いて恐怖に包まれた。今日危なかったのは俺じゃなくて……


 俺はこの日以来、この戦いから身を引いた。引退演説をすると、まだ、全国で戦っている諸君らに告げる。本当に危ない目に遭う日がやってくるかも知れないから、今のうちにやめておくといい。以上。

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