クルイ~開演~ 5.昏い部屋
「何とか受け取ってもらえましたね……」
「拒否られたらどうしようかと思っていたが……」
「趣味じゃないとか言われたら、どうにもなりませんしね」
「まぁ……幾つかある中から好みのデザインを選べるわけだから……それは無いと思っていたが……」
口々に安堵の言葉を漏らすのは、SRO運営管理室の面々である。
「ま、これで四六時中騒ぎを引き起こすような事にはならんだろう」
「あのままの状態でも、いずれは慣れたんじゃないかという気もするが……」
「それまでパニックを続発させる気か? プレイヤーには彼女が自分たちと同じプレイヤーだという事が判るが、住人にはそれが判らんのだぞ?」
「新たな場所へ移動するたびにあの騒ぎが繰り返されるわけだな」
「魔人やモンスターと間違われる可能性もある」
「討伐命令が出たりしたら……」
「やめろ。もういい解った。撤回する」
台詞で袋叩きにされた形のスタッフが、両手を挙げて降参する。
「それにしても僅か一日で、能くあれだけの仮面を用意できましたね?」
管理室最年少の中嶌というスタッフの質問に、室長の木檜が種明かしをする。
「別に一日で作ったわけじゃない。お蔵入りになっていたものに、少し手を加えただけだ」
「お蔵入り?」
「あぁ。あれは元々、『トリックスター』の候補として試作されたものなんだ」
聞き慣れない単語に戸惑う中嶌を見て、傍らにいたスタッフが説明を補足する。曰く――「トリックスター」とは、ゲームのバランスを敢えて崩す事で、定型的なゲーム展開を打破しようと言う試みである。そのための隠し要素として、ゲーム内には「トリックスター」と呼ばれる幾つかのスキルやアイテム、キャラクターが隠されており、プレイヤーがそれらと接触する事で、プレイヤー自身が「トリックスター」として行動する事を期待しているのだ――と。
「あの仮面って……そんな大それた代物なんですか?」
「元々は『偽りの仮面』というものでな、時間制限はあるが着用者のステータスを変更できるんだ。STRを上げたり、性別を変えたり……。仮面のデザインは適宜変える事ができるんだが、それに応じてステータスもそれぞれ異なる変更ができるようになっていた」
さらりと投じられた木檜の爆弾発言に、思わず硬直する中嶌。
「ちょっ! ……そんな物騒なモノを渡して大丈夫なんですか!?」
「手を加えたと言ったろう? 渡すに当たってヤバそうな性能は抜いてある。デザインの変更機能の他に、幾つかのギミックは付け加えたがな」
「……ギミック?」
この話は大楽をはじめとする他のスタッフたちにも初耳だったとみえて、警戒気味に木檜を問い詰める。
「……何の機能を付けたんですか?」
「あのプレイヤーに仮面を渡したのはこれ以上の混乱を防ぐためだが、それはあくまでこちらの事情だ。向こうさんにもそれ相応のメリットがあって然るべきだろう」
「えぇ、その点は納得しますから……何の機能を付けたんですか?」
「それほど大したものじゃない。彼女と髑髏を切り離す……というか、同一視させないための仕掛けだよ」
そう言って木檜が挙げた効果というのは……
①種族と性別を含むステータスを偽装する。声も中性的なものに変える。
②着用しているプレイヤーに、状態異常に対する耐性(小)を付与する。
「①の機能で、あのプレイヤーの種族と性別を偽る事ができる。これだけで、「髑髏の怪人」と彼女との結び付きを断つ事ができる。あの髑髏はエルフの女性だと知れ渡っているからな」
木檜の発言を理解するためには、【鑑定】と【詐称】のスキルについての説明が必要だろう。
まず人物を【鑑定】した場合、最初の段階で表示されるのは種族と性別のみとなっている。【鑑定】スキルのレベルが上がるにつれて詳しいステータスも表示されるようになるが、キャラクターネームは個人情報に当たるとの判断から、【鑑定】では見えないようになっている――尤もこれに関しては、新たにインターフェイスを設計するのが面倒なので、モンスターなどを鑑定した時の表示システムを流用したのではないかとの疑いを持たれているのだが。
人物を鑑定した場合、鑑定された事は相手にも伝わるので、無闇に鑑定しないのがプレイヤーのマナーとなっている(あいつ、勝手にカンテイするんだぜ。エンガチョ――とか言われないように)。
相手が自分よりレベルの高い【鑑定】持ちの場合に鑑定が弾かれる事はあるが、表示されるステータス情報の真偽については、一般のプレイヤーは疑念を抱いていない。実はPKや盗賊などの悪堕ちプレイヤー専用に、ステータス――名前と職業、犯罪歴とマーカーの色――を偽装する【詐称】というスキルが存在するのだが、一般のプレイヤーはその事を知らないのが現状である。ちなみにこのスキル、悪堕ちプレイヤーの多くが取得しようと狙っている――キャラクタークリエイト時には取得できない――が、上級の【鑑定】持ちが登場するまでは凍結状態になっている。
そしてその悪堕ちプレイヤーたちの間でも、【詐称】スキルをもってしても種族と性別は偽れないというのが共通の認識であった。なおこれに関しては、性別の偽装を容認すると、ネカマとかネナベとか色々とややこしい事になりそうなので、悪堕ちプレイヤーたちからも概ね不満は出ていない。
つまり、響……いや、クルイが仮面を着けて種族と性別を偽った場合、「髑髏の怪人」とは別人だと認識されるわけである。
「それは解りますが、②は何なんです? 付ける必要は無かったんじゃ……?」
「あのプレイヤーの正体を隠すために、①の機能についてはあくまで秘匿しておく必要がある。そうなると、何であの仮面を付けているのかという理由が必要になる」
「その理由が②というわけですか……」
序盤で登場させるには大仰なアイテムのような気もするが、チートと難じられるほどの効果ではないだろう。そう判断した大楽――実は運営管理室のセカンドチーフ――が、まぁ大丈夫だろうという感じで同意を示す。
「ステータスやスキルをみる限り、あのプレイヤーは騒ぎの元にはならないでしょう。見かけだけ穏便なものにしておけば大丈夫な筈です」
そう口にしたところで、脇から不吉な声がかかる。
「言いたくはないが……のっぺらぼうの時にもそう言ってなかったか?」
「あの時は結構な騒ぎになったよな……」
どんよりとした暗い空気が部屋を覆った。
今回のタイトルは英米ミステリで纏めてみました。……次回があるかどうかは判りません。
本作はネタを思い付いた時、暇を見て執筆する事になります。なので、次回の更新は未定です。
更新の際には作者の活動報告でご報告させて戴きます。