クルイ~開演~ 4.女の顔を覆え
ゲーム廃人の親友と話して色々と得る事のあった響は、浮き立つ心を抱えて自宅に帰った。即座にゲームにログインしたいのを抑えて、まずはパソコンに届いたメールをチェックする。
SROの運営からメールが届いていた。
定型的な挨拶の部分を軽く読み飛ばして本題に入ると……
《……クルイ様の特殊事情を考慮いたしまして、仮面をお届けさせて戴きました。装着を強制するものではございませんが、先日の事態に鑑みまして、できる限り装着をお願いします。町への転送前にステータス画面を開き、装備品をご確認下さい。「仮面」があるはずですので、「装着」にチェックを入れて下さい。なお、この仮面を装着したままでも、飲食等にはなんら不都合はございません……》
「先日の事態」というのは、響……いや、クルイが素顔でログインした時、トンの町で起きた騒ぎの事だろう。自分の軽率な行動が運営にまで迷惑を掛けたのかと思うと申し訳無い思いに囚われるが、その一方で、何であんな騒ぎになったのだろうとも思う。
SROは――陳腐な言い方をすれば――「剣と魔法の世界」である筈。スケルトンの一体や二体、歩いていてもおかしくはないだろうに。
――実はこれ、幾つかの誤解と思惑、巡り合わせが絡んだ結果である。
SRO世界にスケルトンや死霊術師が存在するのは事実であるが、死霊術は現時点でロック状態にあり、スケルトンに至ってはまだ確認されていない。そんな情勢の中で街中に髑髏が現れれば、そりゃ恐慌を来すに決まっている。
スケルトンは今のところ未確認ではあるが、その存在自体は運営によって確言されている。そんなものが突如として現れたのだから、すわイベント発生かと攻略陣が色めき立ったのも無理からぬ話。マーカーからプレイヤーであると知れたが、今度は一体何であんな姿をしているのかと、そちらの方に矛先が向いた。
キャラクリ段階で容貌をエディットできるのは知られているが、同時にその面倒くささも能く知られている。その手間を押してまで髑髏の顔にする物好きがいるとも思われぬ。これは呪いとかそっち関係のイベント発生なのか。アンデッドに関わる情報が聞き出せるかと死霊術たちが盛り上がる一方で、あれは呪いか何かの状態異常か、それとも部位欠損が実装されたのかと、こちらは不安を掻き立てられたのが攻略組。
それぞれの思惑に誤解が絡んで大騒ぎ。響が素早く姿を消した事と相俟って、各掲示板は大混乱・大炎上の様を呈していたのである。
そんな事とは露知らぬ響は、運営の厚意をありがたく受ける事にして、いそいそとSROにログインした。
・・・・・・・・
昨日転送されたトンの町ではなく、キャラクタークリエイトの時のような何も無い空間に転送された。ただし、姿はクルイの……要するに髑髏の顔のままである。運営から言われたとおりにステータス画面を開くと、装備欄に「仮面」という記述があった。すぐに「装着」にチェックを入れる……ような真似はせず、その仮面を取り出してみる。アイスホッケーのキーパーが着けるような――別の言い方をすれば、某ホラー映画の殺人鬼が着けているような――仮面である。ただしこちらは、目の部分が空いている以外はのっぺらぼうであり、色も白ではなく鈍い銀色になっている。衣装とお揃いの黒にしなかったのは、デザイン上の問題か、それとも視認性を考えての事か。まぁ、黒い上衣に黒い仮面だと、遠目には抑人に見えないかもしれないから、響としても文句は無い。
「ふむ……」
添付されていた説明書を読んでみる。どうやら今のデザイン以外にも複数のデザイン用意されており、そのの中から自由に選んで変更できるようだ。ざっと通覧した感じ、今のデザインが一番趣味に合っていたので、変更はしないでおく。尤も、外見を変えたい時などは役に立つギミックなので、響としてはありがたい。
また、この仮面には……
①種族と性別を含むステータスを偽装する。声も中性的なものに変える。
②着用しているプレイヤーに、状態異常に対する耐性(小)を付与する。
……という効果が与えられている。①の効果を秘匿して②の効果のみ公にしておけば、「髑髏の怪人」――エルフの女性である事は知れ渡っている――と自分との関連性を隠すのに使えるだろう。仮面の人物はエルフの女性ではない――そう偽装しておけば良いわけだ。このゲーム、キャラネームは【鑑定】でも表示されない仕様になっているし。
②については、なぜ仮面を被って顔を隠しているのかという疑問に対する、表向きの回答として用意された効果らしい。なお、仮面を【鑑定】した場合には、「魔除けの面」と表示されるそうだ。また、状態異常に対する耐性の強さは、装着者のレベルによって変動するとなっている。
色々と考えてくれている運営に対して、響は感謝の念を禁じ得なかった。
試しに顔に当ててみると、そのまま顔の位置に固定された。ふと装備欄を見ると、案の定「装着」にチェックが入っている。仮面に手を掛けて少し力を入れると、何の抵抗も無く仮面が外れる。「装着」のチェックマークは消えていた。
「デザイン的にも品があるし、しかもどことなく近寄りがたい雰囲気も残っている……仮面自体も好きな時に外せるようだし……これは面白いプレイができそうだ」
死神のロールを演る事ばかり考えていたが、普段は仮面の姿で通しておけば、ここぞという時に死神の、あるいはスケルトンのふりをする事も可能だろう。こうなると、喩えこの先大鎌を得ても、普段は隠しておいた方が好いかもしれぬ。仮面を着けている時の主武器は、棒か薙刀にしておくか……
子供の頃、「怪傑ゾロ」や「スケアクロウ」、「月光仮面」を観た時の記憶がフラッシュバックする。正体を隠した仮面のヒーロー……骸骨がそう言えるかどうかはともかく、中二心をいたく擽る展開ではないか。
考えてみれば髑髏の顔は、皮膚や表情筋の透明度を上げる事で、その下の頭骨が透けて見えるようにしているだけだ。顔にドーランか白粉を塗れば、本来の容貌に戻る筈。目の部分の影はどうにもならないが、それは目許だけマスクか何かで隠せば良い。
「……上手く立ち回れば、三つの姿を――仮面のデザインを変えれば、それ以上の姿を――使い分ける事ができるのか……」
プレイヤーの中には【鑑定】や【看破】を持っている者もいるだろうから、その対策を講じる必要はあるだろうが。
次話は約一時間後に公開の予定です。