クルイ~開演~ 3.皮膚の下の頭蓋骨
現実での人付き合いの煩わしさに些かうんざりしていた響は、SRO内でのアバターを決めるに当たって、あまり人が寄って来ないような外見にしようと決めた。となると、さてどういう外見にするのが一番効果的か。
ツンケンしたお嬢様キャラは、確かに人は寄って来ないかもしれないが、無駄に敵を作ったり狙われそうな気がする。何より彼により、自分にそんなロールプレイは無理だ。ならば見かけで威嚇するか? ゴリラのような大男など理想的だが、生憎とこのゲームでは、現実の性別と異なるアバターを作る事は認められていない――性同一障害の治療として認められるケースもあるというが、自分は適用外だろう……多分。なら、性別はそのままに、他人が寄って来ないような容姿もしくはロールにする。それしか無い。
捕って食われそうな危険な雰囲気、見るも悍ましい姿、近寄りがたい悪臭……など、幾つかの条件を考えてはみたが、どれもこれも気が乗らない。と言うか、仮にも乙女がプレイするロールではないような気がする。何かこう、もう少し、恐ろしい中にも気品のある姿は……と、そこまで考えた時、「死神」というワードが脳裏に閃いた。……閃いてしまった。
髑髏の顔なら、恐ろしい中にも気品があるという注文に合致する。ならばこの際だ、死神のロールをやってみるか――と、思って調べてはみたのだが、やはりというかSROには死神などという種族は勿論、髑髏のテンプレートすら無かった。ならば自分で容姿をエディットするしか無いのだが、これは中々面倒そうな仕事である。些か腰が引けかけたところで、髑髏自体は自前のものが一つある事に気が付いた……
「……だから、別に頭蓋骨を自分で作る必要は無くて、要は髑髏に見えれば良いわけだから……」
顔の皮膚や筋肉組織の色を薄く……と言うか、透明度を限界まで上げて、その下の頭骨が透けて見えるようにする。ついでに眼球も見えないように黒い影で覆うようにして……
驚いた事にSROのアバターは、きちんと骨格や筋肉も設定されていたらしい。何の問題も無く頭部を髑髏に見せかける事ができた。
「だから、製法的にはどっちかと言うとミイラの方が近いかな」
「見た目は一緒よ。じゃあ次、あの格好は何なのよ?」
死神のロールを演るからには、髑髏に続いて黒衣と大鎌は必須である。プレイヤーの初期装備のうち、衣服は丈夫――破壊不能属性付き――だが何の効果も無い「初心者の衣服」上下と決まっている。服の色程度なら変更できるのだが、初っ端から凝ったロールプレイを楽しみたいプレイヤー向けには、課金によって見た目を変更できるサービスがある。初期装備の上に、更に好みの上衣を追加できるのだ。ちなみに、課金の額を上げる事で、衣服の防御力――物理抵抗と魔法抵抗――を僅かに、それこそ雀の涙ほど上げる事も可能になっている。
響はこのサービスを利用して、初期装備に死神らしい黒衣を追加しておいた。防御性能を高める事も考えたのだが、それは断念した。これ以上の課金は高校生には厳しいのと、必要なら黒衣の下に革鎧でも着用すれば充分だろうと考えたためである。
「課金まで……業が深いわね……」
「廃人に言われたくはないかな。今までに、ゲームに幾らつぎ込んだ?」
「……次は武器について聞きたいわね」
SROにおける初期装備は基本固定であるが、先に述べた衣服の他に、武器についても若干選択の余地がある。剣・棒・杖・弓・徒手の中から選ぶ事ができるのだ。これは、攻撃力(STR)の低い魔法職や、金属製品を装備すると魔法の発動にマイナス補正のかかるエルフを選んだプレイヤー向けの、一種の救済措置のようなものである。ただし、弓については不遇武器という評価が広まっているため、これを選ぶ者はほとんどいない。また、徒手を選んだ場合は武器の装備が不可能になる反面、全ステータスの値が上昇する。とは言え、かなり厳しいプレイを強いられる事になるため、徒手を選ぶ者もほとんどいない。何れの場合も課金によって、攻撃力(ATK)を僅かだけ引き上げる事ができる。
そして響は自分の武器として、「初心者の棒」を選んでいた。
「何で棒なんか選んだのかしら?」
「薙刀を使ってみたいからね。一番似ているのを選んだだけだよ」
嘘ではない。
死神として大鎌に惹かれるのは確かだが、響は祖母から薙刀と合気道の教えを受けており、ともに三段の腕前である。薙刀のスキルがあれば取得したかもしれないが、幸か不幸かそのスキルは確認されていない。それに、SRO内での武器の技術が自分の知っている薙刀の扱い方とズレていたりすると、却って面倒な事になる。幸いにして祖母からは、薙刀に付随して棒術と杖術の手解きも受けている。とりあえず棒を武器に選んでおけば、序盤はパーソナルスキルで何とかなるだろう。
「設定画面で出てくるって事は、破壊力も剣と同等なんだろう?」
だったら、棒でも問題無く闘える筈だろうと気軽に確認の言葉を放った響であったが、ちがうわよ?――という楓の台詞に、思わず固まる事になった。
「いえ、違うと言うか……そう単純な話じゃないのよ。第一、間合いも重さも違うんだから、攻撃力(ATK)だけ同じ値にしても問題でしょう?」
「それは……そうか。いや、だったらなぜ……」
「棒と杖、それに弓については、金属製の武器を装備するとマイナス補正のかかるエルフ向けの救済策というところかしらね。どれも木製だから、エルフのステータスを損なわないのよ」
「そうだったのか……けど、マイナス補正って?」
「知らなかった? エルフが金属製の武器を装備していると、魔法の発動が低確率で失敗するのよ。武器自体は問題無く使えるんだけどね」
態々低確率にしておくところが曲者である。魔法の不具合を承知の上で攻撃力の高い武器を使い続けるか、ごく稀に生じる不具合を嫌って攻撃力の高い武器を捨てるか、プレイヤーに選択を迫る仕様になっている。
「でもまぁ、破壊不能属性の付いた棒なんて 多分キャラクリの場面でしか得られないと思うし……そういう意味では悪くない選択よね。この先薙刀を目指すんなら、同じ長柄武器を使っていった方が良いだろうし」
上手くすれば薙刀のスキルが生えてくるかも――という楓の言葉に、響は内心でほくそ笑む、薙刀のスキルが生えるなら、大鎌のスキルだって生えてくるかもしれないではないか。
響としては残念な事に、彼女が欲する大鎌は、既知の武器リストに載っていなかった。運営の健全な良識というものである。薙鎌という長柄の鎌は武器として実在したはずだと、些か不満に思う響であったが、そんなニッチな武器など、運営サイドとしても一々フォローしていられないという事なのだろう。尤も、だからと言って響は大鎌を諦めるつもりは無い。町を探せば鎌ぐらい売っているだろうし、無ければ誰かに造ってもらおうと考えていた。鍛冶屋なら鎌ぐらい打てるだろう。
軽い失望を覚えながら漫然と戦闘スキルのリストを眺めていた昨日の事、鎌術というスキルがあるのに気が付いた。おや、と思って説明を読んでみると、大鎌ではなく普通の鎌を用いた戦闘術のようだ。元々は琉球古武道の技法らしいが、SROでは【暗器術】のスキル扱いである。他に【鎖鎌】というアーツもあったが、どちらにしても自分の想像する死神とは少し違う気がする。……鎖鎌をぶん回す死神というのには、少し心惹かれるものを感じたが。
ともあれ、こういった次第で響は棒を選んだのである。
「……種族をエルフにしたのは、なぜなのよ?」
「一応はソロプレイをするつもりだから。野外で一人生き延びるには、人間よりもエルフや獣人、ドワーフなんかの方が有利だろう。獣人やドワーフの身体能力には惹かれるけど、魔法を取るつもりだから、魔法適性の高いエルフに決めた」
「はぁ……キャラメイクの理由は解ったけど、あの顔をどうにかしないとプレイ自体が難しいわよ。下手をすると魔人扱いで討伐されかねないわ。プレイヤーはともかくSRO世界の住人には、あなたがプレイヤーだって判らないんだから」
「……どうしたものかな? 楓」
「仮面か何かで顔を隠すしかないでしょうね」
「渾身の力作なのに……」
「渾身の方向が間違ってるわよ」
自分の存在や行動が周囲に与える影響というものをまるで理解していない。現実でもSRO内でも変わらない「やらかしヒビキ」に、頭を痛める楓であった。
次話は明日の20時に投稿の予定です。