クルイ~三幕の予告編~ 1.森の中
そろそろ夕闇に覆われようかという刻限、街道沿いの森の中でひそひそと話し込む一団があった。こんな時刻にこんな場所で密談している連中など、どうせ碌な手合いではあるまい。その予想のとおり、彼らはSRO内で一般プレイヤーを狩るPKプレイヤーたちであった。
「この時刻じゃもう獲物は通らんだろう」
「だな。そろそろ夜営に入っている時間帯だ」
「そこそこの収穫はあったし、今日のところは引き揚げるとするか」
どうやら既に一仕事終えた後らしい。
「しかし……あの噂、実のところどうなんだ?」
PKの一人が辺りを見回しながら、少しばかり怯えたような口調で問いかける。
「噂って……謎の『殺し屋』の事か? この森に出没するっていう?」
「どういうわけか、街道を通っている連中は襲われずに、森の中にいるPKだけを狙うっていうからな。森の中だけで狩りをする設定のモンスターか……でなきゃPKKって事になるだろう」
「ここにゃ腕自慢の五人が揃ってるんだ。モンスターだろうがPKKだろうが、びくつく必要は無ぇだろうが」
「そりゃ、解ってるんだが……正体不明ってのが、どうもな……」
「無駄口を叩いてないで、とっとと引き揚げるぞ。相手がモンスターでもPKKでも、早めにアジトに潜り込んだ方が好いのは変わらん」
リーダーらしい男の声に、一同うち揃って引き揚げ始める。
……彼らがそれに気付いたのは、十分ほど経ってからの事だった。
「……おい、マッコのやつはどうした?」
「あ? ……遅れてるだけじゃねぇのか?」
「普段ならブツクサ文句を垂れながら歩いてる筈だ。声くらい聞こえそうなもんじゃないのか?」
「それもそうだな……」
一旦様子を見に戻ろうとしたところで、そこには三人しかいない事に気付いてしまう。
「……以蔵はどうした? どこに行った?」
「……解らねぇ……気付かなかった……」
「おい……まさか……」
「離れるな。気をつけろ。何者かが俺たちを狙ってる」
「ス、スキルに、反応でもあるのか……?」
「いや。だが、この状況で他に説明があるのか?」
油断無く辺りを見回す三人組の背後で、そろりと闇が揺らめいた。
・・・・・・・・
(クソッ! クソッ! クソッ! 何なんだ、あいつは!?)
夜の森を必死に駆ける一人の男。つい先程までは四人の仲間たちと共にプレイヤーたちを狩る立場だったが、今はただ一人、狩られる側に回っている。
他の仲間は既に死に戻った。
髑髏の化け物に斬り殺されて。
太刀風の音に後ろを振り返った時には、袈裟懸けに断ち斬られた仲間が光に還っていくところだった。
視線の先に在ったのは、ゾロリとした黒衣に身を包んだ骸骨……絵に描いたような死神の姿だった。なぜか手にしていたのは大鎌ではなく、刀身の長い槍……いや、両刃のグレイヴのような得物だったが……。
気圧されたように立ち竦んでいると、化け物……いや、死神は、振り下ろしたグレイヴを反転させるように薙ぎ払い、四十二號のやつの膝を斬り飛ばした。後ろで悲鳴が上がっていたから、四十二號のやつも殺られたのは間違い無い。
……一体、あいつは何者なんだ!?
必死に走っていた男は、やがて自分たちのアジトを目にした事で気が緩んだらしく、速度を落とした。ふぅと深い溜息を一つ吐いてアジトに潜り込もうとしたところで……
「道案内、ご苦労」
その声と共に光に還った。
「アジトの中には誰もいないようだな。……では、と、お宝を戴くとするか。ストレス解消と現物収入、これだからPKKは止められないな」
闇の中で呟く声を聞いている者は誰もいなかった。
次話は約一時間後に公開の予定です