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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
一章 邪竜と魔女 〜北大陸 中央街ランダ 歌う精霊編〜
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第5話 私、商売をしました

 

 精霊が歌わなくなってから一ヶ月が過ぎてから、観光客はぱったりと途絶え、今ではすっかり騒動が起きる前の退屈なランダの風景がそこにはあった。


「なあ、エド。あの騒ぎはいったい……なんだったんだ?」


 アクセサリーを売る露店の店主は、隣に店を構えている果物屋の店主と、今回の騒動について語り合っていた。

 語り合うくらいには客足もなく、露店を出していた者達は徐々に別の村や大陸へと移動し、活動の場所を変えている。


「さぁなぁ……? 精霊様ってのは気まぐれなんじゃねぇか?」

「しっかし、売り上げもすっかり沈んじまったしな……。どうすっかねぇ……」

「そりゃお前さんの腕次第だろうよ」

「だなぁ。食べなきゃ腐るようなもんでもねぇし、もっと腕を磨かねぇとな」

「言ってくれるじゃねぇか、グロッツォ……!!」

「おめぇこそ……ッ!!」


 今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だが、今じゃどの店も当時の活気は無く、どんよりとした空気だけがこの街を包み込んでいる。


「歌ってくんねぇかなぁ……」


 ボソッと果物屋の店主が呟く。


「そうだなぁ……」


 そして、一触即発の雰囲気は直ぐに消沈してしまった。


「もしかしたら……魔女の……」


 果物屋の店主は、この街の噂を口にしようとすると、それをアクセサリー屋の店主が慌てて塞ぐ。


「やめろ。そりゃこの街の禁句だろ」


 かつて魔女と貶めた者達の復讐。

 口に出さずとも、皆がそう思った。

 甘い汁を吸わせ、途端に見捨てる。

 後は、転落するのみ──。


 そんなランダの街に、一人の若い騎士が門を潜った。

 その名を『ハイゼル・グラーフィン』と言う。

 二十三歳という若さでありながら、王都で英雄と呼ばれているその男は、今回、例の精霊騒動について調べる為にこの地を訪れた。

 フルプレートではなく、動きやすさを重視した軽装で、胸、腰、膝、肘にだけ身を守るプレートが付いている。また、腰にはミスリルで鍛えられた剣が、太陽の光に照らされ輝いていた。


「ねぇ……あの人、もしかしたらハイゼル様じゃない?」

「あの白銀の髪色は……間違い無いわ! どうしましょう!?」


 街の女はハイゼルを見る度に桃色の悲鳴をあげる。それもそのはずで、ハイゼルは『美男子』と呼ばれる程に容姿が良い。

 切れ長の目に、筋が通った鼻、髭は無く、肌はまるで赤子のように艶やか。身長は差ほど高くはないが、それでもその姿に目を奪われない女性は少なくない。


「あ、あの……もしかして、ハイゼル様でいらっしゃいますか?」


 そんな中一人抜け駆けしたように、ハイゼルに近付いた若い女がいた。


「ん? ええ。そうですが……私に何か?」

「握手を、して頂けませんか……?」

「そんな事でしたか……はい。いいですよ」


 ハイゼルは手に付けていたガントレットを外し、「ちょっと失礼」と、ハンカチを取り出し手を拭いた。


「すみません。では……どうぞ」

「は、はい!」


 その握手がまるで一発の銃弾の如く、その場にいた女達の心に火を付けた。


「ちょっと! 何してんのよ! ズルいじゃない!」

「いつまで握手してるつもり!? 次は私よ!!」


 ハイゼルは困った顔をしながら、こういう場合、どうすればよいのかと悩み、その場を静めようとする。


「わ、分かりましたから……その、落ち着いて下さい」


 然し、その声は誰一人耳に入らず、警備隊が来るまでこの騒ぎは続いた。





「すみません……助かりました」


 警備兵の一人に声を掛けると、警備兵は「いえ! ハイゼル殿をお目にかかれて光栄です!」と、これまた熱い視線を送っている。


「あはは……そうですか……」

「自分は、ハイゼル殿のご活躍に感銘を受けてまして……」


 結局この日、ハイゼルは目的でだった調査が出来ず、宿で一人、窓から空に浮かぶ星々を見ながら就寝する事になった。





 翌日──、今日こそは精霊騒ぎについて調査しなければ、と、ハイゼルは気を引き締め直して部屋の扉を開いた。


 のだが──……


「キャッ!!」


 勢いよく扉を開けたせいで、そこを通りかかった少女が、驚いて転倒してしまった。


「あ!! も、申し訳ない!! お怪我はないですか?」

「だ、大丈夫です……」


 ハイゼルは申し訳なさそうな表情を浮かべながら、前屈みになり少女に手を差し伸べる。


「宜しければ、お手を……」

「あ、ありがとう……ございます……」


 柔らかい手だな──と、ハイゼルは思う。

 職業柄、ハイゼルは相手の掌を見る癖がある。それは、相手がどれほどの腕か確かめる為であり、決して性癖ではない……ではないのだが、あまりにもその手が、腕が透き通るような美しさがあり、ハイゼルは、一瞬、己を忘れたように、まじまじと見つめてしまった。


 これはいけないと、ハイゼルは少女が立ち上がると同時に手を離した。


「ディレ! 大丈夫?」


 階段から、もうひとり……赤髪の少女が駆け寄ってきた。この少女も、目の前にいる少女と同格……とまではいかないが、可愛らしさがある。


 駆け寄ってきた赤髪の少女は、先ほど転倒させてしまった少女の友人だろうか、気遣うように背中を摩っていた。様子を見る限りだと、とても親密な関係なのだろう。


「あ、うん。大丈夫だよ。ちょっと驚いて倒れただけだから」

「気を付けないと駄目よ?」

「そうだね。慣れてないし」


 しかし──目の前の少女は自分のことを知らないのか、全くハイゼルに興味を示さない。

 これでも中央大陸では『お姫様を救い出した英雄』と言われて、ちょっとした有名人なのだが、目の前にいる少女達は、ハイゼルに興味を示さないというよりも、まるで眼中にない様子だ。


 これでは、英雄としての立場がない。

 ここはひとつ、彼女達にも自分を知って貰おうと思い、ハイゼルは閃いたように手を叩いた。


「あの、もし宜しければ、お詫びに朝食をご一緒に如何でしょうか?」

「朝……食……」


 どうやらこのディレと呼ばれた少女は、お腹がすいているらしい。

 さて、ではどこで美少女ふたりと素敵な朝食を嗜もうか──と考えていたのだが。


「あ! お構いなく騎士様! ほら、行くよディレ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ……ローラ!」


 二人の少女は足早に、階段を駆け下りて宿から出て行ってしまった。


「ディレさんに……ローラさんか……」


 まさか、自分を知らない者がまだいるとは……自分もまだまだ経験が足りないな……と思いつつ、そんな美少女ふたりに興味が湧いたハイゼルは、「ここで諦めてなるものか」と、いても立ってもいられなくなり、二人の少女の後を追うかのように宿を出た。


 宿の扉を開け放ち、ふたりの姿を確認する為、ハイゼルは辺りをきょろきょろと見回した。だが、差ほど時間は経過していないにも関わらず、少女達の足取りを掴むことができなかった。


「い、いない……? 宿を出て、まだ時間はそんなに経っていないのに……」


 時間差にして凡そ一分弱という短い躊躇いと葛藤があったにせよ、それでも『ただの少女ふたり』を見失うにしては早過ぎる。


「彼女達は……いったい何者なんだ……?」


 相手にされなかったことや、振られてしまったことがショックなのではなく、この短時間で少女ふたりを見失ったことが、なによりショックだった。


 これでも英雄と呼ばれる男である。

 その英雄が見失うというのは、それこそ不可思議だったのだ。


「まあ、そういう事もある……か……」


 この時、まだハイゼルは知らない。

 これからこのふたりが起こす、とんでもない事件を──。





 * * *




 話はハイゼルがランダに来る一日前まで遡る──……


 街の様子を探るためと、魔女狩りの情報を集めるために、ディレザリサとフローラ山を下りて、復讐の目的地であるランダへと来ていた。


「フローラ、大丈夫?」


 フローラからすれば、この街は耐え難い悲しみと憎しみの思い出が詰まった、最悪の街。


「大丈夫……では、ないけど……大丈夫」

「私は街に詳しくないからフローラが頼りなんだけど……無理しないで? 何処か休める場所に行こうか?」


 しかしフローラは首を振って、ディレザリサの提案を断った。きっと、自分がお荷物になるのが嫌だったのだろう──自分のために動いてくれているディレザリサに申し訳が立たない──そう思って、フローラは冷や汗をかきながらも、ディレザリサの後ろを着いて行く。


「そう……なら、調査を始めよう。それと、きっとフローラのことを知ってる人間がいるかもしれない。ちゃんとローブに付いているフードは被ってね。それと、この街にいる間は〝ローラ〟って偽名で呼ぶから」

「うん……分かった。ありがと」


 この街は、フローラを苦しめた元凶達の住む街。直ぐにでも焼き払って、消し炭にしてやりたいところではあるが、今はまず情報収集が目的をしなければならない。


 調べるのは『魔女狩りの理由』について──だ。


 魔女狩りというからには、それ相応の『事件』があったことになるのだが、街の様子を見る限りだと、寂れ果てた街──という印象を受ける。こんな田舎街で、そんな猟奇的な事件が本当にあったのか不思議だが……。


「手始めに、適当な人間に話を聞くか……」


 この街は大きな円を描くようにして広がっていて、中央に噴水のある広場があり、そこに露店が幾つか出ていた……が、店をやっている風貌のある露店は、アクセサリー屋と果物屋だけだ。他の露店も作られて間もないようだが、どの店の店主も無駄話に夢中で、ディレザリサ達が近づいても目もくれやしない。なので、ディレザリサは、一番まともそうなアクセサリー屋の店主に声をかけた。


「こんにちは」

「おう、いらっしゃい! おや? こりゃ可愛いお客さんだな。安くしておくぜ?」


 言葉遣いは鼻に付くが、悪い人間ではなさそうなので、ディレザリサはお世辞とわかっていながらも一応感謝をして頭を下げた。


 ディレザリサは木材で作られた簡易なテーブルの上に並べられた品物を見る。純銀……では無いなとすぐにわかった。白銅と……他にも何か混ざっていて、それを水銀で加工したような、そういう品ばかりだった。しかし『竜』のチャームが付いているイヤリングだけは、どうしても一言物申したい出来だった。


 ディレザリサはそのイヤリングを手に取ると店主に見せる。


「これが(ドラゴン)……?」

「おう! そうだよ! お嬢さん、竜が好きなのかい? 女の子にしちゃ珍しいなぁ……」


 女性用のネックレスを販売している店で『女の子にしちゃ珍しい』とはどういう事か……と、ツッコミを入れたい衝動を抑え、話を切り出す。


「ドラゴンにしては……その」

「おうおう、ハッキリ言ってやれや嬢ちゃん! そいつの腕がなまくらだってよ!」


 隣にいた果物屋の店主は、高笑いしながら割り込んで来た。


「んだと!?」


 だが、それには同意せざるを得ない。この竜は──どっらどう見ても陳腐で、滑稽で、威厳の欠片も感じられない。


「ねぇ、店主さん……」

「おう? 何だい?」

「まず、竜に腕が四本あるってどういう事?」

「あ、いやそれはだな…」


 アクセサリー屋の店主は、少し焦りながら、どうにかこのピンチを乗り切ろうと言葉を探しているが、どうにも良い言い訳が見つからない。

 ディレザリサは、慌てふためく店主をギロッと睨みながら、さらに追い討ちをかけた。


「それに、竜の翼はこんなんじゃない。これではコウモリの羽根よ」

「ハッハッハ!違いねぇや!」


 果物屋の店主は笑いが止まらないらしく、笑壷に入ったようにヒーヒー言いながら大笑いしている。


「それから、目だけど……これ、豚の目?」

「え、えっと……」

「それに、爪が尖ってない。爪切りでもしたの? それから……」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ!? 分かった、分かったから!! 俺が悪かったよ!!」


 ついに店主は、降参とでも言うように両手を挙げて大きな溜め息を吐いた。


「ディレ。言い過ぎだよ……」


 ディレザリサの後ろで、冷や冷やしながら行く末を見守っていたフローラだったが、これは止めなきゃと、ようやくディレザリサをとめた。


「ごめんなさい店主さん! ほら、ディレも謝って!」

「だって、竜はこんな……」

「ディレ? 謝って」

「ご、ごめんなさい……」


 あまりの迫力にディレザリサは押し負けて、謝罪の言葉と頭を下げた。

 アクセサリー屋の店主は、あれほどボロクソに言われて、フローラは怒られるかと思っていたが、「いやいや、気にすんな」と声をかけた。


「ぶっちゃけちまうと竜なんか見た事ねぇし、想像だけで作ったもんなんだよ。そんな竜じゃあ、竜に詳しいお嬢さんからすりゃ、ツッコミ所満載だわな」


 それもそのはず。目の前にいるのは『(ほんもの)』なのだがら。


「にしても詳しいな。もしやお嬢さん……竜を見た事あるのかい?」

「ある」


 つい即答してしまったディレザリサは、しまった──と思い顔を伏せて「本で」とすぐに付け加える。


「「だよなぁ……」」


 果物屋とアクセサリー屋の声が重なった。


「やっぱ、もっと腕を上げてからじゃねぇと店は流行らねぇかなぁ……」

「お前も早く店をたたんじまえよ。〝歌う精霊様〟がいなくなって、もうこの街はおしまいだろ?」


「「歌う精霊様……?」」


 今度はディレザリサとフローラの声が重なった。


「ああ。丁度三週間くらい前かなぁ……あの山〝ゴロランダ〟に、歌が上手い精霊様が住んでたんだよ。片方はそりゃ透き通った美しい声だった。もう片方は〝食いしん坊〟みたいな歌を歌う精霊様でよ? 元気が良くて、聴いててこっちまで元気になれるような、そんな歌声だったんだわ」


 もう聴けなくて残念だなぁ……と、店主ふたりは残念がっているが、ディレザリサとフローラは気が気ではない。


「「……」」


 ゴロランダに住む二匹の精霊、透き通る歌声に、食いしん坊の歌──それには、覚えがあった。


「だけど、最近その歌声がまるっきりしなくなってなぁ……。街の観光名物みたいなもんだったから、それ以降、観光客もパッタリって感じでよ」

「あの頃は良かったなぁ……酒場では食いしん坊様の歌でよく盛り上がったもんよ!!」

「「私はお肉が好きー♪野菜も大好きー♪」」

「……ってな?」


 恐る恐る隣を見ると、俯いたフローラが顔を真っ赤にしている。

 それもそうだろう──ディレザリサしか聞いてないと思っていた歌が、まさか観光名物とまで言われているのだ、恥ずかしくない訳が無い。


「ローラ……?」

「う……うぐっ……」


 ついにフローラは、瞳いっぱいに涙を浮かべていた。


「お、おい。そっちのお嬢さん……どうした!?」

「おめぇが大きな声出すから吃驚したんだろうよ」


 そういう理由ではないのだが、かといって事実を伝えることもできない。

 フローラは、恥ずかしさのあまり泣き出してしまったのだ。


 このままだと怪しまれてしまう──ディレザリサは「この子、体調が悪いみたいだから……ごめんなさい!」と、フローラの手を取り、逃げるように走ってその場から離れた。そして、離れの路地裏に入り、もう一度フローラの様子を見る。


「フローラ……?」

「……」


 あまりにショックだったのだろう……声も出ないらしい。


 歌えと指示したのはディレザリサだ。なので、ディレザリサも責任を感じている。まさか──山奥のあの山小屋から、この街まで歌が届くなんて、誰が予想できただろうか──さらに、その歌が予期せぬ祭りごとになっているなんて、予想外にもほどがある。


「……こ……す」

「フロー……ラ?」

「こ……ろ……す……」

「フロ───」

「この街の人間、全員殺してやるぅー!! そして私も死ぬー!! うわぁーん!!」


 殺意が高まったというのは、これから始める復讐にとってプラスになる、が、この状況で復讐を果たせるかと言えばそれは不可能だろう。


 精神状態が不安定だと、魔法が正しく発動するか不安だし、何よりフローラがショックを受け過ぎていて、復讐どころではない。


 この日は、それ以降の調査はせずに宿に泊まる事にした──。





 * * *





「ギリギリだった……」


 宿に泊まると、ふたりで一泊50ルーダ掛かるらしい。

 ディレザリサはこの世界のお金に詳しく無い。

 さらに、フローラは相変わらずどんよりとしていて話にならない。


「ルーダって、この世界の通貨なのか……」


 フローラの財布をひっくり返し、ピッタリ50ルーダしか入っていなかったので、あの時、アクセサリー屋で買い物をしなくて良かったと心底安堵した。

 だが、宿代で財布はすっからかんになり、食事にもありつけない。まあ──、一日くらい食べなくても問題無いが、フローラが心配である。

 宿の部屋に入るなり、ずっとベッドに潜り込んで出て来ないのだ。


(今はそっとしておくか……)


 ディレザリサは、物音を立てないように、ゆっくりと部屋から出て行った。


 この宿屋は地下に酒場があり、一階がフロント、二階に各部屋がある。

 ディレザリサ達が泊まっている部屋は階段から三部屋奥にある部屋で、お世辞にも良い部屋とは言えない。なんなら──あの山小屋の方が余程快適な空間かもしれないと、ディレザリサは思った。


 一階に伝う階段を降りると、フロントにいる宿屋の女店主が声を掛けてきた。


「その年で二人旅かい?」


 階段を降りて、声を掛けてきた女店主の元へ向かい、「はい」とだけ答えた。


「何やら訳ありみたいだけど、残念だねぇ……もう少し早くこの街に来れば、精霊様の加護を受けられたかもしれないのに」


 その精霊様騒動のせいで、フローラが寝込んでしまったのだが、ここは情報を引き出す為に、敢えて話に合わせる。


「そうですね……」

「でも、案外それでも良かったかもよ?」

「……どういう意味ですか?」

「明日、どうやら中央大陸にある王都から、ハイゼル様が来るらしいからねぇ? 二十三という若さで偉業を成し遂げた英雄だよ。もし会えたらご利益があるかもしれないよ?」


 英雄、ハイゼル…か…と、頭の中にメモる。


「そのハイゼル様という方は、どんな偉業を?」


「何でも、お姫様を攫った野盗共を一人で倒して救出したって話しさ」


 ありがちな英雄譚だ、とディレザリサは思った。


「それは素敵なお話ですね」

「だろう? 私がお姫様だったら間違いなく〝ほ〟の字だよ」


 『ほの字』とはどういう意味なんだろうか……と考えたが、フローラから教わっていないので、考えても仕方がない。それに、そこは全く重要なキーワードではなさそうだ。


「そのハイゼル様が、どうしてこの街に?」

「何でも、精霊様の調査とか……。ハイゼル様も何でもっと早くに来なかったのやら。そうすれば精霊様と英雄の相乗効果でご利益二倍になったかもしれないのにねぇ」


 盗賊をひとりで──王女を攫うということは、それだけの頭数と高い戦闘力が必要になる。攫う相手が王の娘なら尚更だ。

 一つの大国に喧嘩を売るほどに、名の知れた盗賊団なのだろうか──だが、その盗賊団をひとりで倒した──というのは、人間ならなかなかの腕の持ち主だ。たかが人間、邪竜ディレザリサに勝てるはずもない……と、前までは『取るに足らない相手』と考えただろう。

 しかし、今は『人間』なのだ。もし事を構えるようなことになったら、ディレザリサひとりなら勝機もあるだろう。


 フローという犠牲を出して──だが。


(嫌なタイミングだ…)


 もう一度、改めて復讐の日を決めるしかない。

 だが、ディレザリサは少しだけ、その男に興味が湧いた。


(あの白銀……には劣るかもしれんが、どれほどの腕か確かめる必要がありそうだな)


「ハイゼル様は明日の何時頃に到着するのでしょう?」

「どうだろうねぇ……? 中央大陸からこの大陸までは約五日掛かるとして……数日前に出立しているという話だから、明日の午前中には来るんじゃないかい? 会うのが楽しみだねぇ」

「えぇ。とても……」


 ハイゼルの腕を確かめるのなら、もう一泊する可能性が出て来た。然し、一泊50ルーダ。もう1ルーダも持っていないディレザリサ達は、そのお金をどう工面するかが問題だった。


 宿から出たディレザリサは、まだ行ってなかった場所を彷徨っててみた。やはり、例の『精霊騒動』が収まったこの街の経済は、もうすっかり意気消沈してしまっている。

 露店ではなく、ちゃんとした店を構えている店でさえ、客はあまり入っていない。


(この街で、資金を得るには……無理そうだな)


 考え込みながら歩いていると、いつの間にかあのアクセサリー屋の露店まで来ていた。


「おう? お嬢さん、また会ったな! 連れの子はどうだい?」

「え? あ……ちょっと寝込んでるけど、多分大丈夫だと思います」

「そいつは良かったなぁ……」


 隣に店を構えている果物屋が木箱に腰を掛けながら、また会話に入ってきた。


「嬢ちゃん。良かったらこいつを食わせてやってくれ」


 店主は自分の後ろにある籠を取り出し、それをディレザリサに差し出した。


「これは果物……? こんなに? でも、お金無いんです。受け取れません」

「なーに、困ってるんならお互い様よ! それに、果物は生物だからな。食わねぇと勿体ねぇ。残飯処理じゃねぇけど、持ってってくれや」

「ありがとうございます……」

「おう? なら俺も貰ってやるぜ?」

「おめぇに食わせる果物はねぇよ!」


 このふたりは、悪い人間ではないようだ。


「おふたりは、この街出身の方ですか?」

「いや、俺は元々中央大陸で鍛冶屋を営んでるんだがよ……中央大陸には、腕の立つ鍛冶屋なんてゴロゴロいやがる。だから、小銭稼ぎでこの街にやって来たんだわ」

「俺は南大陸からやって来た。この果物を見てみろ。これは南大陸でしか取れないグァナナっつう果物でな。一見、まだ青くて渋そうな長細い果物だが、こいつの皮を向くと……ほら! 白くてべらぼうに甘い実が出てくるんだわ。俺はこいつを広める為に、先ずはこの北大陸に……と思ってやって来たんだ。騒動の時はそりゃ稼いだんだが、騒動が収まったらこれよ…」


 なるほど。ふたり共、この街の者ではないのか。だが、別大陸出身なら、ハイゼル(やつ)のことは知ってるだろう。特に、中央大陸にいたアクセサリー兼、鍛冶屋のこの男は、絶対に知っているはずだ。


「明日、ハイゼル様が来るらしいのですが……おふたり人はご存知ですか?」


 果物屋は「あー、知ってるが詳しくはねぇなぁ」と言っていたが、それに食いついたのは、やはり鍛冶屋の方だ。


「知ってるぜ? 無茶苦茶強い騎士様だろ?」

「どれくらいの強さなんでしょう?」

「ハイゼル様の噂で一番有名なのが〝お姫様奪還〟だけどよ。それ以前にも偉業を成し遂げてるんだぜ? 例えば、中央大陸に出現したグランドゴーレムを一撃で仕留めたとか、ジャイアントサンドスネークを討伐したとかな?」


「おい、それマジかよ!?」と果物屋の店主は驚くが、アクセサリー屋の店主は「大マジだ」と、まるで自分のことのように胸を叩いた。


「その…グランドゴーレムとジャイアントサンドスネークという魔物は、どれ程脅威な魔物なんですか?」

「グランドゴーレムは砦程の巨大な大きさで、一撃で城壁を砕く程の力がある、超危険な魔物指定されていてな。近年出現しなかったんだが、最近になってチラホラと出現したって噂を聞く。ジャイアントサンドスネークは、砂漠に生息する〝砂漠の悪魔〟と呼ばれていた魔物だ。出会ったら最後、命は無いと言われていたんだが、こいつは砂の中を移動するもんで、軍も手が出せなかったんだ。そいつも殺っちまうとは……すげぇ騎士がこの世界にはいるもんだな!」


(なんだ。その程度か)


 だが、それはディレザリサの場合だ。人間で……しかもたったひとりでそれらの魔物を倒すとなると、その強さは人間離れしている。まるで、かつて死闘を繰り広げた白銀と同格くらいの強さはあるかもしれない、と、ディレザリサは思う。


「とても良く分かりました。ありがとうございます。それでは、また……」 


 そう言って、その場を去るつもりだった。だが──

「ちょっと待ってくれ、お嬢さん!!」と、アクセサリー屋の店主に呼び止められた。


「はい?」

「どの本で読んだか知らねぇけど、お嬢さんはドラゴン……竜に詳しいだろ? だったら、もう少し詳しく竜について教えて欲しいんだが……駄目か?」


 これは、資金を増やすチャンスかもしれない──ディレザリサの口角が緩んだ。


「いいですよ? ただ、ちょっと困ったことがありまして」

「おう? なんだい?」

「実は、財布を落としてしまって……この街に滞在する宿代が無くなってしまったんです」

「おいおい、そりゃまた大変じゃねぇか……!!」


 チョロいな──と、ディレザリサは密かに笑う。


「それに、一緒に来たローラの体調も芳しくなくて」

「……分かった! 俺も男だ! 幾ら必要だい?」

「宿代と、薬代が頂けるなら……」

「ふむ……この街の宿屋は確か、50ルーダくらいだったな。それと薬か……おい、エド! 魔法薬って幾らするんだっけか?」


 エドと呼ばれた果物屋の店主は、少し頭を抱えてから「100ルーダくらいじゃねぇか?」と答えた。


「総額150ルーダか。ここでこの金額を支払って、お嬢さんから竜の特徴を聞いて、もう一度こいつを作成して……そいつが仮にウケればむしろ安いもんだな。いいぜ? 但し、しっかり細かく教えてくれよ? 俺が納得する情報じゃなかったら、薬代までは出せねぇ。こいつは商売だからな……どうだ?」

「ありがとうございます。まるで〝本物の竜〟とも似つくように、細部までしっかり教えします」


 そして、ディレザリサは絵を交えつつ、細部事細かく説明をした。


「ま、マジかよ……これが竜なのか……? エド、お前これ見てどう思う?」

「コイツはたまげたぜ。グロッツォ……こんな竜、どの加工職人でも思い浮かびやしねぇだろ」


 それは当然である。


「それにしても、なんというか……禍々しいな」

「あぁ……こんなのに出くわした日にゃ、命が幾らあっても足りねぇだろうよ」


 それも当然である。


「どうでしょうか? この情報、150ルーダ分の情報になりましたか?」

「おいグロッツォ……こりゃその倍は払わなきゃならねぇかもしれねぇぞ……?」

「確かに……これを再現出来たら、10万ルーダは下らねぇ。下手すりゃそれ以上だ……だが、現状払える額は、出せて1万ルーダ……お嬢さん、それでも手を打ってくれるか?」

「もちろんです。美味しそうな果物も頂いたので、その値段でお願いします」

「ありがとうお嬢さん! こいつは鍛冶屋魂に火がついちまったぜ……ほら、受け取ってくれ!」


 グロッツォは1万ルーダしっかり数えて革袋に入れ、それをディレザリサに手渡した。


「ありがとう、グロッツォさん」

「こちらこそ! えっと…お嬢さん、名前聞いてもいいかい?」

「ディレです」

「そうか、ディレちゃん! ありがとな! 連れのお嬢さんにもよろしく伝えてくれ! それと、よく看病してやんなよ!」

「果物に困ったら俺の所に来いよ! じゃあな!」


 こうして、ディレザリサは思いもよらぬ大金を手に入れる事が出来たのだが、この行動が思いもよらぬ結果になる事を、まだディレザリサは知らない……。


 【続】

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