〖第六十一話〗剣将と英将、剣を交えました
ディザルド城の中庭で剣を振り続ける男がいる。
彼の名はグライデン・マーティン。『百戦』の異名を持つ五将の一人で『剣将』と呼ばれるその男は、無言でひたすら剣を振っていた。
彼は北地区で発生した『暴虐の牙事件』以降、『ある悩み』を胸に抱えていた。
かつて『最強』と呼ばれていたグライデンだが、レウター・ローディロイの出現により『最強』という冠を維持出来なくなった事と、パッと出のガキだと思っていたハイゼルも徐々に頭角を表してメキメキと腕を上げ、あの事件では自分が倒せなかった相手を、意図も簡単に打ち倒してしまった事にある。
人間で……なら、グライデンは最強だ。然し、その周りにいる者達がある意味『化け物』レベルの力を持っているので、最近では五将最弱なのでは?……とまで噂までされる始末。
グライデンはそれに対して、特に反論はしない。
──自分でも、それを自覚しているからだ。
レウターには尋常ではない『洞察眼』があり、ハイゼルには『精霊王の聖石』がある。
今はいないバリアスには『膨大な魔力』があり、ナターニャに至っては、非戦闘員でありながらも『俊敏な動き』と『大鎌』がある。
──然し、グライデンには何も無い。
あるとするなら人並み外れた『頑丈さ』くらいだろう。今、振り続けているこの大剣でさえ、魔力が込められている訳でもない。数々の戦いで刃こぼれして、この剣はもう斬ると言うよりも打撃に近い。
それでも、この剣に固着しているのは理由があった。
それは、この剣は自分が新米兵士だった頃からずっと使い続けている剣で、どんな時でもこの剣一本で切り抜けてきたからだ。然し、そんな相棒にも、そろそろ限界も近づいている。
例え、剣の芯がしっかりしているとは言っても、もう何十年も使い続けている剣だ。刃もボロボロで、剣としての価値はもう無いだろう。
「新しい剣か……」
今まで共に戦ってきた剣を眺めながら、再びグライデンは剣を構えて素振りを再開する。
この剣を使い始めた頃は、剣を振るというよりも剣に振られている感覚の方が強かった。然し、今ではこの剣を使い熟せている。
グライデンは続けて素振りをする。剣を一振りする毎に剣圧でブワッと大気が揺れ、芝生が靡いた。
「グライデン様、こちらでしたか」
駆け寄って来たのはハイゼル・グラーフィンだった。
ハイゼルはグライデンの近くまで行くと敬礼をして、要件を伝えようとした……だが。
「チッ……お前はもう五将だろ? 一々敬礼なんてするな」
「ですが……」
「まあいい。丁度良いから相手しろ」
「相手?」
グライデンはハイゼルに剣先を向け「本気で来なきゃ死ぬぞ」と脅し、剣を下段に構えた。
「お、お待ちください!! 今、そんな事をし──」
ブォンッと横に振られた大剣が、ハイゼルの前髪を掠め、パラパラと白銀の髪の毛が芝生の上に落ちた。
「──次は首を狙うぞ」
「……分かりました」
ハイゼルは剣先を相手に向けるようにして上段に構える。
「行くぞッ!!」
グライデンは勢いよく大地を蹴ると、踏み込んだ足は地面を抉り、芝生が抉られて土が飛び散る。例えるのならば、猛牛が闘牛士目掛けて一目散に走るようだ。少しでも気を抜けばその角が身体に風穴を開けるだろう。
「ふんッ!!」という掛け声と共にグライデンは突きを繰り出すが、ハイゼルはそれを横に飛び退いて回避した。だが、その動きは予測されていたようで、グライデンは身体を拗じるようにして回転斬りを放つ。
「く───ッ!!」
剣の腹でその攻撃を弾いたが、その衝撃足るや凄まじく、ハイゼルの両手が痺れる程に重い。グライデンは回転斬りの遠心力を利用し、今度は上段からの真下に掛けて剣を振り下ろすが、これをハイゼルはグライデンの横を通るようにでんぐり返しで回避した。
「防戦一方じゃ俺には勝てないぞ」
「いえ……流石ですね。私が打ち込む隙が全く有りません」
「何なら、首にぶら下げている大精霊の聖石を使ってもいいぞ?」
「この力の使い道は、ここではありませんからッ!!」
ハイゼルは剣を下段に構え、深く息を吸い込む。
「その構え、知ってるぞ……レウターの技だな……」
「行きます……秘技〝風剣〟ッ!!」
剣士や戦士は、魔法使いのように遠距離からの攻撃は出来ない。武器その物を投げるという方法もあるが、それは相手に防がれた時に自分が無防備になる為悪手だ。然し、この『風剣』は、相手の間合いの外から一撃を与えられる特殊な剣技で、剣圧を刃に変えて放つ技だ。
この技を繰り出すには、自身の魔力とその場に吹く風の流れを読む必要がある。少しでも自身の魔力の減少を抑え、かつ、剣圧を更に遠くへ飛ばすには、追い風を利用するのが最も効率的なのだ。つまり、ハイゼルはただ逃げていたのではなく、自分が有利になる風の吹く場所を探していたのである。
ハイゼルの放った風の刃が、引き放った弓矢のような速さでグライデンに襲い掛かる。だが、グライデンはそれを避けようとはせず、その場で大剣を上から下へ振り下す事で風圧を起こし、ハイゼルの放った剣圧を打ち消した。
「やはり、レウター様より威力は落ちるか……」
「そんな威力じゃ俺には届かないぞ」
グライデンは大剣を担ぐように構えると、そのままハイゼルに突進する。
「お前にこれが防げるか……〝剣落とし〟ッ!!」
グライデンの剣技であり、百戦の真骨頂とも呼ばれる大技『剣落とし』は、その名の通り剣を振り下ろすというだけの単純な剣技だ。然し、その体躯から放たれる一撃は岩をも砕くと言われる程に破壊力があり、それは貧弱な結界なら軽々と粉砕する。無論、盾や鎧等でも防ぐ事は不可能であり、これがグライデンが最も得意とする必殺剣。
然し、ハイゼルはその『受けたら確実に死ぬ』威力を誇る技を、自信の持つ剣で受けようと構えた。
「そんな貧弱な剣じゃ防げるわけねぇだろッ!!」
「そうですね……では、私は防ぐのではなく〝利用〟させて頂きます……秘技〝朧崩し〟」
「何───ッ!?」
剣と剣がぶつかる刹那、ハイゼルは自身の剣をグライデンの剣に這わせるように流す。そして、その力を利用し、回転するようにグライデンの身体をすり抜け、一瞬で背後を取るとグライデンの首に剣を掛けた。
「……勝負あり、です」
「お前……朧崩しはそんな技じゃなかっただろ……」
いつもの『朧崩し』は精霊王の聖石の力を使い、上空から瞬速の一撃を与える技なのだが、今回ハイゼルが使った『朧崩し』はそれではなく、相手の技の力を利用したカウンター技だった。
「朧崩しは本来、相手の力を利用する返し技です。聖石の力を使っている時は、そもそも〝相手の力を利用する〟必要が無いので、型を残しつつアレンジを加えてます。ですので、私が最も得意とする本来の朧崩しは、これなんですよ」
説明を終えたハイゼルは、剣を腰に掛けている鞘に納めると、両手をぶらぶらと振った。
「それにしても、まだ手が痺れてます……。グライデン様の剣は受けるものではありませんね」
「……」
然し、グライデンは無言になり、険しい表情を浮かべる。
勝てなかった──本気で剣を振ったが、その剣を受けた本人は手の痺れ程度。
これには流石のグライデンも、自身の弱さを痛感する他に無い。
「グライデン様?」
「……いや、俺に要件があったんだろ」
「そうでした。レウター様がお呼びです。どうやらバリアス様の居場所を掴んだとか……」
「爺さんの居場所を掴んだ……か、一体どんな方法を使ったんだアイツは」
それに関してはハイゼルも「ですよね」と疑問に思っていたらしい。だが「取り敢えず、今は作戦会議室に行きましょう!」と、グライデンに伝え、ハイゼルは駆け足で城の中へと向かって行った。
「俺は、弱い……のか……」
それは、グライデンが自身の中に封じ込めていた弱音。
口にしてしまえば、自身のプライドさえ崩れてしまいそうだと、決して吐かなかった弱音。
だが、グライデンはそれを吐き出すしかなかった。
そうでもしないと正気を保っていられない程に、グライデンは追い詰められていた。
* * *
グライデンとバリアスが剣を交える少し前───
ナターニャはディレザリサ達の家から出て、家中ではディレザリサとフローラが、静かになった部屋で寛いでいた。
「ナターニャ様、相変わらず凄かったね」
「人間の欲望を垣間見た気がしたぞ……」
フローラは笑っていたが、ディレザリサはあれを思い出すだけでもゾッとする……と、げっそりとした顔を引き攣らせながら大きな溜め息を吐き出した。
「それで……ディレはこれからどうするの? バリアス様探しを手伝う?」
「何で私がそんな事をしなきゃいけないんだ?」
「確かに……。それもそうだね」
これまで、幾つかの事件を五将と手を組んで解決をしてきたが、ディレザリサとフローラは『一般人』であり、軍に協力するのはそもそもおかしな話しだ。確かに要請があるのなら手を貸さないでもないし、報酬も貰っている。
だが然し、それとこれとは別である。
いつまでもレウター達に協力していては、本来の目的を達する事が出来ない。
出来ない──のだが、魔王の遺産と呼ばれる道具の数々に、ディレザリサは『元の世界への帰還や竜に戻る手掛かり』になると踏んでいるので、少なからず情報は集めておきたかった。故に、レウター達五将と協力するのは情報を得るという上で最も効率が良い。
「然しなぁ……流石に毎回は面倒だ……」
フローラはディレザリサが何を面倒と思っているのが分からなかったが、多分、何か考え事をしているんだろうと、そっとしておく事にした。
それからどれくらい経過しただろうか───
アフタヌーンティーを楽しめる頃には、ディレザリサも読んでいた本を閉じて、窓の外を眺めている。
「どうしたの?」
「……疲れた」
「お疲れ様」
ディレザリサは座りながらテーブルに突っ伏すようにぐいーっと伸びをすると、小さく欠伸をした。
まるで猫みたいだな、とフローラは思う。
竜であるディレザリサに「猫みたい」なんて言ったら、絶対に「そんな獣と一緒にするな」と怒られるだろう。然し、あの喉元を撫でたらゴロゴロと喉を鳴らしそうだなぁ……と、少し手を伸ばした所で「はっ!」と我に返り、フローラは何事もなかったかのように口笛を吹きながらその場を離れた。
「危ない危ない……。久しぶりに愛でたくなっちゃったよ……」
ディレザリサの姿は同性からしても魅力的な可愛さがあり、ナターニャがディレザリサを愛でたがるのも理解出来た。
(でも、流石にあそこまではしないけどね……)
『人間の欲望を垣間見た』とディレザリサは言ったが、フローラはそれとは違い、ナターニャ自身も寂しさを抱えている一人の女性なんだと感じている。
かつてナターニャは、フローラに対して『ディレザリサ様を下さい』と申し出て来た事があった。あの時は冗談だと思っていたが、今考えてみると、きっと本気だったのだろう。いや、今でもディレザリサを狙っている。
「ディレは押しに弱いからなぁ……」
然し、ディレザリサが異性好きなのか同性好きなのかがイマイチ分からない。
ハイゼルの好意を受け止めてもいないし、かと言ってナターニャの好意を受け止める訳でも無いので、どっちなんだろう?……と、首を傾げた。
そんな時、来客を知らせるベルが家の中に響く───
「誰だろ? はーい!」
フローラはキッチンから声を掛けて、玄関に向かおうとしたが、ディレザリサが「私が出るよ」と席を立ったので、出迎えはディレザリサに任せる事にした。
「どうせ見張りの兵士だろうな……」
そう思いながら扉を開けると、そこにいたのは、この前助けた『ミッシェル・バークレイズ』だった。
【続】
投稿が遅くなってしまった事を先に謝罪致します。
待っていて下さった読者様、大変申し訳御座いませんでした。
読んで頂きまして、誠にありがとうございました!
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by 瀬野 或




