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私、元は邪竜でした  作者: 瀬野 或
四章 邪竜と賢者 〜東大陸 観光地レンデル 地獄の炎編〜
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〖第五十八話〗私の環境、色々変わりそうです


 レウターがフローラの後を追って出て行った後、ゼルは一つ咳払いをすると、物言いたげな表情をディレザリサに向け、ただ一言「いつからだ」と質問をした。


「へ?何の事?」


 突然そんな事を聞かれても、何の事だか検討も付かないディレザリサは、キョトンとした顔でゼルを見る。


「──どうして性格がこんなに変わっているのか、それはいつからだと聞いているんだ」


 どうやらゼルはディレザリサの『少女化』について聞きたいらしい。

 だが、ディレザリサには『少女化』している事に自覚がない為、その質問にどう答えたら良いのか分からない。

 「えーっと……」と悩んではみるが、自覚が無い以上、悩んでも解が出るはずもなく、ディレザリサは「分からない!」としか言えなかった。

 そもそも『少女化』というのはフローラが言い出した事なので、この質問をするのならディレザリサではなくフローラに向けるべきだろう。その旨をゼルに伝えてみたが、ゼルは「フローラではなく、今はお前に聞いているんだ」……と、ディレザリサを逃してはくれなかった。


「最初はフローラから〝人間の雌(女性)らしさ〟を教えて貰った時かなぁ……」

「──それはいつの話だ」


 いつだっただろうか。もう、随分昔のように感じる。

 まだディレザリサがこの世界に慣れてなくて、何もかもが新鮮に感じていた頃だ。

 あの頃はフローラが必死になって『雌の習性(乙女心)』を、ディレザリサに叩き込んでいたので、『そういう話し方』しか許してくれなかった。フローラは教育熱心なんだなぁ……と、当時は思っていたが、熱意の方向性が少し……いや、結構ズレていた気もする。特に『乙女心』についての授業はかなり熱心に諭された。

 その影響が『少女化』に繋がっているのかも知れない……と、ゼルに答えてみるが、ゼルはそれも納得していないようで、「ふむ……」と何やら考え込んでいる。


「──フローラは、他に何か言ってなかったか?」


 他に何か……と、思い出すべく記憶を辿ってみて「あ、そう言えば」と、一つ言い忘れていた事がある事に気が付いた。

 それは『二つの心』について。

 自分が魔法を使うと、どうやら『人間』としての心が表に出て来るというのを、以前フローラが言っていた……気がする。


「──それを早く言え。馬鹿者」

「ば、馬鹿じゃないもん! ちょっと忘れてただけだもん……」


 この調子だと話が進まないと気付いたゼルは、レウターが戻って来るのを待つ事にした。

 「あの腹黒鬼畜犯罪予備群レウター・ローディロイなら或いは……」と、そう思い待っていると、ガチャっと扉が開き、くたびれ顔のレウターが戻って来た。

 レウターは扉を閉めると「おや。まだいたんですか」と、迷惑そうにしながら、部屋の奥にある椅子に腰を掛ける。


「まだ何かあるんですか? ゼル。君も油を売っている暇は無いと思いますよ?」

「──まあ、そうなんだが。 ディレについて、お前に話がある」


 「また色恋沙汰ですか……」と、うんざりするレウターを尻目に、ゼルは話を始めた。


「──ディレザリサ(こいつ)の変化に気付いているか?」

「勿論。なかなか可愛らしいと思いますよ?」


 「か、可愛い──!?」と反応したのはディレザリサだ。

 ディレザリサは顔を赤く染めてモジモジと両手を撫でながら「えへへ……」と照れ笑いをしている。それを見たゼルは「皮肉だ。真に受けるな」と注意する。

 レウターの皮肉に気付けなかったディレザリサは、レウターに猛抗議しているが、それを放置して、ゼルは話を進める事にした。


「──この状態を、お前はどう見る」


 「どうと言われてもねぇ……」と、レウターは然程興味無さそうに「別に良いのでは?」と付け加えた。


「差し当たって特に問題も有りませんし、ディレさんが〝竜〟として牙を向かないのなら、私は彼女をどうこうするつもりは有りませんよ」

「──つまりお前は、この状態の方が安全だ……そう言いたいのか?」


 それに対してレウターは首を横に振る。

 レンデスの一件で、ディレザリサという存在の危険性は充分に分かったので、このまま放置すると言う訳にはいかない。

 

「なんだか私が怪物みたいに聞こえるんですけど!?」

「「充分怪物だろ? (ですよ?)」」

「ひ、酷い……」

「──今はお前と漫談している暇は無い。 レウター、どうするつもりだ?」


 一番手っ取り早い話は幽閉して封印してしまう事だが、これ程の魔力を持つディレザリサを封印する自信は無い。それこそバリアスなら何とか出来るのだろうが、そのバリアスは今何処にいるのか分からない。

 それならやはり、様子見という名の放置が妥当だろう。ついでに、たまにその力を利用で出来れば万々歳だ。


「〝監視役〟を回しますか……」

「──監視役? まさかこいつの監視に五将の誰かを付けるとか言わないだろうな」

「そこまで愚かではありませんよ。ただでさえ一人減っているんですから」


 例えば、町の中にいつ爆発するか分からない爆弾があるとする。しかもその爆弾は解除不可能。それなら、いつ爆発するのか監視するしかないのだ。爆発を察知出来れば、被害は最小限で抑えられる。

 「監視なんて付けなくても、悪い事なんてしないよぉ……」と抗議してみるものの、二人はディレザリサに耳を貸そうとはしなかった。


「──では、誰を監視に付ける?」

「なるべく二人の知人が良いのですが、女所帯に男を放り込む訳にもいきませんし……ディレさん、誰かいませんか?」

「そう言われても……」


 五将とは面識があるが、それ以外の兵士とは特に関わり合いも無いし、更に女性と言うとナターニャくらいしか思い付かない。然し、彼女も五将の一人だし、仮に大丈夫だとしても、彼女はある意味では男より危険な存在かもしれない。


「仕方ありません。当面は外からの監視で、適任が見つかればその方に頼む事にしましょう。それでどうですか?」

「──それしかないだろう」

「監視なんて要らないよぉ……」


 最後までディレザリサは抗議していたが、結局誰かが監視をする事になってしまった。

 

 

 * * *



 レウターの部屋から出たディレザリサは、ついでにハイゼルの見舞いにでも行こうと思い、治療室へと続く廊下を歩いた。

 船の中を歩いていると、時折、船員や兵士とすれ違う。その度に敬礼されて道を譲られるのだが、どうも船員や兵士達はディレザリサの事を『五将と親しい存在』と捉えているようで、それは別に構わないが、敬礼されるのが堪らなく嫌だった。なので、その度に『自分は一般人だ』と説明しているが、彼らはそう思ってくれないらしく、度々説明するのも面倒になって、もう放置する事にした。

 ハイゼルがいる治療室の前まで辿り着いたディレザリサは、扉をコンコンと叩いた。すると、扉の内側から「どうぞ」と声がした。どうやら、ハイゼルは起きているらしい。あまり体調が良さそうには思えなかったが、この声音は思った以上に明るい。

 「失礼します」と入室したディレザリサは、ベッドに座っているハイゼルを見て声を掛けた。


「起きていて大丈夫なの?」

「いつまでも寝ている訳にはいきませんから」


 その表情は柔らかい笑顔を浮かべているが、瞳の内側から何か覚悟を秘めたものを感じる。彼もきっと今回の件で考える事があったのだろう。五将の一人が抜けたのだ、考えない方がおかしいか……と、ディレザリサは少し安堵する。

 この英雄は少しばかり頼りない印象を受けている。それが彼の詰めの甘さでもあり、良い所でもある。それを無くさずにいてくれれば良いなと思いながら、ディレザリサはスリータを淹れる。


「はい。どうぞ」

「ディレさんが、スリータを……!?」

「私だってこれくらいは出来ますー」


 「そうですよね、すみません」と平謝りしてから、ハイゼルはディレザリサの淹れたスリータを飲んだ。


「ど、どう……?」

「お、美味しいですが……もう少し蒸らし時間を取っても良いかもしれませんね」


 なかなかに手厳しい評価だ。だが、以前の彼なら文句を言わずに飲んでいただろう。


「どこか、垢抜けたね」

「そうでしょうか?」

「うん」

「ディレさんも、今日は何だか以前とは別人みたいですね」


 ハイゼルもディレザリサの『少女化』について知らないので、今のディレザリサはなんだか可愛らしい女性という印象を受ける。だが、あの時見せた表情もこの笑顔だ。笑みを浮かべながら敵を圧倒する姿は、それこそ『狂気』と呼べる。

 ハイゼルは共にスリータを飲んでいる目の前少女に、どうして恋心を抱いてしまったのかと考えていた。

 あの時、自分はディレザリサと知り合ったのはどうしてか、そして、今でも心変わりしないのは何故かと……。

 彼女の本質は『竜』であり、人間ではない。故に戦闘では残忍な事も厭わないのだろう。

 寧ろ楽しんでいるようにも見えた。そこが常人との圧倒的な違い。

 だが、あの時狂気を見せたのはディレザリサだけではない。レウター・ローディロイも、その一人である。

 時に軍人は非情にならなければならない時がある。故に、レウターの取った行動はいかにも『軍人らしい行動』だった。それを許容出来るかは別の話だとして、やはりレウター・ローディロイという男は、自分には無いものがあり、そこに惹かれていたのかもしれない。

 

 (──だが、憧れるのはここまでだ)


 目の前にいる強大な可愛さを持つ少女と釣り合う男になる。

 時には非情になる事も出来る英将になる。


 こんな事、スリータを啜りながら考えるものではないな……と苦笑いを浮かべた。


「むぅ……そんなに美味しくない‘なら、無理に飲まなくてもいいですよーだ」

「ははは。いや、そういう訳ではないんです。少しばかり考え事をしていました」


 こうして話せば、ディレザリサも年相応な女の子だ。

 ハイゼルはもう難しい事を考えるのは止めて、自分の気持ちを大切にしようと決めた。


 しばらく二人で歓談していたが、ディレザリサは「そろそろ行こうかな」と席を立った。

 暫く心の整理をさせてあげよう……と、一人にさせたフローラが心配という事もあるが、ハイゼルの体調も気になっていた。


「今はゆっくり休んで? 仕事はレウターやゼルが何とかしてくれてるはずだから」

「それを考えると頭が痛くなりますね……特に、レウター様から、なんと嫌味を言われるやら……。看病の件、本当にありがとうと、フローラさんにお伝え下さい。それと───」

「それと……?」

「私は、貴女に相応しい男になります。それまで、待っていて下さい」

「い、いきなり何言ってるのッ!? し、知らない!!」


 勢いよく飛び出したディレザリサは、閉めた扉に寄り掛かりながら、ドクンと鳴り続ける心拍が止まってくれないので、更に焦っている。


(な、なんなの……!? 五月蝿い……ッ!!)


 だが、ディレザリサの心臓は更に脈を強く打つようになり、立っているのもやっとの状態にまで‘なっていた。息も苦しく、頭も痛む。

 暫くその場に座り込んで、ようやく鼓動も息も頭痛も治る頃には、いつものディレザリサに戻っていた。


 無論、そんな自覚は無いディレザリサは一つ溜め息を吐くと、甲板にいるであろうフローラの元へと向かって行った……。


 【続】

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